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第六章 第一部
16 忠誠の剣
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忙しく動く者、動きたくても動けない者。そんな者たちとまた違う場所で違う出来事が動いていた。
ルギはマユリアに呼ばれ、マユリアの応接へと足を向けた。このところは例の陳情事件の手伝いなどで忙しく、あまり奥宮へと来ることはなかった。久しぶりのことであった。
「忙しいのに呼びつけてごめんなさい」
「いえ」
ルギはいつもと変わらぬ様子で主に正式の礼をする。
「来てもらったのは、渡したい物があったからです」
主は忠臣に用意させていたある物を見せた。
応接の壁沿いに、絹をかけた何か台座のような物があり、その絹を主が美しい手でするりと取り去ると、そこには一振りの見事な剣が飾られていた。
「これは……」
「見事でしょう、献上品の中にあった物ですが、アルディナの名工の手で打たれた剣に、シャンタリオの職人が鞘を作ったのだそうですよ」
戦のないシャンタリオでは剣は装飾品としての意味合いの方が強い。だが、この剣の中身はアルディナの名人が名のある剣士のためにと打った剣だとの説明がついていたらしい。つまり実用の剣だ。
戦いのための剣に美しい女神のごとき装飾の剣。
「この国でこのような剣が似合うのはおまえだけ。それでぜひおまえにと思っていたのです」
「私にですか」
さすがのルギが驚きの声を上げた。
「おまえはわたくしの衛士です。あの日、あの聖なる湖で運命を知ったおまえは、わたくしの衛士となってくれました。それは、この先、わたくしがどうなろうとも、おまえがどうなろうとも、変わることではありません」
ルギは主の言葉に言葉を失う。
マユリアは微笑みながら剣の鞘に触れた。
「ルギ、剣を」
促されルギが剣を手に取った。
それは本当に美しい剣であった。白地に細かく紫と銀で文様が描かれ、そこに細かな宝石が色々な光を放ちながら散りばめられている。
柄は銀作り。柄尻にはやはり紫の石がはめ込まれており、持ち手の部分には運命の輪が象嵌されている。
「運命の剣です。抜いてみなさい」
ルギは命じられるまま、スラリと刀身を抜いた。くもり一つない刃が銀色に光を放つ。
「ルギ」
剣を抜いたままその輝きを見つめていたルギに、主が声をかけた。
「誓いを」
主が美しくほほえみながら忠実な衛士に語りかける。
「アルディナでは、忠実な騎士が主にその剣を捧げて永遠に従うと誓うのだそうです。おまえもわたくしに誓ってくれますか、永遠におまえはわたくしの衛士であると」
シャンタリオにももちろん主従の誓いはある。だがそれは、剣を介したものではない。第一ルギは初めて出会ったその日にすでに主に自分の全てが主のものであると誓いを立てている。
ルギが戸惑っていると主が美しい顔に陰を乗せて言う。
「この先はどうなるのか分かりません。この国も、そしてわたくしもおまえも。だから誓ってほしいのです。何があろうとわたくしを守ってくれると」
その言葉にルギはさらに戸惑う。
「おそらく、神官長が言ったように、この先、この国でも争いが起こるのでしょう。もしも、そのような日が来たなら、その剣でわたくしを守ってほしい。この国のために」
その言葉を聞いてもやはりルギは動くことができない。
「その剣が献上されたのは、おまえがここに来た日なのです」
驚くような言葉を耳にした。
「それで、おまえを見た瞬間、ああこの者こそこの剣にふさわしい者だ、そう思いました。それでおまえをそのまま衛士として受け入れたのです。ですが」
マユリアが少しうつむき、ゆっくりと目を閉じた。
「ですが、この剣をおまえに渡す日が来てはほしくない、ずっとそう思っていました。八年前、あのことを乗り切り、トーヤが先代を助け出してくれた時、これで渡さずに済むのではないか、そう思ってホッとしたのです」
ルギは剣の光越しに主の姿を見る。
「それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが」
マユリアはゆっくりと目を開き、剣の光越しにルギを見た。
「誓ってくれますか、何があってもわたくしを守る、永遠にわたくしの衛士であると」
「マユリア」
ルギはひざまずき、剣を両手で掲げて主に捧げた。
「私は、あの時から永遠にあなたの物です。すでにそのことはお分かりだと思っていました。ですが、ここでもう一度誓います。私はあなたの物、あなたの衛士であり、剣であると」
マユリアがゆっくりと近づき、剣と忠臣を見る。
マユリアは剣に触れることができない。戦いのための道具に慈悲の女神が触れることはできない。
そしてマユリアはルギにも触れることができない。女神の座にいる者が男性に触れることはできないからだ。
マユリアはただ視線で誓いを受け入れ、言葉で返す。
「ありがとう。きっとその誓いを守ってください。わたくしもこの先何があろうとも、おまえの主、おまえの女神であり続けます」
ルギはその言葉を受けると、剣を持ち直し美しい鞘に収めた。
