つよふわもこ

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ちん道中

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風呂場に駆け込んだライは、冷静と動揺の狭間にいた。
二転三転と様々な色を灯す星屑ランタンは、まるで心を映しているかのよう。
(こういう時こそ、落ち着かないと)
ライは1度、深く呼吸をする。
子猫と称される年頃のライであったが、漏らしの場数は踏んでいた。
不幸中の幸いというべきか。ズボンまでは至っていない。
闇雲に脱げば、行動範囲は狭ばるばかりだ。
ライは、今すぐに不浄を取り払いたい気持ちを抑え、場を確認する。
脱衣所の棚には山積みの大判タオル。
上をよく見てみると、洗濯紐が端から端にかけられており、
フーコの洗濯物もそこにかかっていた。
洗い場、風呂桶、小さな石鹸……。
浴槽と洗い場の中間に配置された蛇口に近づき、そっと、触れる。
蛇口は左右に首を振った。
浴槽兼用水栓だ。
これなら洗い場で容易に洗濯ができる。

なんて素晴らしい風呂場なんだろう。
初見では『宿のお風呂は大きいなあ』その程度の感想しか浮かばなかったが、
気配りと技術が詰まっている。
ライは感謝しながら洗い場に入り、ようやく下穿きを脱いだ。
下穿きを洗い終えると、上も同様にじゃぶじゃぶ洗濯する。
下だけ洗うのは漏らし者と宣伝するようなものだ。
洗い終えた服を、ぎゅう、と絞る。
タオルと衣服を重ね合わせグルグル巻くと、
乾いたタオルが絞りきれなかった水分を吸い取ってくれる。
泊まりの多い姉たちからの知恵袋だ。
フーコから貰った服は、かなりしっかりした生地。
どうか朝までに乾いてほしい。ライは一生懸命、全裸で脱水する。

上の方に張られている洗濯紐は、背伸びをしても届かなかった。
フーコのモノを落とさないよう、加減しながら引っ掛ける。
やっとの思いで干し終えた。
重い体を引きづり、洗い場で身を清め、浴槽に体を沈めた。
「おああ~……」
あたたかな湯が、身にしみた。
ぼうっと水面を眺める。
水面に反射した星屑ランタンの色とろどりな輝きは、昼夜市の賑やかさを思い起こさせる。
(一匹でお風呂、入れちゃった)
怖いなんて考えている余裕がなかった。
余裕の出てきた今も、怖くはない、けれど。なんだか少し寂しい。
湯船から上がり大判タオルをかけてから身ぶるいする。
思うがままに身ぶるいしたほうが、さっぱり気持ち良いのだが
そうすると周囲に水が飛び散ってしまう。
作法知らずの子猫のすることだ。
ライはグッと堪えて残りの水気を拭う。
咄嗟に駆け込んだものだから着替えの準備をすっかり忘れていた。
床を濡らさないよう大判のタオルをかぶってドアを開ける。

「あれ…」
フーコの姿がない。ライは不安になってあたりを見渡す。
机の上を見ると水差しと1枚の紙が置かれていた。
ちょっと用事があるから出かける、とのことだ。
ライはため息をつく。
一匹の時間を作るのにああでもない、こうでもないと頭を抱えたというのに。
なんだかバカらしくなってきた。
フーコの置き手紙は続く。
『お風呂から上がったらちゃんとお水を飲むこと。
戸締りをしっかりして先に寝ていてね』
(流石にボクのこと子猫扱いしすぎじゃないかな……)
先ほど目覚めたばかりだし、師匠の帰りを待つのは弟子のつとめだ。
服を着て水を飲み施錠の確認をして回る。
待っている間に守護石の扱いについて習ったことをおさらいをする。
今まで書き溜めた手記の文字がだんだんぼやけてきた。
けっして、ねむくはない。目が、疲れているだけだ。
(少し休むだけ)
瞼を閉じる。硬い机の、ひんやりとした質感。湯上がりのほてった頬に心地良い。


ミ゛ャッ。
突然の怪音にライは飛び起きた。
(……。なんだ、自分の寝言か)
窓から差し込む朝日に寝ぼけ眼を細め、柔らかなベッドの上でくぁっと伸びをする。
結局、待っている途中にベッドに移動して寝てしまったようだ。
「ぷ、ふふ」
「あっ……!おはようございます。フーコさん」
「おはよう。ライ君」
フーコはすでに出立の準備を終えていた。
ライは慌ててベットから出て、手早く身支度を整える。
朝から小刻みに肩を揺らすフーコに、ライはソワソワした。
怒っている様子ではないが、何を思っているのかわからない。
昨夜の用事の内容が気になるが詮索はできなかった。
「今日は朝から忙しいよ。
麦穂近辺に配置された石を手入れしに行かなくちゃならないからね」
「はいっ。今日も1日よろしくお願いしますっ」
一晩お世話になった部屋を後にする。
結局、本は見つけることができなかった。
凛々しく愛らしく生き汚い不破猛虎の姿が描かれた
特別で、危険な本。
フーコがいうように、押し寄せる新しい出来事に
疲れて混乱していただけだったのだろうか。
ならばあの痛みも。
内から突き上げてくる恐ろしい痛みも
ふわふわで、もこもこの優しい心地よさも
全て、混乱の果ての妄想だったというのだろうか。
(でも、またいつか。出会う気がする…)
ライは1度だけ振り返って、それからフーコの後を追いかける。



守護石までの山道は、色とりどりの花で満ちていた。
ぽわぽわと綿毛のような花。
故郷の山でも見かけたことのある小さな花。
浮かれてちゃダメだ。これから仕事をしに行くのだから。気を引き締める端から
花の甘い香りが鼻をくすぐった。
「いい景色だね」
「えっ……そう、ですね」
横を歩くフーコを見上げる。道中黒い笠を深く被るフーコ。
果たして景色が見えてるのか不思議だ。
「ライ君は花がどうやって種子をつけるか。知っているかい」
「えっ?えーっと……」
「花には、めしべとおしべというものがあるんだよ」
フーコは野花を見つけるたびに、受粉だとか種ができて成長するまでをライに説明してくれた。
守護石について教えてくれる時と同様、とても真剣な眼差だ。
(知らなかった……。フーコさんってお花、好きなんだ)
フーコさんはお花が好き。
また一つ、大事なことを知れた。覚えておかなくちゃ。
受粉だとか種のでき方だとか、説明はすっかり右の耳から左の耳、明後日の方向へ流れていく。
守護石のことも、フーコのことも
まだまだ知らないことばかりだ。
これから、いっぱい、知っていけたらいいな。
隣を歩くフーコの横顔を見上げながら、ライは強く思うのであった。
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