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第五章 第四部
2 魔女の生贄
しおりを挟む「一体何事でしょうか」
シャンタル宮の侍女たちが、次から次へと王都の民が陳情にやってくるのに困惑をする。
「陳情だけではないのよ、ほら、こんなのも」
そこには束になった陳情書が何束も積み上げられていた。
例の元王宮衛士が自分の身分を明らかにしてからわずか数日後のことだ。目の前の男が「自分は元王宮衛士だ」と正体を明かし、今の国王のせいで職を解かれたことなどを「本当だ」と証言したことで、これまでは遠くの話だったことが身近の話になった。
人は、自分に近い話ほど気になって黙ってはおられなくなるものだ。今まで「知人の王宮衛士が言っていた」と一段階開けて話を聞いていた者が、今は「実際に王宮衛士が言っていた」と、ごく身近の話として受け取るようになった結果だった。
連絡係の侍女たちは、陳情書の束を侍女頭付きの侍女に渡して下がり、戻ると今度はその足で、話を聞いていただきたいと訴える者に、まずは街の役付きの者に話を持っていきその者を通すようにと説明をする、ということをひたすら繰り返していた。
「連絡係になってこんな忙しい目をするのは初めてだわ」
困惑するのも無理はない。宮に陳情書などというものが届くことはほぼないからだ。
宮に何かを望むということは、結果的にはシャンタルに何かを望むということだ。シャンタルは天から託宣をいただき、それを人に伝えてくださる方、その方に何かを望むなどやってはいけないことなのだ。王族や貴族などという尊き方々は謁見の折に託宣をいただくことはあるが、一般の民は何か天からの「兆し」があった時に「天からのお声」と認定されて初めて、謁見を望むことができる。
陳情書のどこにも「シャンタルに伝えてほしい」とは書いていない。だが、その内容はほぼ同じ、それは神に、天にしかできないことであった。
「国王陛下は天に背く行いをなさっていると聞く、天は新しい国王にそれを許しているのかお聞きしたい」
「新しい国王陛下は実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、それが本当か天に聞いていただきたい」
「前国王陛下が行方不明というのは本当か、本当ならどこにいらっしゃるのか天にお聞きしたい」
半分はこんな感じで新しい国王の行いが本当かと天に尋ねる内容、そしてもう半分はこうだ。
「国王陛下が天に背く行いをなさっているとの噂がある、あのように素晴らしい方がそのようなことをなさるはずがない、このけしからぬ噂は嘘だと天から民にお伝えいただけないものか」
「新しい国王陛下が実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、そのようなことをなさるはずがない、天からこのような噂を流す者に罰を与えてほしい」
「前国王陛下が行方不明という噂がある、そのために新しい国王陛下が何かをなさったとけしからぬ噂を流す者がある、噂を払拭するためにも前国王陛下に民の前に姿を現すように天に命じてほしい」
どちらの立場に立つかが違うだけで、ほぼ噂の内容は同じようだ。
「つまり、耳にした噂というのは同じだが、それを受け止める者の気持ちによって書き方が違う、そういうことですね」
「ええ、そのようです」
侍女頭の部屋にシャンタル宮警護隊隊長が呼ばれ、届いた陳情書に目を通した。
月虹隊予備兵アーリンと、捜査に協力したハリオによって、そのうちの一人はすでに分かっている。
「罷免された元王宮衛士の仕業でしたが」
「ええ、月虹隊からの報告ではそうでしたね」
「私もその場に駆けつけましたが、着いた時にはもうその者はおりませんでした」
「そうでしたね」
ハリオが借りているという名目の部屋に、件の元王宮衛士が尋ねてきたことから、ハリオが何かあってはいけないとアーリンを逃し、ダル、ルギ、ディレン、アランが急いで駆けつけたのだ。
ハリオのおかげで、元王宮衛士から例の消えた前国王の部屋で自害していた元王宮侍女とその弟の元王宮衛士の話が聞けた。
「その頃から同じ噂を流していたのに、どうして急にそのような動きが出てきたのかが気になります」
「そうですね」
キリエもルギの疑問に同意する。
「それで、またハリオ殿に頼み事をしました」
それは、あの家に待機して、何か動きがないかを探ってほしいということだった。
「もしかすると、またその者が尋ねてくるかも知れません。今度は念のためにディレン船長にも同行をお願いしました」
「それは、あの月虹隊の予備兵よりはずっと頼りになりそうですな」
ルギの皮肉っぽい言い方に、表情には出さずともキリエも同意をしていた。
初めてキリエと対面した時の様子を思い出す。対面のためにダルの部屋を訪れた時のことを。
これまでも、自分の前に初めて出た者は、誰もが少なからず緊張をしたものだが、その中でもあそこまで緊張で固まったり、背中に棒が入ったようになって飛び跳ねたりした者はなかった。まるで魔女に生贄に差し出されたかのような。
だがなぜだろう、今思いだすと少しばかり笑いそうになってくる。以前の自分なら、なんと未熟なのかと、ただ不快に思うだけであっただろうに。キリエは自分の変化も少しばかり愉快に感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
※この時のエピソードは「第三章 第四部 女神の秘密・8 伝説の魔女」からにあります。
月虹隊の予備兵アーリンが、鋼鉄の侍女頭の前で緊張のあまり「伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固ま」りました。
