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商工会長の娘

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 商工会長のクラウスさんは恥も外聞もなく、年下の僕に懇願する。

「頼む! アーキ! 俺の娘が今にも死にそうなんだ! エリクサーが高価なものなのはわかっているが、どうしても必要なんだ! たのむ、譲ってくれ! 娘の命が助かるのならば金は後でいくらでも払う!」
「わかりました! すぐに行きましょう!」

 僕はエリクサーをバックに5本ほど詰め込むと商工会長の後についていく。
 商工会長は僕があまりにもあっさりとエリクサーを譲ってくれることを不思議に思っている。

「エリクサーは高価なものだから、支払いの念書を書かされたりしてもう少しゴネられると思ったんだがな……ありがとう」
「一刻を争う事態ですから、そんなことをしている暇は無いですし。それに人命に関わることですから、元からエリクサーの代金を取る気なんてありませんよ。まあ、材料費はそれなりに掛かってますが、リサさんも人助けに使ったのならばきっと許してくれるでしょう」
「すまねえ、すまねえ」

 商工会長は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら走っている。
 僕は商工会長と走りながら気になったことを聞いてみた。

「ところで娘さんが死にそうだと言ってたんですが、どうしたんですか?」
「呪いなんだ」
「呪い?」
「始まりは今から2年前のことだ。娘のメアリーは突如倒れ床《とこ》に伏した。名立たる医者たちを呼んで診《み》てもらっても原因がわからず、旅の聖者に診てもらったところ『これは呪いで既に呪いが身体に浸透しているから解呪は無理だ』と知ったんだ」
「呪いとは酷いですね」
「うちの娘がなんの恨みをかって呪われなくちゃならん!」

 商工会長は拳を握りしめ、怒りを抑える。

「アンナ婆さんがエリクサーで若返ってるのを見て、もしかしたら若返りが出来るほどの薬ならば呪いぐらい吹き飛ばせるんじゃないかと思ったんだよ」

 確かに霊薬のエリクサーなら息がある状態ならどんな怪我も病気も直せる。
 ただ霊薬と言えど呪いとなると効くかどうかはわからない。
 でも、わからないなら試す価値はある!

「エリクサーが呪いに対して効果があるか分かりませんが人命がかかっているんです。これ以上悪くなることはないと思いますので試してみましょう」
「ありがとう」

 商工会長さんの家の娘さんの部屋に入る。
 何とも言えないすえた嫌な臭いがした。
 死臭だ。

「身体が腐り始めていて、持ってあと三日だと言われている」

 肌も黒ずんで今にも腐り落ちそうだ。

「わかりました。急いで飲ませてみましょう」

 エリクサーを水差しに入れて口に流し込む。
 飲ませる量が多過ぎたのか、匂いのキツさかわからないが、少し咳き込んだ後にすぐに効果が表れた。
 あれほど黒ずんでいた顔に血の気が戻り、痣も消え始めた。

「いけたか?」
「たぶん」

 すぐに歳相応のみずみずしい少女の肌へと戻った。
 さすが万能薬。
 効き目も効く速さも半端ない。
 エリクサーは呪いにも効いたようだ。
 そして何事もなかったかのようにメアリーは身体を起こした。

「あれ? なんで私の部屋にいるの? さっきまで食べていたお菓子のゼリーは?」

 どうやら倒れた後の記憶はないようだ。
 病気で苦しんでいるときの記憶が残らずによかったよ。

「お菓子だと?」
「お父さんごめん。お客さんがお父さんに持ってきた王都のお土産のキラキラ光る素敵なゼリー。お父さんならきっと私にくれると思って勝手に食べちゃった。ごめんね」
「うん、いいんだ」

 商工会長のクラウスさんは娘をぎゅっと抱きしめた。
 娘を抱きしめる商工会長の目には娘を死の淵から救い出せた喜びが浮かんでいた。
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