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第六章 第四節
9 違和感の正体
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キリエはそう伝えるだけでルギの判断はそれ以上聞かぬことにした。
「忙しい時に申し訳なかったですね。また何かあったら声をかけますが、衛士は衛士としてやることも多いでしょう、そちらは任せましたよ」
「はい」
ルギは丁寧に頭を下げ、侍女頭の執務室から下がっていった。
キリエはルギを見送ると、執務机に腰を下ろした。
今の会話と少し前に交わした会話を思い出し、自分の心を整理していく。
なんとなく違和感の理由が分かったような気がした。
元王宮衛士トイボアの証言が神官長の尻尾をつかむことが出来なかったと分かったあの時、ルギが賜った剣の話になった。
あの時、キリエはルギをマユリアの剣と認め、主が必要とするならばその剣を振るわねばならないと言った。そして人ではなく剣であるからと「最後のシャンタル」の秘密を話したのだ。主を守るために必要であると判断して。
キリエもあの剣の来歴を知っている。いつかはルギの手に渡る剣ではないのかと心のどこかで思ってもいた。だから御下賜になったと聞いても当然のこととしか受け止めなかった。ルギこそがマユリアを守る者、マユリアの剣である、そう思っていたから。
だがその時にマユリアがルギに伝えた言葉、その切れ端を聞き、引っかかったことがある。
『願わくば、慈悲が鞘となり剣を抜く日が来ぬことを』
マユリアが最後にルギにおっしゃったというこの言葉、これだけを聞くと決して何も斬ることがないことを願っている、そう聞こえる。
だが実際は違う。マユリアは不安をお感じになりルギにあの剣を授けた、それが分かった。
「神官長が言ったようにこの国には争いが起こる。その時にはこの国のために自分を守れ、そうおっしゃった……」
つまりマユリアはその不安の元をあの剣で斬るように、そうルギに命じたのだ。
「ご自分を守れ、そうおっしゃった……」
キリエはもう一度その言葉を口にする。
おそらく違和感の正体はこれだ。これまでマユリアは決してご自分を守るようにとおっしゃったことはない。いつも他の方を守ろうとなさってきた方だ。
八年前、先代をお助けするために懲罰房にお籠りになり、つらい環境にご自分を置かれた。
先代がご自分で託宣に従う、そうおっしゃるためにできることは何でもやっておられた。
他の方の痛みをご自分で受け止められる方だ。
それがこの度は「自分を守れ」とおっしゃった。
それどころかはっきりと、自分に害をなす者を斬るためにあの剣をお与えになった。
ルギは自分を守るための剣だとあらためて宣言なさるように。
キリエはマユリアが国のためにご自分の夢を犠牲なさろうとしている、そう思っていた。だからこそ、自分も主のため、もしもトーヤたちと対立することになったとしてもマユリアに従う、そのために距離を置いたのだ。
どちらが本当にマユリアのお為になるのかは分からない。だが侍女頭としての自分にはその道しか選べないのだ。
トーヤたちと道を違えた今、マユリアがご自分に仇なすとお考えになる者は、トーヤたち以外に思い浮かばない。
ではマユリアが斬れと命じているのは……
「トーヤと、そして……」
その先は口に出すのも恐ろしかった。八年前はご自分より大切にして守ろうとしていた方を、まさかそんな対象として見られるなど思ってもみなかった。
キリエはマユリアは仕方なく、国のために、国王との御婚儀を受け入れたのだと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
もちろん国王の后になることは望んでおられない。それはお話を伺っていてもはっきりと分かる。
では女王となることは?
それを嫌だとおっしゃったことは一度もない。
そのことに気がついた気がする。
マユリアはこの国の女王になることを、自らシャンタリオを統治することを望んでいらっしゃるように思える。
今、この国には託宣がない。当代は託宣をお出来にはならない。つまりどなたもマユリアに命令などできないということだ。
八年前、先代を聖なる湖に沈めると決めたのは託宣があったからだ。決してマユリアのお気持ちからではない。その託宣に従わねば、先代はその場で命を天にお返しにならなくてはいけなかった。そうさせぬために、先代を湖に沈めることすらお決めになった。
シャンタリオの女王になると道を選ばれたのはマユリアのご意思だ。
そしてその話を持ってきたのは神官長だ。
キリエもトーヤと同じことを思っていた。
神官長の後ろには誰かがいると。
これまでの経過を見て、後ろにいらっしゃるのは皇太子殿下、今の国王陛下ではないかと思っていた。今度の御婚儀の話を持ってきたのも神官長だ。
あの日、マユリアとルギと一緒に神官長の言っていたことを持ち寄って話をした。
『あの試練を乗り越えた力です。きっと今回もより良き道を進むために帰ってきたのです』
あの時、マユリアはそう言って先代がお帰りになった意味を信じていたはずだ。
絶望の中にも光をお信じになっていらっしゃったはずだ。
「それがなぜ突然婚儀を受けるとおっしゃるようになったのか」
本当に突然だった。話がどちらにも進んではいないのに、民のために話を受ける、突然そうおっしゃった。
少しずつ違和感の正体が見えてきた気がした。
「忙しい時に申し訳なかったですね。また何かあったら声をかけますが、衛士は衛士としてやることも多いでしょう、そちらは任せましたよ」
「はい」
ルギは丁寧に頭を下げ、侍女頭の執務室から下がっていった。
キリエはルギを見送ると、執務机に腰を下ろした。
今の会話と少し前に交わした会話を思い出し、自分の心を整理していく。
なんとなく違和感の理由が分かったような気がした。
元王宮衛士トイボアの証言が神官長の尻尾をつかむことが出来なかったと分かったあの時、ルギが賜った剣の話になった。
あの時、キリエはルギをマユリアの剣と認め、主が必要とするならばその剣を振るわねばならないと言った。そして人ではなく剣であるからと「最後のシャンタル」の秘密を話したのだ。主を守るために必要であると判断して。
キリエもあの剣の来歴を知っている。いつかはルギの手に渡る剣ではないのかと心のどこかで思ってもいた。だから御下賜になったと聞いても当然のこととしか受け止めなかった。ルギこそがマユリアを守る者、マユリアの剣である、そう思っていたから。
だがその時にマユリアがルギに伝えた言葉、その切れ端を聞き、引っかかったことがある。
『願わくば、慈悲が鞘となり剣を抜く日が来ぬことを』
マユリアが最後にルギにおっしゃったというこの言葉、これだけを聞くと決して何も斬ることがないことを願っている、そう聞こえる。
だが実際は違う。マユリアは不安をお感じになりルギにあの剣を授けた、それが分かった。
「神官長が言ったようにこの国には争いが起こる。その時にはこの国のために自分を守れ、そうおっしゃった……」
つまりマユリアはその不安の元をあの剣で斬るように、そうルギに命じたのだ。
「ご自分を守れ、そうおっしゃった……」
キリエはもう一度その言葉を口にする。
おそらく違和感の正体はこれだ。これまでマユリアは決してご自分を守るようにとおっしゃったことはない。いつも他の方を守ろうとなさってきた方だ。
八年前、先代をお助けするために懲罰房にお籠りになり、つらい環境にご自分を置かれた。
先代がご自分で託宣に従う、そうおっしゃるためにできることは何でもやっておられた。
他の方の痛みをご自分で受け止められる方だ。
それがこの度は「自分を守れ」とおっしゃった。
それどころかはっきりと、自分に害をなす者を斬るためにあの剣をお与えになった。
ルギは自分を守るための剣だとあらためて宣言なさるように。
キリエはマユリアが国のためにご自分の夢を犠牲なさろうとしている、そう思っていた。だからこそ、自分も主のため、もしもトーヤたちと対立することになったとしてもマユリアに従う、そのために距離を置いたのだ。
どちらが本当にマユリアのお為になるのかは分からない。だが侍女頭としての自分にはその道しか選べないのだ。
トーヤたちと道を違えた今、マユリアがご自分に仇なすとお考えになる者は、トーヤたち以外に思い浮かばない。
ではマユリアが斬れと命じているのは……
「トーヤと、そして……」
その先は口に出すのも恐ろしかった。八年前はご自分より大切にして守ろうとしていた方を、まさかそんな対象として見られるなど思ってもみなかった。
キリエはマユリアは仕方なく、国のために、国王との御婚儀を受け入れたのだと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
もちろん国王の后になることは望んでおられない。それはお話を伺っていてもはっきりと分かる。
では女王となることは?
それを嫌だとおっしゃったことは一度もない。
そのことに気がついた気がする。
マユリアはこの国の女王になることを、自らシャンタリオを統治することを望んでいらっしゃるように思える。
今、この国には託宣がない。当代は託宣をお出来にはならない。つまりどなたもマユリアに命令などできないということだ。
八年前、先代を聖なる湖に沈めると決めたのは託宣があったからだ。決してマユリアのお気持ちからではない。その託宣に従わねば、先代はその場で命を天にお返しにならなくてはいけなかった。そうさせぬために、先代を湖に沈めることすらお決めになった。
シャンタリオの女王になると道を選ばれたのはマユリアのご意思だ。
そしてその話を持ってきたのは神官長だ。
キリエもトーヤと同じことを思っていた。
神官長の後ろには誰かがいると。
これまでの経過を見て、後ろにいらっしゃるのは皇太子殿下、今の国王陛下ではないかと思っていた。今度の御婚儀の話を持ってきたのも神官長だ。
あの日、マユリアとルギと一緒に神官長の言っていたことを持ち寄って話をした。
『あの試練を乗り越えた力です。きっと今回もより良き道を進むために帰ってきたのです』
あの時、マユリアはそう言って先代がお帰りになった意味を信じていたはずだ。
絶望の中にも光をお信じになっていらっしゃったはずだ。
「それがなぜ突然婚儀を受けるとおっしゃるようになったのか」
本当に突然だった。話がどちらにも進んではいないのに、民のために話を受ける、突然そうおっしゃった。
少しずつ違和感の正体が見えてきた気がした。
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