シャンタル宮の侍女たちが、次から次へと王都の民が陳情にやってくるのに困惑をする。
「陳情だけではないのよ、ほら、こんなのも」
そこには束になった陳情書が何束も積み上げられていた。
例の元王宮衛士が自分の身分を明らかにしてからわずか数日後のことだ。目の前の男が「自分は元王宮衛士だ」と正体を明かし、今の国王のせいで職を解かれたことなどを「本当だ」と証言したことで、これまでは遠くの話だったことが身近の話になった。
人は、自分に近い話ほど気になって黙ってはおられなくなるものだ。今まで「知人の王宮衛士が言っていた」と一段階開けて話を聞いていた者が、今は「実際に王宮衛士が言っていた」と、ごく身近の話として受け取るようになった結果だった。
連絡係の侍女たちは、陳情書の束を侍女頭付きの侍女に渡して下がり、戻ると今度はその足で、話を聞いていただきたいと訴える者に、まずは街の役付きの者に話を持っていきその者を通すようにと説明をする、ということをひたすら繰り返していた。
「連絡係になってこんな忙しい目をするのは初めてだわ」
困惑するのも無理はない。宮に陳情書などというものが届くことはほぼないからだ。
宮に何かを望むということは、結果的にはシャンタルに何かを望むということだ。シャンタルは天から託宣をいただき、それを人に伝えてくださる方、その方に何かを望むなどやってはいけないことなのだ。王族や貴族などという尊き方々は謁見の折に託宣をいただくことはあるが、一般の民は何か天からの「兆し」があった時に「天からのお声」と認定されて初めて、謁見を望むことができる。
陳情書のどこにも「シャンタルに伝えてほしい」とは書いていない。だが、その内容はほぼ同じ、それは神に、天にしかできないことであった。
「国王陛下は天に背く行いをなさっていると聞く、天は新しい国王にそれを許しているのかお聞きしたい」
「新しい国王陛下は実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、それが本当か天に聞いていただきたい」
「前国王陛下が行方不明というのは本当か、本当ならどこにいらっしゃるのか天にお聞きしたい」
半分はこんな感じで新しい国王の行いが本当かと天に尋ねる内容、そしてもう半分はこうだ。
「国王陛下が天に背く行いをなさっているとの噂がある、あのように素晴らしい方がそのようなことをなさるはずがない、このけしからぬ噂は嘘だと天から民にお伝えいただけないものか」
「新しい国王陛下が実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、そのようなことをなさるはずがない、天からこのような噂を流す者に罰を与えてほしい」
「前国王陛下が行方不明という噂がある、そのために新しい国王陛下が何かをなさったとけしからぬ噂を流す者がある、噂を払拭するためにも前国王陛下に民の前に姿を現すように天に命じてほしい」
どちらの立場に立つかが違うだけで、ほぼ噂の内容は同じようだ。
「つまり、耳にした噂というのは同じだが、それを受け止める者の気持ちによって書き方が違う、そういうことですね」
「ええ、そのようです」
侍女頭の部屋にシャンタル宮警護隊隊長が呼ばれ、届いた陳情書に目を通した。
月虹隊予備兵アーリンと、捜査に協力したハリオによって、そのうちの一人はすでに分かっている。
「罷免された元王宮衛士の仕業でしたが」
「ええ、月虹隊からの報告ではそうでしたね」
「私もその場に駆けつけましたが、着いた時にはもうその者はおりませんでした」
「そうでしたね」
ハリオが借りているという名目の部屋に、件の元王宮衛士が尋ねてきたことから、ハリオが何かあってはいけないとアーリンを逃し、ダル、ルギ、ディレン、アランが急いで駆けつけたのだ。
ハリオのおかげで、元王宮衛士から例の消えた前国王の部屋で自害していた元王宮侍女とその弟の元王宮衛士の話が聞けた。
「その頃から同じ噂を流していたのに、どうして急にそのような動きが出てきたのかが気になります」
「そうですね」
キリエもルギの疑問に同意する。
「それで、またハリオ殿に頼み事をしました」
それは、あの家に待機して、何か動きがないかを探ってほしいということだった。
「もしかすると、またその者が尋ねてくるかも知れません。今度は念のためにディレン船長にも同行をお願いしました」
「それは、あの月虹隊の予備兵よりはずっと頼りになりそうですな」
ルギの皮肉っぽい言い方に、表情には出さずともキリエも同意をしていた。
初めてキリエと対面した時の様子を思い出す。対面のためにダルの部屋を訪れた時のことを。
これまでも、自分の前に初めて出た者は、誰もが少なからず緊張をしたものだが、その中でもあそこまで緊張で固まったり、背中に棒が入ったようになって飛び跳ねたりした者はなかった。まるで魔女に生贄に差し出されたかのような。
だがなぜだろう、今思いだすと少しばかり笑いそうになってくる。以前の自分なら、なんと未熟なのかと、ただ不快に思うだけであっただろうに。キリエは自分の変化も少しばかり愉快に感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
※この時のエピソードは「第三章 第四部 女神の秘密・8 伝説の魔女」からにあります。
月虹隊の予備兵アーリンが、鋼鉄の侍女頭の前で緊張のあまり「伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固ま」りました。
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