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26.出兵 〜新婚旅行延長戦(1)
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シチューをかき込んだマルティン様は、丸焼き鶏を手早く携行食にして馬に飛び乗った。
私も続いたけど、来るなとは仰らなかった。
翌日の昼過ぎに到着したヴァイス子爵家領の北端で馬を乗り換え、さらに北の王都を目指す。
手加減などするはずない状況のマルティン様に、ついて行けてる私の馬術も結構やるのではないかと思いながら、鶏の丸焼きを齧った。
さらに2晩の後に到着した王都は、出兵の準備で慌ただしい喧騒に包まれていた。
本部に向かうマルティン様に別れを告げ、まずはグリュンバウワーの実家に足を向ける。
王都屋敷には、妹のアンナが一時的に帰宅していた。
「聖女候補で『聖女団』を結成して、聖騎士団に同行することになったの……」
「ま、魔王討伐に行くってこと!?」
「そう」
「そんな……、聖女候補っていっても、聖女な訳じゃないんだし……」
「聖女は出現せず空位のままだし……仕方ないわよ。聖騎士団のサポートも必要だしね」
恐怖と不安を押し殺すかのように、寂しげな笑顔を見せるアンナを、思わず抱き締めた。
「危ないこと……しないでね……」
「無茶言わないで。戦場に行くのに」
「でも……」
「……大丈夫。基本は後方支援になるはずだし、前線に立たされる訳じゃないんだから」
逆に励まされたような形になってしまったとき、王宮からお父様が帰ってこられた。
「おお、アリエラ……。新婚旅行から戻ったと聞いてな……」
「はい。ただ今、戻りました」
お父様の顔にも、お疲れが見える。
王宮も混乱の極みにあるに違いない。いくら備えていたとはいえ、いざその時になると、やるべきことが次々に増えているはずだ。
「マルティン殿には先ほどお目にかかった。アリエラも3晩寝ずに馬を飛ばしたと聞いたが……」
「まあ! なんで、それを先に言ってくださらないの!?」
と、アンナが回復魔法をかけてくれた。けど、
――効いてる……のか?
いまいちピンとこない。
ひょっとして、擬態が回復魔法も弾いてる……?
アンナが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「どう? お姉様」
「き、効いてる効いてる! ありがとう、元気になったよ!」
神様……。一番、恩寵をお与えいただきたいときに嘘なんか吐いてごめんなさい。
でも、アンナの気持ちで元気をもらったので、まったくの嘘という訳でも……。
「……アリエラ。ちょっと座ってくれるか?」
と、お父様に促されて、向かいに座った。お忙しい中、顔を見るためだけに戻られた訳ではないらしい。
「落ち着いて聞いてほしいのだが……」
「はい…………」
はやくもマルティン様に何かあったのだろうか? 背筋にゾワッしたものが走った。
「……魔王が発生したのは、…………リエナベルクなんだ」
「え? え? え――――っ!?」
「確かな情報だ。ただ、領民たちは避難できて、ほとんど皆が無事だ」
「……ほとんどって?」
「……」
「仰ってください」
「……元聖騎士の男が、皆を避難させるために犠牲になった」
嗚呼――、私の剣術の師匠!
魔王の復活は、神聖院の長年に渡る研究で《現象》と定義づけられたと、マルティン様から教わった。
百数十年に一度起きる、現象。
災害。
なので、王国の枢機に関わる方々は復活ではなく発生と呼ぶ。
「もちろん、アリエラには、なんの責任もない。魔王の発生ポイントは予測不可能だ」
それでも、マルティン様は、
――はやいな。
と、つぶやかれた。
神聖院の計測では3年後と予測されていたそうだ。
それをなにも、私たちの新婚旅行にぶつけてくることないのに……。
しかも、リエナベルクで発生するなんて、迷惑この上ないわ。まるで、私にヤキモチを焼いたような場所とタイミング。
許すまじ、魔王。
なにより、あの美しかったリエナベルクが、魔王の放つ禍々しい瘴気で穢されているかと思うと、腹が立ってしょうがない。
「既に魔将の出現も確認され、聖騎士団は一両日中に出兵する」
「一両日中!?」
と、驚きの声を上げたのはアンナだ。
「ああ。事態の進行が速く、出兵も早められた。駐屯師団も王都での集結ではなく、前線に直接向かう」
「ああ……。じゃあ、私もこうしちゃいられないわ。私、神聖院に戻るわね。……お姉様、会えて嬉しかったわ」
「そんな、最期の挨拶みたいなこと言わないで」
姉妹でひしと抱き合って、アンナを見送った。
このときになって、私はようやく、皆の目に私がゴリラに見えていることを思い出してた。
1ヶ月弱、マルティン様と2人きりだったので、すっかり意識から抜け落ちていた。
「お父様。グリュンバウワー領はどうなのですか?」
「ああ、既に全域に渡って避難が始まっている」
「……犠牲者が出るなんてことは?」
「魔将の出現が早く、状況は混沌としているが、恐らく大丈夫だろう」
魔王災害で発生した損害は、すべて王国から補償が受けられ、復興資金も潤沢に援助される。
皮肉なことに、グリュンバウワー領はこれで持ち直すだろう。
もちろん、無事に討伐が成功すればの話だけど。
