18 / 56
第十八話 奔走
しおりを挟む寧々は、やってこないエレベーターのボタンを何度も押して、飛び乗った。
(あぁ……ほんの数ヶ月前……こんな事有った、詠臣さんと始めて会った日! お願い、今日も間に合って!)
エレベーターが一階フロアまで到着すると、寧々の焦る心とは裏腹に、扉はゆっくりと開いた。それを合図に履き慣れないヒールで必死に出入り口に走った。
周囲の視線は自分に集まっていたが、構っていられなかった。
ホテルの出入り口には、今日のパーティーを開催した企業の社員が二人、腕章を付けて参加者のお見送りに立っていた。
「す、すみません! キエト少佐はどちらに!」
大した距離を走ったわけではないのに、既に息が切れてゼーゼー言う自らの体が憎かった。膝に掌を押しつけて体勢を保ち、相手を見上げた。
「えっ……あっ、少佐でしたら、あちらに」
女性社員が指差した先には、白い軍服を着た後ろ姿の男性が二人、外の車寄せのスペースで今、まさに迎えの車を待っていた。
寧々の体に緊張が走り、二人の後ろ姿を目指し、再び駆けだした。
「待って! 待って下さい!」
寧々が叫ぶと、少し先に立つ二人が振り返った。
一人は、眼鏡を掛けた年若い青年で、もう一人は……会場で此方を睨んでいた顔に傷がある青年だった。おそらく此方がキエト少佐だろう。
「行かないで!」
走り寄る寧々を、酷く驚いた様子でキエトが見つめている。
鋭い目が見開かれて、まるで……信じられないものを見ているかのようだった。
「キエト少佐!」
駆け寄った寧々は、彼の逞しい腕をグッと両手で握った。
その時、丁度、目の前に車が止まった為に、ビクッと震えてキエトを引き寄せるように腕を引いた。
名前を呼ばれたキエトは、一瞬落胆したような表情を見せたが、寧々の目は車に釘付けだった。
「あっ……あ、あの……」
寧々は、追いついた事にほっとして、やっと自分が日本語で叫んでいた事に気がついた。
どうりで相手がとても困惑しているはずだ。
知らない女が必死に駆け寄ってきたけれど、何を言っているのか分からないのだから。
はぁ、はぁと呼吸を整えながら頭の中を整理する。
(何と……何て伝えれば……)
『アンタ誰だ、何が目的だ』
目の前のキエト少佐が、迷惑そうな顔でタイの言葉で寧々に話しかけた。
「貴方は? 少佐に何かご用ですか?」
隣に立つ眼鏡の青年が寧々に英語で話しかけた。
「あの……」
キエトの言葉も寧々には通じていたが、彼の寧々を歓迎してない物言いに、言葉が通じていることが知られると気まずく、眼鏡の青年の方に視線を向けた。
「真実かどうか分からないのですが、先ほど……キエト少佐のお車に細工をしたという話を聞いて……それで、お引き留めしてしまいました……」
眼鏡の青年が寧々の話を聞き、キエトの耳に顔を寄せて、一言二言話すと、キエトが顔を顰めた。
『命を狙われているのは何時もの事だ……こんな下らないことで、大騒ぎして駆けつけられても迷惑だ……くそっ…』
キエトは、あからさまに寧々から顔を逸らし、眉間の皺を深くしている。
(も、もう……絶対に言葉が通じているのは……バレたら駄目……気まずい……うぅ……ちょっと泣きそう……)
半泣きになりながら、ちらりとキエトを見上げると……彼は大きなため息をついた。
「ご忠告ありがとうござます。しかし、そのような事態も予想して、常に警戒しております。この車も用意された物ではありません。しかしながら、もう一度手配したいと思います」
眼鏡の青年が寧々に頭を下げた。
『おい……来い』
寧々が掴んでいるキエトの腕は軽く振り払われ、そのまま寧々の背中辺りに添えられた。
「今の騒ぎが犯人達の知るところになると、貴方が危険かもしれません。私は事態の収集と車の手配に参ります。貴方は少佐と少しの間お待ちください」
「あっ、あの私は大丈夫です!」
戻れば、祖父も詠臣もいる。そう思って断ったが、寧々の言葉は無視され、キエトが歩き出した。
『早くしろ』
言葉とは裏腹に、その足は意外と緩やかで、寧々の歩調に合わせていた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる