黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
277 / 488
第四章 第三部

 6 ダル家の仕組み

しおりを挟む
「しずかだなあ……」

 べルがボソッとそうつぶやき、床に敷いた敷物の上でうーんと手足を伸ばした。

「小さい子が来るって聞いたけど、本当に静かだね」
「そうだな」
「もう帰ったのかな」
「まだ来てないんじゃねえの?」

 ここはカース、封鎖で切り離され文字通り陸の孤島になったこここそが、本当の意味で静かな場所なと言えるのかも知れない。
 そしてトーヤとベルとシャンタルは、今はダルの兄2人の部屋でひっそりと息を潜めて身を隠している。

 昨日、しばらくここに来ていなかったダルとダナンの子どもたちが訪ねてくると言ってきて、その間3人はこの部屋に隠れていることにしたのだ。

「あの子たちがうろうろするとあんたらが見つかっちまうかも知れないだろ? だからじいちゃんが熱を出したことにしたから」

 来た翌日、ナスタにそう説明されていた。

 その時に聞いた話だが、カースでは村の者同士が結婚した場合、夫婦は妻の家かその近くで住むことが多いのだそうだ。

「何しろ漁師の村だ、男たちが海に出てる間は女たちがみんなして子どもの世話をしてるしね、その方が色々便利なんだよ」
「それでダルの子も兄貴の子もこの家にいないんだな」
「そういうこと。出入りはしてるけど、普段はダルはアミの家の近くの自分んち、ダナンは嫁さんの家に住んでる」
「兄貴はこの家の跡取りなんじゃねえの? ゆくゆくは村長になるもんだとばっかり思ってたんだが」
「じいちゃんが村長だからって、必ずうちの誰かが後を継ぐってもんでもないんだよ」
「え、そうなのか」

 それもトーヤの思っていたこととは違っていた。

「何しろ海相手に力を合わせて漁をしなくちゃいけない、だから一番中心でみんなをまとめることができるもんが村長になる」
「へえ、実力主義か。それは意外だったな」
「まあ、そういう感じかね。それで年取って現役を引退した今でも、村のことはじいちゃんだろうって今もまだ村長やってるんだよ」
「なるほど」
「海の上で漁の音頭取るのはうちのがやってるらしいけどね」

 今は現役漁師の取りまとめ役はサディがやっているらしいので、次の村長候補は一応その息子ということにはなるようだが、

「でも、じいちゃんが引退する頃になったらどうなるか分からないよ」

 と、ナスタは言う。

「じゃあ、おふくろさんも結婚した時は他の家に住んでたのか?」
「いや、あたしは元々この村のもんじゃないし、ここに出入りするようになった頃にはもう親がいなかったからね、嫁入りした時からここの子にしてもらったよ」
「そうか」

 八年前、自分の実家のように出入りしていたダルの家だが、そんな話は全くしたことがなかったもので、知らないことばかりだった。

「それにね、女たちもみんな海の女だ、そりゃもう気が強いのばっかり。下手に嫁だ姑だってなると、分かるだろ?」

 それを聞いてトーヤもベルも、そしてシャンタルも思わず笑う。

「考えたくもねえな、女の争いはそりゃもうおっかねえもんだ。間にはさまれた旦那はたまっちゃもんじゃねえな」
「だろ?」

 ナスタもそう言って笑う。

 トーヤが見たところカースの女たちはみんな仲がいい。海を相手に戦う男たちの家族だ、みんな運命共同体、一緒に力を合わせて日々の生活を守っている。

「それでもやっぱり、そういうことがあるんだなあ」
「まあねえ、家族だってどこでもケンカはあるだろ? いくら仲がよくっても、それまでとは関係が変わると色々あるさ」
「想像もできねえけど、おふくろさんとばあさんも揉めたりしてたのか?」
「うちは、何しろばあちゃんの出来がいいからねえ、揉めようったって揉める糸口もつかめないさ、あたしなんかじゃ太刀打ちできない」

 ナスタがそう言って笑う。

「村の外から来たあたしに色々教えてくれて、そりゃ本当の親以上によくしてくれた。だからまあ、あたしみたいなもんでも、こうしてこの家の主婦でございって、大きな顔してられるってもんだ。あたしはばあちゃんに感謝してもしきれないと思ってる」

 そういうナスタもトーヤから見ればかなりの人物に見える。

「俺から見たら、これほどのおっかさんはそうそういるまいって2人だもんな。その代わりじいさんも親父さんもダルたちも、2人の顔色伺って生きてるけどな」

 トーヤの言葉にみんなで笑った。

「あんたもだよ、あんたももっと、はいはいさようでございますかって小さくなってることだね。本当にある意味うちの一番のバカ息子だからね」

 ナスタがそう言ってトーヤの肩をとん、と一つ叩いた。

「いてえなあ」
 
 心地よい痛みだった。

「ってことでね、明日はダリオたちの部屋で静かにしといておくれね。アミたちがじいちゃんがそんなに悪いのかって、そろそろ我慢しきれなくなってきてる」
「そうか、申し訳ないな。けど、大丈夫だってなったらその後はどうしたもんかなあ」

 もしも小さな子どもたちが出入りするようになったら、トーヤたちが見つかる可能性が出てくる。いつ誰が来るか分からない、それはちょっとまずいように思えた。

「まあ大丈夫さ、その時はあたしがぎっくり腰にでもなっておくよ」

 ディナが笑ってそう言うので、2人のおっかさんに任せておけば、そのへんは大丈夫かなとトーヤは思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...