黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
393 / 488
第五章 第四部

10 衝撃を受けた者

しおりを挟む
「いえ、いいのです」

 マユリアはキリエが今日、この部屋に入ってから初めて、いつものように艶やかに笑った。

 言わなくても分かっていることだ。それは、この国ではなく外から来たあの者たちの影響であろうとマユリアには分かっていた。

 それは自分も変わったからだ。夢見てもいいと言ってもらったからだ。運命は流れるままではないということを知ったからだ。

「良いお顔で笑っていらっしゃいます」

 キリエがマユリアの笑顔に少し気持ちを緩ませた。

「ですが、まだ続きを聞いておりません。その後のご体調がどうであったかを」
「そうでしたね」

 マユリアの話によると、その後も何度かそのように気が遠くなることはあった、ということだ。

「ですが、いつも短時間であったことと、それ以上に悪くなる様子がなかったこと、それから、女性には血の道ということがあると聞いたことがあったものですから、おそらく自分もその関係ではないかと思っていました」
「ええ、確かにそのようなことはございますが。それはでは、そのような時期のことだったということでしょうか」

 マユリアは少し考え、

「いえ、特に関係はなかったようにも思います」

 と、答える。

「確かに侍女の中にもある一定の期間、寝込む者もおります。ですが、今までマユリアがそのようなことで、今回のように寝込まれるなどということはなかったと記憶しております。今回はこれまでとは違ったということでしょうか」
「ええ……」

 マユリアが力なく答えた。認めることで自分の不調を認めるのが怖い、キリエにはそのような姿にも見えた。

「では、今回はどのようであられたのでしょうか。思い出されるのはご心配でありましょうが、きちんと話を伺ってみないことには、どのようにしてさしあげられるかが分かりません。お話しいただけるでしょうか」

 キリエの真剣な目を見つめながら、

「分かりました」

 マユリアが今回のことがいつからどうであったのかを、思い出しながら説明をした。

「実は、あの前日に少し妙なことがありました」
「前日とは、お倒れになった前日でよろしいですか」
「ええ、そうです」

 その日がキリエには気になった。それは、悪さをしようとしたヌオリたちの手から「黒のシャンタル」がミーヤを助けた日だ。その日、ヌオリたちに退去命令を出して送り出した後、ミーヤと時を同じくした。そしてその後で、侍女の交代を申し出るためにシャンタルの私室を訪ねたのだ。その時にマユリアが倒れたのだから、その前日ということは、あの日に間違いがないということだ。

「どのようなことがあったのでしょう」
「ええ」
 
 マユリアがゆっくりと思い出しながら話す。

「時刻はまだ朝のうちだったと思います。わたくしは応接で一人座っておりました。特にやることもなかったですし、ぼんやりと考え事をしていました。すると、突然、なんと言えばいいのでしょう、衝撃を受けたような感じがしたのです」
「衝撃、ですか」

 キリエには正直なところ、それがどのような状態であるかはよく分からない。それは、そのような「衝撃」などというものを受けた経験がないからだ。
 だが、そのような状況を経験した者ならば知っている。実際にキリエが見たのは、全ての感覚を失った先代シャンタルが、トーヤの体に入ろうとして弾き飛ばされた姿だ。そしてその影響を受けて一日寝込んだトーヤの姿も目にしている。

 それから、ほんの一瞬ではあったが、トーヤが懲罰房に入った瞬間、一瞬だがトーヤは衝撃を受けて床に膝をついた。そして急いでその場を離れようとした。

 おそらくはそのような「衝撃」をマユリアもお受けになられたのだ。そしてそれはきっと、先代がミーヤを助けたその時のことだろう。時間的にもほぼ間違いがないと思った。

「それで、どうなさったのですか」
「ええ、ほんの一瞬でしたから、なんだったのだろうと思って、そのままになりました」
「それは、それまでで初めてのご経験でしたでしょうか」
「初めて? ええ、おそらく……いえ、違います」

 マユリアが違うと言いかけて思い出したことを口にする。

「八年前、あの場所でお籠りをしていた時、あの時と似ています、そういえば」

 やはりそうであったかとキリエは得心した。

「あの時は、先代がトーヤに弾き飛ばされたその影響を受けたのだということでしたね」
「はい」
「では、もしかして今回のそれも」

 キリエはどう答えようかと少し考え、

「その可能性もないことはない、と思います」

 と、正直に答えた。

「ただ、私には己の身の上に起きたことのないこと、それ以上のお答えは出来かねます。申し訳ありませんが」

 キリエはそう言って、座ったままできる範囲で頭を下げた。

「相変わらず正直ですね」

 マユリアが楽しそうに笑う。

「可能性。ええ、可能性だけでも構いません。もしかしたら今回のことも、あの方たちと関係のあることかも知れない。そう思うだけで心安らかです」

 マユリアがほおっと一つ大きく呼吸をすると、静かに目を閉じた。

「わたくしはこうして待つしかできぬ身ですが、きっと良きように動いていてくれるはずです」

 その表情は安らかで幸せそうであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...