いや、失敗すればグリュンバウワー領どころの話ではない。世界は存亡の危機に陥る。
すべては、私を妻に選んでくれた人の双肩にかかっている――。
私も続いたけど、来るなとは仰らなかった。
翌日の昼過ぎに到着したヴァイス子爵家領の北端で馬を乗り換え、さらに北の王都を目指す。
手加減などするはずない状況のマルティン様に、ついて行けてる私の馬術も結構やるのではないかと思いながら、鶏の丸焼きを齧った。
さらに2晩の後に到着した王都は、出兵の準備で慌ただしい喧騒に包まれていた。
本部に向かうマルティン様に別れを告げ、まずはグリュンバウワーの実家に足を向ける。
王都屋敷には、妹のアンナが一時的に帰宅していた。
「聖女候補で『聖女団』を結成して、聖騎士団に同行することになったの……」
「ま、魔王討伐に行くってこと!?」
「そう」
「そんな……、聖女候補っていっても、聖女な訳じゃないんだし……」
「聖女は出現せず空位のままだし……仕方ないわよ。聖騎士団のサポートも必要だしね」
恐怖と不安を押し殺すかのように、寂しげな笑顔を見せるアンナを、思わず抱き締めた。
「危ないこと……しないでね……」
「無茶言わないで。戦場に行くのに」
「でも……」
「……大丈夫。基本は後方支援になるはずだし、前線に立たされる訳じゃないんだから」
逆に励まされたような形になってしまったとき、王宮からお父様が帰ってこられた。
「おお、アリエラ……。新婚旅行から戻ったと聞いてな……」
「はい。ただ今、戻りました」
お父様の顔にも、お疲れが見える。
王宮も混乱の極みにあるに違いない。いくら備えていたとはいえ、いざその時になると、やるべきことが次々に増えているはずだ。
「マルティン殿には先ほどお目にかかった。アリエラも3晩寝ずに馬を飛ばしたと聞いたが……」
「まあ! なんで、それを先に言ってくださらないの!?」
と、アンナが回復魔法をかけてくれた。けど、
――効いてる……のか?
いまいちピンとこない。
ひょっとして、擬態が回復魔法も弾いてる……?
アンナが心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「どう? お姉様」
「き、効いてる効いてる! ありがとう、元気になったよ!」
神様……。一番、恩寵をお与えいただきたいときに嘘なんか吐いてごめんなさい。
でも、アンナの気持ちで元気をもらったので、まったくの嘘という訳でも……。
「……アリエラ。ちょっと座ってくれるか?」
と、お父様に促されて、向かいに座った。お忙しい中、顔を見るためだけに戻られた訳ではないらしい。
「落ち着いて聞いてほしいのだが……」
「はい…………」
はやくもマルティン様に何かあったのだろうか? 背筋にゾワッしたものが走った。
「……魔王が発生したのは、…………リエナベルクなんだ」
「え? え? え――――っ!?」
「確かな情報だ。ただ、領民たちは避難できて、ほとんど皆が無事だ」
「……ほとんどって?」
「……」
「仰ってください」
「……元聖騎士の男が、皆を避難させるために犠牲になった」
嗚呼――、私の剣術の師匠!
魔王の復活は、神聖院の長年に渡る研究で《現象》と定義づけられたと、マルティン様から教わった。
百数十年に一度起きる、現象。
災害。
なので、王国の枢機に関わる方々は復活ではなく発生と呼ぶ。
「もちろん、アリエラには、なんの責任もない。魔王の発生ポイントは予測不可能だ」
それでも、マルティン様は、
――はやいな。
と、つぶやかれた。
神聖院の計測では3年後と予測されていたそうだ。
それをなにも、私たちの新婚旅行にぶつけてくることないのに……。
しかも、リエナベルクで発生するなんて、迷惑この上ないわ。まるで、私にヤキモチを焼いたような場所とタイミング。
許すまじ、魔王。
なにより、あの美しかったリエナベルクが、魔王の放つ禍々しい瘴気で穢されているかと思うと、腹が立ってしょうがない。
「既に魔将の出現も確認され、聖騎士団は一両日中に出兵する」
「一両日中!?」
と、驚きの声を上げたのはアンナだ。
「ああ。事態の進行が速く、出兵も早められた。駐屯師団も王都での集結ではなく、前線に直接向かう」
「ああ……。じゃあ、私もこうしちゃいられないわ。私、神聖院に戻るわね。……お姉様、会えて嬉しかったわ」
「そんな、最期の挨拶みたいなこと言わないで」
姉妹でひしと抱き合って、アンナを見送った。
このときになって、私はようやく、皆の目に私がゴリラに見えていることを思い出してた。
1ヶ月弱、マルティン様と2人きりだったので、すっかり意識から抜け落ちていた。
「お父様。グリュンバウワー領はどうなのですか?」
「ああ、既に全域に渡って避難が始まっている」
「……犠牲者が出るなんてことは?」
「魔将の出現が早く、状況は混沌としているが、恐らく大丈夫だろう」
魔王災害で発生した損害は、すべて王国から補償が受けられ、復興資金も潤沢に援助される。
皮肉なことに、グリュンバウワー領はこれで持ち直すだろう。
もちろん、無事に討伐が成功すればの話だけど。
いや、失敗すればグリュンバウワー領どころの話ではない。世界は存亡の危機に陥る。
すべては、私を妻に選んでくれた人の双肩にかかっている――。
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