黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
420 / 488
第六章 第一部

16 忠誠の剣

しおりを挟む
 忙しく動く者、動きたくても動けない者。そんな者たちとまた違う場所で違う出来事が動いていた。

 ルギはマユリアに呼ばれ、マユリアの応接へと足を向けた。このところは例の陳情事件の手伝いなどで忙しく、あまり奥宮へと来ることはなかった。久しぶりのことであった。

「忙しいのに呼びつけてごめんなさい」
「いえ」

 ルギはいつもと変わらぬ様子で主に正式の礼をする。

「来てもらったのは、渡したい物があったからです」

 主は忠臣に用意させていたある物を見せた。
 
 応接の壁沿いに、絹をかけた何か台座のような物があり、その絹を主が美しい手でするりと取り去ると、そこには一振りの見事な剣が飾られていた。

「これは……」
「見事でしょう、献上品の中にあった物ですが、アルディナの名工の手で打たれた剣に、シャンタリオの職人が鞘を作ったのだそうですよ」

 戦のないシャンタリオでは剣は装飾品としての意味合いの方が強い。だが、この剣の中身はアルディナの名人が名のある剣士のためにと打った剣だとの説明がついていたらしい。つまり実用の剣だ。

 戦いのための剣に美しい女神のごとき装飾の剣。

「この国でこのような剣が似合うのはおまえだけ。それでぜひおまえにと思っていたのです」
「私にですか」

 さすがのルギが驚きの声を上げた。

「おまえはわたくしの衛士です。あの日、あの聖なる湖で運命を知ったおまえは、わたくしの衛士となってくれました。それは、この先、わたくしがどうなろうとも、おまえがどうなろうとも、変わることではありません」

 ルギは主の言葉に言葉を失う。

 マユリアは微笑みながら剣の鞘に触れた。

「ルギ、剣を」

 促されルギが剣を手に取った。
 
 それは本当に美しい剣であった。白地に細かく紫と銀で文様が描かれ、そこに細かな宝石が色々な光を放ちながら散りばめられている。
 柄は銀作り。柄尻にはやはり紫の石がはめ込まれており、持ち手の部分には運命の輪が象嵌されている。

「運命の剣です。抜いてみなさい」

 ルギは命じられるまま、スラリと刀身を抜いた。くもり一つない刃が銀色に光を放つ。

「ルギ」

 剣を抜いたままその輝きを見つめていたルギに、主が声をかけた。

「誓いを」

 主が美しくほほえみながら忠実な衛士に語りかける。

「アルディナでは、忠実な騎士が主にその剣を捧げて永遠に従うと誓うのだそうです。おまえもわたくしに誓ってくれますか、永遠におまえはわたくしの衛士であると」

 シャンタリオにももちろん主従の誓いはある。だがそれは、剣を介したものではない。第一ルギは初めて出会ったその日にすでに主に自分の全てが主のものであると誓いを立てている。

 ルギが戸惑っていると主が美しい顔に陰を乗せて言う。

「この先はどうなるのか分かりません。この国も、そしてわたくしもおまえも。だから誓ってほしいのです。何があろうとわたくしを守ってくれると」

 その言葉にルギはさらに戸惑う。

「おそらく、神官長が言ったように、この先、この国でも争いが起こるのでしょう。もしも、そのような日が来たなら、その剣でわたくしを守ってほしい。この国のために」

 その言葉を聞いてもやはりルギは動くことができない。

「その剣が献上されたのは、おまえがここに来た日なのです」

 驚くような言葉を耳にした。

「それで、おまえを見た瞬間、ああこの者こそこの剣にふさわしい者だ、そう思いました。それでおまえをそのまま衛士として受け入れたのです。ですが」

 マユリアが少しうつむき、ゆっくりと目を閉じた。

「ですが、この剣をおまえに渡す日が来てはほしくない、ずっとそう思っていました。八年前、あのことを乗り切り、トーヤが先代を助け出してくれた時、これで渡さずに済むのではないか、そう思ってホッとしたのです」

 ルギは剣の光越しに主の姿を見る。

「それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが」

 マユリアはゆっくりと目を開き、剣の光越しにルギを見た。

「誓ってくれますか、何があってもわたくしを守る、永遠にわたくしの衛士であると」
「マユリア」

 ルギはひざまずき、剣を両手で掲げて主に捧げた。

「私は、あの時から永遠にあなたの物です。すでにそのことはお分かりだと思っていました。ですが、ここでもう一度誓います。私はあなたの物、あなたの衛士であり、剣であると」

 マユリアがゆっくりと近づき、剣と忠臣を見る。

 マユリアは剣に触れることができない。戦いのための道具に慈悲の女神が触れることはできない。
 そしてマユリアはルギにも触れることができない。女神の座にいる者が男性に触れることはできないからだ。

 マユリアはただ視線で誓いを受け入れ、言葉で返す。

「ありがとう。きっとその誓いを守ってください。わたくしもこの先何があろうとも、おまえの主、おまえの女神であり続けます」

 ルギはその言葉を受けると、剣を持ち直し美しい鞘に収めた。
 マユリアがもう一歩近づき、その鞘に触れた。

「願わくば、慈悲が鞘となり剣を抜く日が来ぬことを」

 こうして新たな誓いは交わされた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
 農家の四男に転生したルイ。   そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。  農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。  十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。   家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。   ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる! 見切り発車。不定期更新。 カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...