黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
385 / 488
第五章 第四部

 2 魔女の生贄

しおりを挟む
「一体何事でしょうか」

 シャンタル宮の侍女たちが、次から次へと王都の民が陳情にやってくるのに困惑をする。

「陳情だけではないのよ、ほら、こんなのも」

 そこには束になった陳情書が何束も積み上げられていた。

 例の元王宮衛士が自分の身分を明らかにしてからわずか数日後のことだ。目の前の男が「自分は元王宮衛士だ」と正体を明かし、今の国王のせいで職を解かれたことなどを「本当だ」と証言したことで、これまでは遠くの話だったことが身近の話になった。
 人は、自分に近い話ほど気になって黙ってはおられなくなるものだ。今まで「知人の王宮衛士が言っていた」と一段階開けて話を聞いていた者が、今は「実際に王宮衛士が言っていた」と、ごく身近の話として受け取るようになった結果だった。

 連絡係の侍女たちは、陳情書の束を侍女頭付きの侍女に渡して下がり、戻ると今度はその足で、話を聞いていただきたいと訴える者に、まずは街の役付きの者に話を持っていきその者を通すようにと説明をする、ということをひたすら繰り返していた。

「連絡係になってこんな忙しい目をするのは初めてだわ」

 困惑するのも無理はない。宮に陳情書などというものが届くことはほぼないからだ。

 宮に何かを望むということは、結果的にはシャンタルに何かを望むということだ。シャンタルは天から託宣をいただき、それを人に伝えてくださる方、その方に何かを望むなどやってはいけないことなのだ。王族や貴族などという尊き方々は謁見の折に託宣をいただくことはあるが、一般の民は何か天からの「兆し」があった時に「天からのお声」と認定されて初めて、謁見を望むことができる。

 陳情書のどこにも「シャンタルに伝えてほしい」とは書いていない。だが、その内容はほぼ同じ、それは神に、天にしかできないことであった。

「国王陛下は天に背く行いをなさっていると聞く、天は新しい国王にそれを許しているのかお聞きしたい」
「新しい国王陛下は実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、それが本当か天に聞いていただきたい」
「前国王陛下が行方不明というのは本当か、本当ならどこにいらっしゃるのか天にお聞きしたい」

 半分はこんな感じで新しい国王の行いが本当かと天に尋ねる内容、そしてもう半分はこうだ。

「国王陛下が天に背く行いをなさっているとの噂がある、あのように素晴らしい方がそのようなことをなさるはずがない、このけしからぬ噂は嘘だと天から民にお伝えいただけないものか」
「新しい国王陛下が実の父である前国王陛下を亡き者になさったとの噂がある、そのようなことをなさるはずがない、天からこのような噂を流す者に罰を与えてほしい」
「前国王陛下が行方不明という噂がある、そのために新しい国王陛下が何かをなさったとけしからぬ噂を流す者がある、噂を払拭するためにも前国王陛下に民の前に姿を現すように天に命じてほしい」

 どちらの立場に立つかが違うだけで、ほぼ噂の内容は同じようだ。

「つまり、耳にした噂というのは同じだが、それを受け止める者の気持ちによって書き方が違う、そういうことですね」
「ええ、そのようです」

 侍女頭の部屋にシャンタル宮警護隊隊長が呼ばれ、届いた陳情書に目を通した。

 月虹隊予備兵アーリンと、捜査に協力したハリオによって、そのうちの一人はすでに分かっている。

罷免ひめんされた元王宮衛士の仕業でしたが」
「ええ、月虹隊からの報告ではそうでしたね」
「私もその場に駆けつけましたが、着いた時にはもうその者はおりませんでした」
「そうでしたね」

 ハリオが借りているという名目の部屋に、くだんの元王宮衛士が尋ねてきたことから、ハリオが何かあってはいけないとアーリンを逃し、ダル、ルギ、ディレン、アランが急いで駆けつけたのだ。

 ハリオのおかげで、元王宮衛士から例の消えた前国王の部屋で自害していた元王宮侍女とその弟の元王宮衛士の話が聞けた。

「その頃から同じ噂を流していたのに、どうして急にそのような動きが出てきたのかが気になります」
「そうですね」

 キリエもルギの疑問に同意する。

「それで、またハリオ殿に頼み事をしました」

 それは、あの家に待機して、何か動きがないかを探ってほしいということだった。

「もしかすると、またその者が尋ねてくるかも知れません。今度は念のためにディレン船長にも同行をお願いしました」
「それは、あの月虹隊の予備兵よりはずっと頼りになりそうですな」

 ルギの皮肉っぽい言い方に、表情には出さずともキリエも同意をしていた。

 初めてキリエと対面した時の様子を思い出す。対面のためにダルの部屋を訪れた時のことを。

 これまでも、自分の前に初めて出た者は、誰もが少なからず緊張をしたものだが、その中でもあそこまで緊張で固まったり、背中に棒が入ったようになって飛び跳ねたりした者はなかった。まるで魔女に生贄に差し出されたかのような。

 だがなぜだろう、今思いだすと少しばかり笑いそうになってくる。以前の自分なら、なんと未熟なのかと、ただ不快に思うだけであっただろうに。キリエは自分の変化も少しばかり愉快に感じた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

※この時のエピソードは「第三章 第四部 女神の秘密・8 伝説の魔女」からにあります。
月虹隊の予備兵アーリンが、鋼鉄の侍女頭の前で緊張のあまり「伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固ま」りました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

ロルスの鍵

ふゆのこみち
ファンタジー
田舎の小さな村で暮らしていた少年・キサラ。彼の生涯は村の中で終わるはずだったが、地上に現れたという魔王の噂をきっかけに旅立ちを迎える。 自身に呪いがかけられていると聞かされたキサラが頼ったのは……魔王だった。 最弱の主人公が最強の魔王と出会い、自分が何者なのかを知る話。 ※現在一話から修正、本編再構築中(59話まで改稿済み) ※視点切り替え多め ※小説家になろうさん、カクヨムさんにも同じ物を掲載しています。 ※転載、複製禁止

行方不明の幼馴染みが異世界で勇者になってたらしい

肉球パンチ
ファンタジー
ある日突然行方不明になった春樹。幼なじみと妹が、仲間とともに探しているうちに異世界転移してしまう。どうやら春樹も同じ世界にきているようで、その世界で春樹を探す旅をすることに…。 当の春樹は妹達の心配をよそに、召喚された勇者として国を救い、姫と婚約してのほほんと過ごしていた。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...