マユリアがもう一歩近づき、その鞘に触れた。
「願わくば、慈悲が鞘となり剣を抜く日が来ぬことを」
こうして新たな誓いは交わされた。
ルギはマユリアに呼ばれ、マユリアの応接へと足を向けた。このところは例の陳情事件の手伝いなどで忙しく、あまり奥宮へと来ることはなかった。久しぶりのことであった。
「忙しいのに呼びつけてごめんなさい」
「いえ」
ルギはいつもと変わらぬ様子で主に正式の礼をする。
「来てもらったのは、渡したい物があったからです」
主は忠臣に用意させていたある物を見せた。
応接の壁沿いに、絹をかけた何か台座のような物があり、その絹を主が美しい手でするりと取り去ると、そこには一振りの見事な剣が飾られていた。
「これは……」
「見事でしょう、献上品の中にあった物ですが、アルディナの名工の手で打たれた剣に、シャンタリオの職人が鞘を作ったのだそうですよ」
戦のないシャンタリオでは剣は装飾品としての意味合いの方が強い。だが、この剣の中身はアルディナの名人が名のある剣士のためにと打った剣だとの説明がついていたらしい。つまり実用の剣だ。
戦いのための剣に美しい女神のごとき装飾の剣。
「この国でこのような剣が似合うのはおまえだけ。それでぜひおまえにと思っていたのです」
「私にですか」
さすがのルギが驚きの声を上げた。
「おまえはわたくしの衛士です。あの日、あの聖なる湖で運命を知ったおまえは、わたくしの衛士となってくれました。それは、この先、わたくしがどうなろうとも、おまえがどうなろうとも、変わることではありません」
ルギは主の言葉に言葉を失う。
マユリアは微笑みながら剣の鞘に触れた。
「ルギ、剣を」
促されルギが剣を手に取った。
それは本当に美しい剣であった。白地に細かく紫と銀で文様が描かれ、そこに細かな宝石が色々な光を放ちながら散りばめられている。
柄は銀作り。柄尻にはやはり紫の石がはめ込まれており、持ち手の部分には運命の輪が象嵌されている。
「運命の剣です。抜いてみなさい」
ルギは命じられるまま、スラリと刀身を抜いた。くもり一つない刃が銀色に光を放つ。
「ルギ」
剣を抜いたままその輝きを見つめていたルギに、主が声をかけた。
「誓いを」
主が美しくほほえみながら忠実な衛士に語りかける。
「アルディナでは、忠実な騎士が主にその剣を捧げて永遠に従うと誓うのだそうです。おまえもわたくしに誓ってくれますか、永遠におまえはわたくしの衛士であると」
シャンタリオにももちろん主従の誓いはある。だがそれは、剣を介したものではない。第一ルギは初めて出会ったその日にすでに主に自分の全てが主のものであると誓いを立てている。
ルギが戸惑っていると主が美しい顔に陰を乗せて言う。
「この先はどうなるのか分かりません。この国も、そしてわたくしもおまえも。だから誓ってほしいのです。何があろうとわたくしを守ってくれると」
その言葉にルギはさらに戸惑う。
「おそらく、神官長が言ったように、この先、この国でも争いが起こるのでしょう。もしも、そのような日が来たなら、その剣でわたくしを守ってほしい。この国のために」
その言葉を聞いてもやはりルギは動くことができない。
「その剣が献上されたのは、おまえがここに来た日なのです」
驚くような言葉を耳にした。
「それで、おまえを見た瞬間、ああこの者こそこの剣にふさわしい者だ、そう思いました。それでおまえをそのまま衛士として受け入れたのです。ですが」
マユリアが少しうつむき、ゆっくりと目を閉じた。
「ですが、この剣をおまえに渡す日が来てはほしくない、ずっとそう思っていました。八年前、あのことを乗り切り、トーヤが先代を助け出してくれた時、これで渡さずに済むのではないか、そう思ってホッとしたのです」
ルギは剣の光越しに主の姿を見る。
「それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが」
マユリアはゆっくりと目を開き、剣の光越しにルギを見た。
「誓ってくれますか、何があってもわたくしを守る、永遠にわたくしの衛士であると」
「マユリア」
ルギはひざまずき、剣を両手で掲げて主に捧げた。
「私は、あの時から永遠にあなたの物です。すでにそのことはお分かりだと思っていました。ですが、ここでもう一度誓います。私はあなたの物、あなたの衛士であり、剣であると」
マユリアがゆっくりと近づき、剣と忠臣を見る。
マユリアは剣に触れることができない。戦いのための道具に慈悲の女神が触れることはできない。
そしてマユリアはルギにも触れることができない。女神の座にいる者が男性に触れることはできないからだ。
マユリアはただ視線で誓いを受け入れ、言葉で返す。
「ありがとう。きっとその誓いを守ってください。わたくしもこの先何があろうとも、おまえの主、おまえの女神であり続けます」
ルギはその言葉を受けると、剣を持ち直し美しい鞘に収めた。
マユリアがもう一歩近づき、その鞘に触れた。
「願わくば、慈悲が鞘となり剣を抜く日が来ぬことを」
こうして新たな誓いは交わされた。
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