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第四章 第三部
5 静かな場所
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前国王が若手貴族たちに連れられて宮を出たことを、キリエやルギのような宮の者も、わけありで宮に滞在しているアランやディレンたちも、そして奥宮にいらっしゃる主たちも一切知ることはなかった。
それは当然だ、誰もまさか前国王が神官長の元に匿われているなど思いもしなかったし、そのような手を使って前国王派であるヌオリたちに救出させるなどとも想像もできなかったことだ。
王宮は相変わらず前国王の捜索を続けていたし、時間の経過と共にややゆるめているとはいえ、今だに宮も神殿も人の出入りには神経質になっていて、時間がある者は広い敷地のあちらこちらの捜索を続けている。
そんな中、昨夜の正門での一連の出来事も、もちろん警護隊隊長のルギに報告されてはいたが、報告書には「バンハ公爵家の馬車を出す」とだけ書かれていた。その馬車に便乗した老神官のことは省かれ、どこにも書かれてはいない。
これは衛士の怠慢とは必ずしも言い切れない。なぜなら、神官は小さな「神意」などでふいに王都へ托鉢に出かけたり、宮の一角に一晩中ただただ立ち尽くすなど、衛士から見ると意味不明な修行にいきなり入ることがあるからだ。長年の慣習として、特に問題がない限り報告はしなくてもいい、ということになっていた。それで当番の衛士の2人とも、そのことを報告書に書くということを完全に失念していた。
なので、シャンタル宮には前国王の脱出劇など何の影響も与えてはいなかった。来るべき次代様のご誕生に備え、その後の交代に備えて空気がそわそわとし、準備も整えられつつある。その日はもうすぐそこまで来ている。
宮での大きな関心というと、その日以降、侍女頭と取次役の交代劇がどうなるのかということだ。今のところは侍女頭のキリエは健在で、いつものように宮の動きを静かにまとめていた。だがキリエはもう高齢だ、さすがに次の交代まで侍女頭であり続けるなどなかろう。これが大方の見方だった。
一方の取次役、セルマの方は一体何があったのか、一時は懲罰房に入れられているという噂があったが、今は前の宮の客室の一室で引き続き謹慎中だ。部屋の前には四六時中衛士が交代で詰め、誰も中にいるセルマの姿を見ることはできなかった。当番の衛士とセルマの世話役に任じられたミーヤだけがこの部屋の中に入ることができる。
一時はセルマと共に懲罰房に入っているらしいと言われていた「あのミーヤ」が、八年前にいきなり衣装係からマユリアの勅命で「託宣の客人」の世話係になり、一時はシャンタル付きを務め、その後、新たにできた月虹兵の担当になった「あのミーヤ」が、なぜセルマの担当になっているのか。侍女たちは心の奥底で色々と推測はしても、セルマの凋落ぶりを見るにつけ、「言わぬが花」とばかりに口をつぐんで先行きを見つめるだけだ。そうして見た目だけは静かに宮の中の時は流れている。
王宮はやはり見た目は静かではあるが、じっとりと重苦しい空気が充満し続けていた。もちろん前国王の行方が分からないままだからだ。そしてそのことをつつくように、ヌオリたちが毎日何度も王宮を訪れ、前国王への面会を求めてくる。
「前国王が現国王に亡き者にされたという噂がある、本当に前国王はお元気なのか確認するために会わせろ」と責め立てられても、「まるで霧のように消えてしまった」などと、本当のことを言うわけにもいかず、王宮衛士たちは日々、神殿方向から王宮を訪ねて来る貴族の子息たちの姿を見ては、こっそりとため息をつく日々だ。
新国王は深呼吸をするようにできるだけ気持ちを落ち着かせ、何もないように装ってはいたが、せっかく色よい返事をしてくれた(と、新国王本人は受け止めている)マユリアが機嫌を損ね、親殺しをするような者のところには行きたくないと言われはせぬかと苛ついている。これは父王を発見してもう一度、今度はもっと厳しく幽閉するか、きちんと正式にマユリアが自分の元へ来るまで解消されぬ悩みである。
王都リュセルスは封鎖の中、多少の不便はありながらも、それなりに慣れたことと通常とさほど変わらない生活が続いてはいるが、何しろ前回のことがある、交代を祝ったその夜、突然あのような信じられぬ悲劇が起きた。今度は静かに、平和に、いつものように交代を終えて新しい御代代わりを終えてほしいと静かに祈っている。
広場で嘘か本当か分からぬ噂に右往左往させられるとしても、それはあくまで王宮の出来事、宮さえ平穏であればこの国は安泰だとの考えが基礎にはある。もちろん国王親子の争いはないにこしたことはないが、それはあくまで人の世での出来事、たとえ巷に広まっている息子が父をどうにかしたのではないかという疑いが本当だとしても、それが過ちであればシャンタルがお許しになるはずがない、そう考えている。
