385 / 488
第五章 第四部
2 魔女の生贄
しおりを挟む
「一体何事でしょうか」
シャンタル宮の侍女たちが、次から次へと王都の民が陳情にやってくるのに困惑をする。
「陳情だけではないのよ、ほら、こんなのも」
そこには束になった陳情書が何束も積み上げられていた。
例の元王宮衛士が自分の身分を明らかにしてからわずか数日後のことだ。目の前の男が「自分は元王宮衛士だ」と正体を明かし、今の国王のせいで職を解かれたことなどを「本当だ」と証言したことで、これまでは遠くの話だったことが身近の話になった。
人は、自分に近い話ほど気になって黙ってはおられなくなるものだ。今まで「知人の王宮衛士が言っていた」と一段階開けて話を聞いていた者が、今は「実際に王宮衛士が言っていた」と、ごく身近の話として受け取るようになった結果だった。
連絡係の侍女たちは、陳情書の束を侍女頭付きの侍女に渡して下がり、戻ると今度はその足で、話を聞いていただきたいと訴える者に、まずは街の役付きの者に話を持っていきその者を通すようにと説明をする、ということをひたすら繰り返していた。
「連絡係になってこんな忙しい目をするのは初めてだわ」
困惑するのも無理はない。宮に陳情書などというものが届くことはほぼないからだ。
宮に何かを望むということは、結果的にはシャンタルに何かを望むということだ。シャンタルは天から託宣をいただき、それを人に伝えてくださる方、その方に何かを望むなどやってはいけないことなのだ。王族や貴族などという尊き方々は謁見の折に託宣をいただくことはあるが、一般の民は何か天からの「兆し」があった時に「天からのお声」と認定されて初めて、謁見を望むことができる。
陳情書のどこにも「シャンタルに伝えてほしい」とは書いていない。だが、その内容はほぼ同じ、それは神に、天にしかできないことであった。
「国王陛下は天に背く行いをなさっていると聞く、天は新しい国王にそれを許しているのかお聞きしたい」
「新しい国王陛下は実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、それが本当か天に聞いていただきたい」
「前国王陛下が行方不明というのは本当か、本当ならどこにいらっしゃるのか天にお聞きしたい」
半分はこんな感じで新しい国王の行いが本当かと天に尋ねる内容、そしてもう半分はこうだ。
「国王陛下が天に背く行いをなさっているとの噂がある、あのように素晴らしい方がそのようなことをなさるはずがない、このけしからぬ噂は嘘だと天から民にお伝えいただけないものか」
「新しい国王陛下が実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、そのようなことをなさるはずがない、天からこのような噂を流す者に罰を与えてほしい」
「前国王陛下が行方不明という噂がある、そのために新しい国王陛下が何かをなさったとけしからぬ噂を流す者がある、噂を払拭するためにも前国王陛下に民の前に姿を現すように天に命じてほしい」
どちらの立場に立つかが違うだけで、ほぼ噂の内容は同じようだ。
「つまり、耳にした噂というのは同じだが、それを受け止める者の気持ちによって書き方が違う、そういうことですね」
「ええ、そのようです」
侍女頭の部屋にシャンタル宮警護隊隊長が呼ばれ、届いた陳情書に目を通した。
月虹隊予備兵アーリンと、捜査に協力したハリオによって、そのうちの一人はすでに分かっている。
「罷免された元王宮衛士の仕業でしたが」
「ええ、月虹隊からの報告ではそうでしたね」
「私もその場に駆けつけましたが、着いた時にはもうその者はおりませんでした」
「そうでしたね」
ハリオが借りているという名目の部屋に、件の元王宮衛士が尋ねてきたことから、ハリオが何かあってはいけないとアーリンを逃し、ダル、ルギ、ディレン、アランが急いで駆けつけたのだ。
ハリオのおかげで、元王宮衛士から例の消えた前国王の部屋で自害していた元王宮侍女とその弟の元王宮衛士の話が聞けた。
「その頃から同じ噂を流していたのに、どうして急にそのような動きが出てきたのかが気になります」
「そうですね」
キリエもルギの疑問に同意する。
「それで、またハリオ殿に頼み事をしました」
それは、あの家に待機して、何か動きがないかを探ってほしいということだった。
「もしかすると、またその者が尋ねてくるかも知れません。今度は念のためにディレン船長にも同行をお願いしました」
「それは、あの月虹隊の予備兵よりはずっと頼りになりそうですな」
ルギの皮肉っぽい言い方に、表情には出さずともキリエも同意をしていた。
初めてキリエと対面した時の様子を思い出す。対面のためにダルの部屋を訪れた時のことを。
これまでも、自分の前に初めて出た者は、誰もが少なからず緊張をしたものだが、その中でもあそこまで緊張で固まったり、背中に棒が入ったようになって飛び跳ねたりした者はなかった。まるで魔女に生贄に差し出されたかのような。
だがなぜだろう、今思いだすと少しばかり笑いそうになってくる。以前の自分なら、なんと未熟なのかと、ただ不快に思うだけであっただろうに。キリエは自分の変化も少しばかり愉快に感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
※この時のエピソードは「第三章 第四部 女神の秘密・8 伝説の魔女」からにあります。
月虹隊の予備兵アーリンが、鋼鉄の侍女頭の前で緊張のあまり「伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固ま」りました。
シャンタル宮の侍女たちが、次から次へと王都の民が陳情にやってくるのに困惑をする。
「陳情だけではないのよ、ほら、こんなのも」
そこには束になった陳情書が何束も積み上げられていた。
