黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
291 / 488
第四章 第三部

19 生まれる神、消える神

しおりを挟む
「神々は、この世が存在するためにいてくださっているのです」
「存在するため?」
「そうです」

 トーヤの問いにミーヤがきっぱりと答える。

「だから、本来は神に何かをしてもらおうと思うことが間違いなのだそうです」
「はい、その通りです。神とはいてくださるだけでありがたい存在なのです」
「えっと……」

 ミーヤとアーダの言葉を聞き、トーヤはどう考えたものかと黙って頭をかいた。

 おそらく、侍女たちは神について一般の人間よりも色々なことを聞いて学んでいるのだろう。だからアーダもミーヤも、そしておそらくリルもそのことについて不思議に思うこともない。神というものの本質について、頭ではなく魂で納得している、そんな感じに見えた。

 だが、一般人であり、さらにこの国の人間ではないトーヤには、どういうことなのかよく分からない。

「なんとなくだけど、いてくれるってのは、それがなくならないようにってことなのか? もしも、何かの神様がいなくなったらこの世からそれがなくなるってこと?」
「はっ?」

 ベルの言葉に思わずトーヤが横を振り向いた。

 そうなのか? そういうことなのか?
 そんな風に考えたことはなかったが、神がいるとはそういうことなのか?

「そうなるのかも知れないね。私が知る限りでは、実際にその神がいなくなって何かが消えたということはないけれど」
「そうなの?」
「そういうことですよね?」

 シャンタルがベルにそう答え、光に確認する。

『そうなのかも知れません』

「そうなのか?」

 トーヤも思わず光に確かめる。

『そのような前例がないのです。ですが推測はできます』

「推測?」

『神は、今も日々、生まれているのです。そして日々、消えていく神もあります』

「なんだってえ!?」

 ベルが思わず大声を出す。確かに驚く発言だ。

「あの、今も日々、ということは、今、この瞬間にも、なのですか?」

 リルが、聞かずにはいられないという風に思わず大きな声でそう聞いた。

『その通りです』

「あの、もう少し丁寧に説明お願いできますか? できればなんか具体的に例とか出してくれるとありがたいです」

『分かりました』

 アランの言葉に光が語りだす。

『例えば、馬車、というものがありますね』

「ああ、ある」

 馬車はこの世界で欠くことのできない重要な乗り物だ。移動だけなら馬でもできるが、荷物を運んだり、馬に乗れない小さな子どもや病人をを運んだりするのにも必要だし、陸路を行くのに一番に浮かぶ乗り物はやはり馬車だ。

『馬がいても馬車がなかった頃には、馬の神はいても馬車の神はまだ生まれてはいませんでした。人が馬車を作り出した時に馬車の神も生まれました。光が生まれた時に光の神アルディナが生まれたように、慈悲が生まれた時にわたくしが生まれたように』

「ああ、なるほど」

 ベルが両手を叩いて分かった! という顔をする。

「すんごいよく分かった、何か新しい物が生まれた時にそれの神様も一緒に生まれるんだ!」

『その通りです』

「そんじゃさ、馬車以外にも何か他の乗り物が生まれたら、その時にはまたその新しい乗り物の神様が生まれるわけ?」

『その通りです』

「へえ~知らなかったなあ、なんか、世界がどんどんにぎやかになってくみたいでいいな」
「ほんとだねえ」
「なあ」

 ベルの言葉にそばにいたナスタやダリオも思わず笑っていた。

『ですが』

 光がその空気を断ち切るようにさらに続ける。

『もしも、その馬車に変わる乗り物が生まれ、誰もがその乗り物にだけ乗るようになり、やがて馬車を忘れ、誰も覚えていない時が来たならば、その時には馬車の神も消えるのです』

「ええっ!」

 ベルの声が一番大きく響いたが、他の者も口々に同じようなことを口にしていた。

「な、な、な、なんで!」

『その神がべるべき物が失われた時、その神の役割も終わるからです』

「なんでさ!」

『馬車のない世界に馬車の神が必要でしょうか?』

「それは……」

 必要なのだろうか?
 必要がないように思える。
 だが、神様本人を目の前にして、なんとなくそうは言えない雰囲気があった。

 その時、

「役目が終わったのなら必要はないと思うよ」

 と、シャンタルがあっさりと言った。

「おまえは、こんな時まで空気読むってことねえんだよな……」

 アランがほおっとため息をつき、光がなんだか笑ったようだ。

『かように神とその物事、事象とは深く結びついた関係なのです』

「なんとなくだが、神様ってのがどんなもんなのか、ちょっとだけ分かったような気がしないでもない」

 と、トーヤが口にした。

「だからあんたらは俺らが何かをしてるのを、はらはらしながら見てるってこったな?」

『そう言えるのかも知れませんね』

 光がトーヤに笑うように答える。

「で、そうやって新しい神様ってのが生まれるのに、神様の種ってがいるってこった」
「なあ」
 
 またベルが何かを思いついたようにトーヤに話しかける。

「なんか、ちょっと思ったんだけど、その神様の種ってのは、代々のシャンタルに入ったりしてないのかな?」
「なんだと」
「いや、なんか大変な時に人になるってことだろ?」
「なあ、そうなのか?」

 ベルの言葉に思わずトーヤが光に尋ねると、

『いいえ、それはありません』

 と、それはきっぱりと否定した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...