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第十九話 確かめる方法
しおりを挟む「……」
ルネは戸惑っていた。
先ほどの抱擁。
それは魔法に対しても、交わらない視線に対しても何にも遠慮のない、初めての感触だった。
ただルネという一人の人間を包み込むだけの行為。
目的などないそれは、ルネが最も望んだことだった。
シェイドの行為には、本来意味があるはずだった。
『見えない』から手を引く。食事を用意する。髪を洗う。本を読む。
『魔法を奪った』からお金を納める、ルネの面倒を見る。
しかしこの時において先ほどの抱擁に、ルネはそんな意味が見出せなかった。
まして、『大切』という言葉をも添えられ。
これではまるで、魔法も何もない自分に価値があるかのようだ。
夜ごと待ちわびたはずのその言葉は、いざ目の当たりにすると困惑をもたらした。
「ルネ?」
「あ、……いえ」
手を引かれ二階へと上がれば、二人してリビングで立ち尽くす。
互いに正当な言葉を模索し、そして紡げずにいた。
「ルネ……触れても、いいか?」
「えっ!?」
(な、なんで今さら……)
シェイドの行為には、本来意味があるはずだった。
言葉なくそれを実行してきたシェイド。
では、此度の『触れたい』という欲求には、理由などないのであろうか?
人はその欲求を何と呼ぶのだろう。
「……」
「……っ」
シェイドの服の掠れる音だけが響く。
さらさらとした布の感触を必要以上に想像すると、頬には温かさがやってきた。
「ルネ」
「シェイド……」
魔法は、二人を繋ぐ唯一のものであったはずだ。
しかし今に限ればそれは必要のないもの。
ルネは醒めない夢の中にいるのだろうかと思った。
「一度だけ」
「?」
「先に一度だけ、言わせてくれ」
シェイドは何らかの決意を伴って、言った。
「──金を払い終えたら、エルフの国へ行かないか?」
「……エルフの?」
未だ頬に触れるその手は、僅かにルネを撫でる。
「いや。どこだっていいんだ。あんたと一緒なら」
ルネにはその真意が分からなかった。
ただ、責任感の強いシェイドに言わねばとも終わった。
自分の人生を犠牲にしてまで、魔法を奪ったことを重く受け止める必要はないと。
「愛してる」
「──っ!」
(え……)
「大切なんだ。あんたは……魔法がなくたって、ずっと俺を救ってくれている」
「そ、そんなの」
待ちわびた言葉を素直に受け止められないのは、自分には何も返せないからだ。
願うだけなら自由だとどこか諦めにも似たものだった。
しかしいざ目の当たりにして、思う。
自分はシェイドにとって足手まといにしかならない。
自分さえいなければ、彼の生活はもっと豊かで、さらに上を目指せるものとなるはずだ。
「わっ、私は──」
ルネは言葉で確かめようと思っていたことを突き付けられると、ようやくその正直な想いを口に出来た。
「君に……、──何も返せない!!」
久しく出していなかった大声は、静かなリビングで反響する。
まるで心からの叫びのようだった。
「いいよ、返さなくて。俺はあんたを初めて見た時から……ずっとこの手で抱きしめたかった」
「シェイド……」
「あんたが……ルネが俺をどう思っていても……それでも俺は、あんたを守りたい。人間は傷付けるためにルネを求めるだけじゃないと、知って欲しい」
再びそのしっかりとした両の腕がルネを包み込む。
「理屈じゃないんだ。どうしても理由が必要なら、教えてやる。あんたが笑ってるだけでいい。それだけで俺は幸せだ。……人間として、……諦めずに生きてくれて、ありがとう」
「!!」
(わ、私は……)
それは先ほどの愛を約束する言葉よりもルネに響き渡る。
魔朮師として『愛される』という行為は、あまりに一般のそれとかけ離れていた。
だからその言葉を、どこか信じ切れずにもいた。
愛とはつまり、痛みを伴うのだと思っていたのだ。
(……言わなきゃ)
見る力を失った瞳は確かに感じた。
胸の内から溢れ出でた、清廉なる雫を。
這い出るかのように止めどなく溢れる輝きを。
暗闇を押し退けて、外へ、外へと進む不思議な力は、何と言うのだろう。
見えないはずの光を感じる。そんな感覚だ。
「私の方こそ……。側にいてくれて、ありがとう」
顔を寄せるシェイドにそれが伝わると、体を離して手で拭ってくれた。
「愛しています。ずっと、これからも共にいたいと……そう願っていました」
人々を救う、星のようになるのだと思っていた。
魔物の脅威という暗がりから人間を守りたかった。
それが叶わなくなった今でも、ルネはシェイドにとって生きる希望となっていた。
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