託宣ができぬ当代に対して不安はあったものの、こうして無事に封鎖に入り、シャンタルの交代を待つ日々が訪れ、心の底ではホッとしている。後は静かにその時を待つだけだ。
それは当然だ、誰もまさか前国王が神官長の元に匿われているなど思いもしなかったし、そのような手を使って前国王派であるヌオリたちに救出させるなどとも想像もできなかったことだ。
王宮は相変わらず前国王の捜索を続けていたし、時間の経過と共にややゆるめているとはいえ、今だに宮も神殿も人の出入りには神経質になっていて、時間がある者は広い敷地のあちらこちらの捜索を続けている。
そんな中、昨夜の正門での一連の出来事も、もちろん警護隊隊長のルギに報告されてはいたが、報告書には「バンハ公爵家の馬車を出す」とだけ書かれていた。その馬車に便乗した老神官のことは省かれ、どこにも書かれてはいない。
これは衛士の怠慢とは必ずしも言い切れない。なぜなら、神官は小さな「神意」などでふいに王都へ托鉢に出かけたり、宮の一角に一晩中ただただ立ち尽くすなど、衛士から見ると意味不明な修行にいきなり入ることがあるからだ。長年の慣習として、特に問題がない限り報告はしなくてもいい、ということになっていた。それで当番の衛士の2人とも、そのことを報告書に書くということを完全に失念していた。
なので、シャンタル宮には前国王の脱出劇など何の影響も与えてはいなかった。来るべき次代様のご誕生に備え、その後の交代に備えて空気がそわそわとし、準備も整えられつつある。その日はもうすぐそこまで来ている。
宮での大きな関心というと、その日以降、侍女頭と取次役の交代劇がどうなるのかということだ。今のところは侍女頭のキリエは健在で、いつものように宮の動きを静かにまとめていた。だがキリエはもう高齢だ、さすがに次の交代まで侍女頭であり続けるなどなかろう。これが大方の見方だった。
一方の取次役、セルマの方は一体何があったのか、一時は懲罰房に入れられているという噂があったが、今は前の宮の客室の一室で引き続き謹慎中だ。部屋の前には四六時中衛士が交代で詰め、誰も中にいるセルマの姿を見ることはできなかった。当番の衛士とセルマの世話役に任じられたミーヤだけがこの部屋の中に入ることができる。
一時はセルマと共に懲罰房に入っているらしいと言われていた「あのミーヤ」が、八年前にいきなり衣装係からマユリアの勅命で「託宣の客人」の世話係になり、一時はシャンタル付きを務め、その後、新たにできた月虹兵の担当になった「あのミーヤ」が、なぜセルマの担当になっているのか。侍女たちは心の奥底で色々と推測はしても、セルマの凋落ぶりを見るにつけ、「言わぬが花」とばかりに口をつぐんで先行きを見つめるだけだ。そうして見た目だけは静かに宮の中の時は流れている。
王宮はやはり見た目は静かではあるが、じっとりと重苦しい空気が充満し続けていた。もちろん前国王の行方が分からないままだからだ。そしてそのことをつつくように、ヌオリたちが毎日何度も王宮を訪れ、前国王への面会を求めてくる。
「前国王が現国王に亡き者にされたという噂がある、本当に前国王はお元気なのか確認するために会わせろ」と責め立てられても、「まるで霧のように消えてしまった」などと、本当のことを言うわけにもいかず、王宮衛士たちは日々、神殿方向から王宮を訪ねて来る貴族の子息たちの姿を見ては、こっそりとため息をつく日々だ。
新国王は深呼吸をするようにできるだけ気持ちを落ち着かせ、何もないように装ってはいたが、せっかく色よい返事をしてくれた(と、新国王本人は受け止めている)マユリアが機嫌を損ね、親殺しをするような者のところには行きたくないと言われはせぬかと苛ついている。これは父王を発見してもう一度、今度はもっと厳しく幽閉するか、きちんと正式にマユリアが自分の元へ来るまで解消されぬ悩みである。
王都リュセルスは封鎖の中、多少の不便はありながらも、それなりに慣れたことと通常とさほど変わらない生活が続いてはいるが、何しろ前回のことがある、交代を祝ったその夜、突然あのような信じられぬ悲劇が起きた。今度は静かに、平和に、いつものように交代を終えて新しい御代代わりを終えてほしいと静かに祈っている。
広場で嘘か本当か分からぬ噂に右往左往させられるとしても、それはあくまで王宮の出来事、宮さえ平穏であればこの国は安泰だとの考えが基礎にはある。もちろん国王親子の争いはないにこしたことはないが、それはあくまで人の世での出来事、たとえ巷に広まっている息子が父をどうにかしたのではないかという疑いが本当だとしても、それが過ちであればシャンタルがお許しになるはずがない、そう考えている。
託宣ができぬ当代に対して不安はあったものの、こうして無事に封鎖に入り、シャンタルの交代を待つ日々が訪れ、心の底ではホッとしている。後は静かにその時を待つだけだ。
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