例の元王宮衛士が自分の身分を明らかにしてからわずか数日後のことだ。目の前の男が「自分は元王宮衛士だ」と正体を明かし、今の国王のせいで職を解かれたことなどを「本当だ」と証言したことで、これまでは遠くの話だったことが身近の話になった。
人は、自分に近い話ほど気になって黙ってはおられなくなるものだ。今まで「知人の王宮衛士が言っていた」と一段階開けて話を聞いていた者が、今は「実際に王宮衛士が言っていた」と、ごく身近の話として受け取るようになった結果だった。
連絡係の侍女たちは、陳情書の束を侍女頭付きの侍女に渡して下がり、戻ると今度はその足で、話を聞いていただきたいと訴える者に、まずは街の役付きの者に話を持っていきその者を通すようにと説明をする、ということをひたすら繰り返していた。
「連絡係になってこんな忙しい目をするのは初めてだわ」
困惑するのも無理はない。宮に陳情書などというものが届くことはほぼないからだ。
宮に何かを望むということは、結果的にはシャンタルに何かを望むということだ。シャンタルは天から託宣をいただき、それを人に伝えてくださる方、その方に何かを望むなどやってはいけないことなのだ。王族や貴族などという尊き方々は謁見の折に託宣をいただくことはあるが、一般の民は何か天からの「兆し」があった時に「天からのお声」と認定されて初めて、謁見を望むことができる。
陳情書のどこにも「シャンタルに伝えてほしい」とは書いていない。だが、その内容はほぼ同じ、それは神に、天にしかできないことであった。
「国王陛下は天に背く行いをなさっていると聞く、天は新しい国王にそれを許しているのかお聞きしたい」
「新しい国王陛下は実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、それが本当か天に聞いていただきたい」
「前国王陛下が行方不明というのは本当か、本当ならどこにいらっしゃるのか天にお聞きしたい」
半分はこんな感じで新しい国王の行いが本当かと天に尋ねる内容、そしてもう半分はこうだ。
「国王陛下が天に背く行いをなさっているとの噂がある、あのように素晴らしい方がそのようなことをなさるはずがない、このけしからぬ噂は嘘だと天から民にお伝えいただけないものか」
「新しい国王陛下が実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、そのようなことをなさるはずがない、天からこのような噂を流す者に罰を与えてほしい」
「前国王陛下が行方不明という噂がある、そのために新しい国王陛下が何かをなさったとけしからぬ噂を流す者がある、噂を払拭するためにも前国王陛下に民の前に姿を現すように天に命じてほしい」
どちらの立場に立つかが違うだけで、ほぼ噂の内容は同じようだ。
「つまり、耳にした噂というのは同じだが、それを受け止める者の気持ちによって書き方が違う、そういうことですね」
「ええ、そのようです」
侍女頭の部屋にシャンタル宮警護隊隊長が呼ばれ、届いた陳情書に目を通した。
月虹隊予備兵アーリンと、捜査に協力したハリオによって、そのうちの一人はすでに分かっている。
「罷免された元王宮衛士の仕業でしたが」
「ええ、月虹隊からの報告ではそうでしたね」
「私もその場に駆けつけましたが、着いた時にはもうその者はおりませんでした」
「そうでしたね」
ハリオが借りているという名目の部屋に、件の元王宮衛士が尋ねてきたことから、ハリオが何かあってはいけないとアーリンを逃し、ダル、ルギ、ディレン、アランが急いで駆けつけたのだ。
ハリオのおかげで、元王宮衛士から例の消えた前国王の部屋で自害していた元王宮侍女とその弟の元王宮衛士の話が聞けた。
「その頃から同じ噂を流していたのに、どうして急にそのような動きが出てきたのかが気になります」
「そうですね」
キリエもルギの疑問に同意する。
「それで、またハリオ殿に頼み事をしました」
それは、あの家に待機して、何か動きがないかを探ってほしいということだった。
「もしかすると、またその者が尋ねてくるかも知れません。今度は念のためにディレン船長にも同行をお願いしました」
「それは、あの月虹隊の予備兵よりはずっと頼りになりそうですな」
ルギの皮肉っぽい言い方に、表情には出さずともキリエも同意をしていた。
初めてキリエと対面した時の様子を思い出す。対面のためにダルの部屋を訪れた時のことを。
これまでも、自分の前に初めて出た者は、誰もが少なからず緊張をしたものだが、その中でもあそこまで緊張で固まったり、背中に棒が入ったようになって飛び跳ねたりした者はなかった。まるで魔女に生贄に差し出されたかのような。
だがなぜだろう、今思いだすと少しばかり笑いそうになってくる。以前の自分なら、なんと未熟なのかと、ただ不快に思うだけであっただろうに。キリエは自分の変化も少しばかり愉快に感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
※この時のエピソードは「第三章 第四部 女神の秘密・8 伝説の魔女」からにあります。
月虹隊の予備兵アーリンが、鋼鉄の侍女頭の前で緊張のあまり「伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固ま」りました。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
すべて、お姉様のせいです
シエル
ファンタジー
私の姉は聖女だ。
我が家はごく普通の男爵家で、特に貧乏でも裕福でもない
まったく特筆すべきことがない家である。
そんな我が家の長女であるアイラが、王立貴族学院へ
入学したことで『特別』になった。
お花畑ヒロインの家族もお花畑なの?
そんなヒロイン体質の姉をもつ、セイカの苦労と涙の物語。
※ 中世ヨーロッパがモデルの架空の世界です。
※ ご都合主義なので、ご了承ください。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる