455 / 488
第六章 第三節
4 伝達
しおりを挟む
「あの、ルギ隊長」
妻の父が、おずおずと話しかけてくる。
「なんでしょうか」
「それで、此度はどのような話で娘をお呼びになられたのでしょうか」
「さあ、それはこちらでは。ただ、船に乗る前に一度お会いしたい、そうおっしゃって、ディレン船長から望みを叶えられないだろうかとお話があっただけですので」
「そうですか……」
王宮衛士を罷免されたということで、一度は離縁をさせたが、それほどの人脈を持つ婿を、今さら惜しくなっているようだ。なんとか復縁させられぬものか、妻の父は心の中でそんなことを考えているのだろう。
やがて、話を終えてトイボアと妻、正確には元妻が待っている者たちのいる部屋へ入ってきた。
「この度はお時間をいただきありがとうございました」
トイボアが元舅に丁寧に頭を下げる。
「い、いや、こちらこそ」
妻の父も急いでできるだけトイボアよりも深く頭を下げた。
「もうよろしいのですか?」
「はい」
「では」
ルギに言葉少なに促され、トイボアはルギとダルとディレンと共に退室していった。
「一体何を話したんだ?」
妻の父は気持ちを抑えるようにして妻に聞いた。
「いえ、特に何も。手紙にあったようなことです。迷惑をかけた、自分は船に乗る。できればその前に一度息子に会いたいが、どうだろうと」
「そ、それでどう答えたのだ」
「はい、私が勝手にお答えすることはできない。もしもお父様の許可をいただけたらと」
父はその答えに少し希望の糸がつながった気がした。
「そのことは帰ってゆっくり話をしよう」
そうして娘と知人と共に帰っていった。
ダルは、ここに来たついでだからとリルの見舞いへ行くと言って3人と別れた。
「ふうん、そんなことになってるの」
リルに新しい取次役のこと、フウが味方になってくれたが、それがちょっとばかり変わった形であることなどを伝えた。
「はあ、私も身重でなかったら、もっと面白いことになってただろうになあ」
「面白いことって」
ダルはリルの言い方にそう言ったが、真実そう思っているのではないと分かっている。
「でも今はこの子が一番大切だもの」
「そうだね」
ほら、そうだった。そう思う。
「他の子たちはここと家とマルトの実家、それからカースを行き来して、なんとか乗り切ってるって聞いたけど、早く落ち着きたいわね、全部のことに」
「そうだね」
「何よりも気になるのはマユリアのご婚姻よね」
リルもトーヤの言っていたマユリアが女王になるという話に混乱しているようだ。
「とにかく、私は今、ここから動けないから、何かあったら誰かに来てもらうしかないもの」
「うん、できるだけ早く連絡はするよ」
「お願いね」
「分かった。それじゃ体を大事にね」
その後ダルは今度はカースへ帰って実家の家族にこのことを伝えるつもりだ。
だが、久しぶりに父親が帰ってきたということで、子どもたちに離してもらえず、なかなか話をしに実家に行くことができない。もちろんダルだって、子どもたちともっともっと一緒に遊んでやりたい。だが、下手に切り出したら、家族全員が付いてきそうなのだ。それでダルは実家の家族全員と話すのではなく、誰かを選んで話すことにした。
「ちょっと大きいじいちゃんと大事な話があるんだ、付いてきてもいいけど、話す間ばあちゃんたちと遊んでてよ」
そう言って、家族で実家に行き、村長に事態がどうなっているかを伝えた。
「そうか、そんなことに。触れ紙は回ってきたが、どういうことかと思っておった」
「うん、それだけ状況は厳しいってことなんだろうね」
「そうか」
「かあちゃんたちにはじいちゃんから伝えておいてよ」
「分かった、それはまかせておけ。おまえはせっかく帰ってきたんだから、ちょっと家でゆっくりせい」
「うん、そうさせてもらうよ」
ダルは家族と一緒に自分の家に帰り、その後で村長がトーヤたちと秘密を共にする家族にダルから聞いたことを伝えた。
「お気の毒だね」
ディナがぽつりと言い、ナスタも黙って頷く。
「トーヤたちは、できればマユリアを助けたいと思っておるようじゃ。そしてキリエ様は、心ではそう思いながらも、マユリアのお決めになったことには従わねばならん。その板挟みになって、フウ様とおっしゃる信頼のできる侍女の方に、トーヤたちを頼むとおっしゃったようだ」
ほぼ正確に情報は家族に伝わった。
こうして、トーヤたちの今の状況は、一人を除いて必要な人間全員に伝わった。
残りはトイボアにつきっきりだったディレンだけだが、こちらも今日のことで一息ついたようだ。
「そうか。じゃあ、奥さんはおまえと一緒にこの国を出たい、そう言ってたんだな」
「はい」
トイボアの妻は、たとえトイボアが王宮衛士ではなくなっても、そのまま夫婦でいたいと望んでいた。だが、無理やりに実家に連れ戻されたらしい。
「それで、一度息子に会わせてほしい、私がそう言っていると言って子どもを連れ出し、こちらで保護していただきたいと言ってるのですが」
「おう、もちろん引き受けた」
これでもうトイボアをずっと見張っている必要はなくなった。後は、うまく家族3人を逃がす算段をつけるだけだ。それは今の状況と一緒になんとかできそうに思える。
