あの時、君の側にいられたら 【恋愛小説】

いんげん

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第十九話 再びの別れ

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 寧々は、ゆっくり歩きながら、心臓の鼓動と呼吸を整えた。
すこし酸素が足らない感じでフワフワするけれど、大きな問題は無さそうだ。
凄く焦って、急いだけれど……冷静になってみれば、大した距離は移動していない。

(でも……相当、目立ってたのかな……それとも少佐が目立つからか……凄く周りから見られている……恥ずかしい……)

 ちらり、と見上げたキエトの顔は、軍服でなければ、穏やかではない業種の人に見える。滲み出る只者ではない雰囲気と、左頬に大きく走る傷跡、隈の出来た鋭すぎる目つきが、周囲を圧倒している。恐らく此処にいる誰もが彼に逆らえない、圧倒的な強者としての貫禄がある。
(全然知らない人なのに……知っている気がする。何処かであったような……)
 寧々は、失礼かと思ったけれど、つい隣に立ってエスコートしてくれるキエトを、ぼーっと見上げながら歩いてしまう。

『ジロジロ見るな、前を見て歩け』
『すいません……』
 今度は英語でたしなめられた。さっきは、寧々に言葉が通じていないから厳しい本音を吐露しているのかと思ったが、元々そういうタイプの人なのだと理解した。
 キエトが、鬱陶しそうに頭を掻いた。軍人らしい額も見える短髪の髪は、硬く少しゴワゴワしていそうだ。キエトが頭に手をやったことで、寧々の視線が自然とそこへ向かった。

(あっ……あれ、あのコメカミの傷……匠さんと一緒だ……位置も形も……)
 キエトのコメカミに走る傷跡を見て、寧々の息が止まりそうになった。
「っ⁉」
 思わず歩いていた足を止めた。
『おい……どうした? おい』
(似ている……この人……雰囲気も全く違うし、体格も別人だけど……匠さんに似ている)
 寧々は、最後に見た四年前の匠の姿を思い出した。
(匠さんは、もっと細くて繊細な雰囲気だったし、目つきも顔つきも何だか別人みたいに見えるけど……そっくりだ……受ける印象は全然違うし……国籍も名前も違うけれど、こんなに似ている人がいる?)

「た…」
「寧々!」
 匠の名前を呼ぼうとした時、寧々の腕が後ろから掴まれた。
 キエトの目が顰められ、現れた詠臣の顔を睨み付けるように見たあと、掴まれた寧々の腕を見下ろした。
「詠臣さん……」
『知り合いか?』
 寧々が頷くと、寧々の背中に添えられていたキエトの腕が引いた。
「寧々、何があったんですか?」
 詠臣は、会場に寧々の姿が見当たらず、近くのスタッフに声を駆けたところ、慌てて出て行ったと聞いて、後を追った。そして、寧々の隣に立つ只ならぬ雰囲気の軍人と、様子のおかしい寧々を見つけて、つい普段の冷静さを欠いて、相手に敵意を剥き出しにした視線を送ってしまった。
「……」
 そしてキエトから目を逸らさず、そっと寧々の体を引き寄せた。
寧々は、今まで詠臣と一緒に居る時に、一度でも他の男に感心を抱いた事は無かった。それなのに、今は何があったのか問いただしたくなるくらい相手を気にしている。詠臣の心に沸々と湧き出すような不安が生まれた。

『お前の女か? 余計な事に首を突っ込ませるな』
 キエトは、寧々を顎でしゃくり詠臣に向かって気怠そうに言い放った。
『どういう事でしょうか』
 二人が頭上で鋭い視線を交わし合う下で、寧々は、キエトの中にある匠の痕跡を探すように、じっと彼を見つめている。
『ソイツは、俺のことが目障りな奴らから、目を付けられたかもしれない、大切なら、ちゃんとしまっておけ』
 彼の声は寧々の記憶の匠よりも低い。それに匠なら、こんな事をきっと言わない。
 でも、無視できないほど、彼のそこかしこから匠の気配を感じてやまない。寧々の頭は混乱していた。
『ご忠告は感謝しますが……貴方の敵なら、民間人を巻き込まないで、ご自身で処理してください』
 詠臣の腕の力が、いつになく強い。片方の肩を抱かれ胸に押しつけられるような体勢に、窮屈になって顔を上げた。
(詠臣さんの……こんな怖い声聞いた事なかった……怒っている顔も初めて見た……)
「あの……」
『そうだな、では早速やることがある、帰っても?』
 すいませんでした、と言いかけた寧々の言葉はキエトの声に遮られた。
『ええ、どうぞ。彼女の事はご心配なく』
 詠臣の言葉を聞いたキエトは、少しだけ眉を上げると肩をすくめた。
 そして、キエトを振り返る寧々に、一瞬だけ視線を送ると背を向けて歩き出した。
 寧々の中に、このまま彼を行かせても良いのだろうかと焦燥感が生まる。

「……匠さん!」
 寧々が詠臣の腕から飛び出しキエトの背中に向かって、呼びかけたが、彼は振り返ることはなかった。
「……寧々?」
 振り払われた詠臣が驚いたような顔で寧々の手を掴んだ。

(やっぱり……只の気のせいだったのかな? でも……例えば、キエト少佐が匠さんなら、そんんなに変わっていない自分が分からないとも思えない。だから……私は、忘れたい過去の一部なのかもしれない……琳士の事も気になるけど……匠さんは、無事に新しい人生を始めたんだ……これ以上追えば、邪魔になるよね)
 頭では理解していたが、心は寂しかった。今までどうやって生きて来たのか、今は幸せなのか、琳士は無事なのか? 命を狙われている様子だったけど、本当に大丈夫なのか……聞きたい事は山ほどあったが、自分が今更関われば、迷惑をかける未来しか見えなかった。

(匠さんが、今を生きているように……私も今、大切に思う人を大事にしないと……)
 寧々は一度目を瞑って、詠臣を振り返った。
 そこには、複雑な表情をした彼が立っている。

「詠臣さん……もう帰っても大丈夫ですか?」
 寧々は詠臣の胸に寄り添うように、そっと頬を寄せた。すると詠臣の顔から険しさが消え、今度はいつも通り優しく肩に手が置かれた。
「疲れましたか?」
 寧々の頭に顔を寄せた詠臣が聞いた。
「はい。詠臣さんのお家でゴロゴロしたい気分です」
 寧々の答えに詠臣が声を出さずに笑った。
 寧々も微笑んで詠臣を見上げる。
「そうですね。早く帰ってゴロゴロしましょう」
 緊張の解けた詠臣の笑顔は、すこしだけ幼く見えた。

(ちょっと……可愛いです……これが、ギャップというのでしょうか……)
「詠臣さんに、ゴロゴロという単語、似合いませんね」
「寧々も」
「私は、よくします。美怜ちゃんと」
「……何となく想像ができました」
「じゃあ、今日は私が詠臣さんにゴロゴロする秘訣を教えてあげます」
 二人は笑い合って、歩き出したが、詠臣は寧々に気づかれないよう、周囲の様子に気を配り、一度キエトが消えた方向に鋭い視線を送り、寧々の髪を撫でた。まるで、この人は自分のものだと言うように。
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