妻の父が、おずおずと話しかけてくる。
「なんでしょうか」
「それで、此度はどのような話で娘をお呼びになられたのでしょうか」
「さあ、それはこちらでは。ただ、船に乗る前に一度お会いしたい、そうおっしゃって、ディレン船長から望みを叶えられないだろうかとお話があっただけですので」
「そうですか……」
王宮衛士を罷免されたということで、一度は離縁をさせたが、それほどの人脈を持つ婿を、今さら惜しくなっているようだ。なんとか復縁させられぬものか、妻の父は心の中でそんなことを考えているのだろう。
やがて、話を終えてトイボアと妻、正確には元妻が待っている者たちのいる部屋へ入ってきた。
「この度はお時間をいただきありがとうございました」
トイボアが元舅に丁寧に頭を下げる。
「い、いや、こちらこそ」
妻の父も急いでできるだけトイボアよりも深く頭を下げた。
「もうよろしいのですか?」
「はい」
「では」
ルギに言葉少なに促され、トイボアはルギとダルとディレンと共に退室していった。
「一体何を話したんだ?」
妻の父は気持ちを抑えるようにして妻に聞いた。
「いえ、特に何も。手紙にあったようなことです。迷惑をかけた、自分は船に乗る。できればその前に一度息子に会いたいが、どうだろうと」
「そ、それでどう答えたのだ」
「はい、私が勝手にお答えすることはできない。もしもお父様の許可をいただけたらと」
父はその答えに少し希望の糸がつながった気がした。
「そのことは帰ってゆっくり話をしよう」
そうして娘と知人と共に帰っていった。
ダルは、ここに来たついでだからとリルの見舞いへ行くと言って3人と別れた。
「ふうん、そんなことになってるの」
リルに新しい取次役のこと、フウが味方になってくれたが、それがちょっとばかり変わった形であることなどを伝えた。
「はあ、私も身重でなかったら、もっと面白いことになってただろうになあ」
「面白いことって」
ダルはリルの言い方にそう言ったが、真実そう思っているのではないと分かっている。
「でも今はこの子が一番大切だもの」
「そうだね」
ほら、そうだった。そう思う。
「他の子たちはここと家とマルトの実家、それからカースを行き来して、なんとか乗り切ってるって聞いたけど、早く落ち着きたいわね、全部のことに」
「そうだね」
「何よりも気になるのはマユリアのご婚姻よね」
リルもトーヤの言っていたマユリアが女王になるという話に混乱しているようだ。
「とにかく、私は今、ここから動けないから、何かあったら誰かに来てもらうしかないもの」
「うん、できるだけ早く連絡はするよ」
「お願いね」
「分かった。それじゃ体を大事にね」
その後ダルは今度はカースへ帰って実家の家族にこのことを伝えるつもりだ。
だが、久しぶりに父親が帰ってきたということで、子どもたちに離してもらえず、なかなか話をしに実家に行くことができない。もちろんダルだって、子どもたちともっともっと一緒に遊んでやりたい。だが、下手に切り出したら、家族全員が付いてきそうなのだ。それでダルは実家の家族全員と話すのではなく、誰かを選んで話すことにした。
「ちょっと大きいじいちゃんと大事な話があるんだ、付いてきてもいいけど、話す間ばあちゃんたちと遊んでてよ」
そう言って、家族で実家に行き、村長に事態がどうなっているかを伝えた。
「そうか、そんなことに。触れ紙は回ってきたが、どういうことかと思っておった」
「うん、それだけ状況は厳しいってことなんだろうね」
「そうか」
「かあちゃんたちにはじいちゃんから伝えておいてよ」
「分かった、それはまかせておけ。おまえはせっかく帰ってきたんだから、ちょっと家でゆっくりせい」
「うん、そうさせてもらうよ」
ダルは家族と一緒に自分の家に帰り、その後で村長がトーヤたちと秘密を共にする家族にダルから聞いたことを伝えた。
「お気の毒だね」
ディナがぽつりと言い、ナスタも黙って頷く。
「トーヤたちは、できればマユリアを助けたいと思っておるようじゃ。そしてキリエ様は、心ではそう思いながらも、マユリアのお決めになったことには従わねばならん。その板挟みになって、フウ様とおっしゃる信頼のできる侍女の方に、トーヤたちを頼むとおっしゃったようだ」
ほぼ正確に情報は家族に伝わった。
こうして、トーヤたちの今の状況は、一人を除いて必要な人間全員に伝わった。
残りはトイボアにつきっきりだったディレンだけだが、こちらも今日のことで一息ついたようだ。
「そうか。じゃあ、奥さんはおまえと一緒にこの国を出たい、そう言ってたんだな」
「はい」
トイボアの妻は、たとえトイボアが王宮衛士ではなくなっても、そのまま夫婦でいたいと望んでいた。だが、無理やりに実家に連れ戻されたらしい。
「それで、一度息子に会わせてほしい、私がそう言っていると言って子どもを連れ出し、こちらで保護していただきたいと言ってるのですが」
「おう、もちろん引き受けた」
これでもうトイボアをずっと見張っている必要はなくなった。後は、うまく家族3人を逃がす算段をつけるだけだ。それは今の状況と一緒になんとかできそうに思える。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる