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 事前に聞いていた話ではその種の人間は手配されていないということだった。朝廷が実権を失って久しいとはいえ、いまだに主上の権威は健在。それを利用するのに摂関家筆頭の近衛家の人間を無防備にしておくわけにはいかないということか――。
 頭の片隅の妙に冷静な部分が目の前の出来事に符合する推測をなかば反射的におこなう。が、それで目の前に状況を打開できるわけではない。
 どうする、と仁右衛門が目線でたずねてくる。すでに返答は予想しているらしく、そのまなざしには覚悟の光がやどっていた。
 こうなれば――在昌は覚悟を固めようとした刹那、「何事だ」と第三者の声がそこに割って入る。戸口にひとりの人物が姿を現した。鳥帽子に狩衣、指貫とその身なりは在昌と同様のものだ。
 この仁は――在昌は目を凝らして闇のなかで相手の顔貌を認め思わず驚愕の声をあげそうになる。
「前関白殿。実はこやつらがかような刻限に貴殿のもとをおとずれ不審だったため、止め立てした次第でございます」
 と現われた者、前関白近衛前久に報告した。
 そして、「知己の仁であらせられるか」とたずねる。それを受けて前久の視線が在昌へとそそがれた。
 時間にすれば極短かかったが、在昌にとっては一日中路傍に棒立ちになって過ごすような長さに感じる。なにかの折にこちらのことを相手が見知っている可能性はあるが、少なくとも彼と在昌は知己と呼べる間柄ではなかった。
 理屈のうえでいえば「諾」と前久が答える可能性は低い。それでも在昌は祈るような気持ちで奇跡を待った。そうでなければここで刃傷沙汰におよぶことになる。
 警固が交替でおこなわれていればじきにその事実は露見することとなり最終的には命をちぢめることになりかねない。
 さようだ、少しの沈黙をはさみ前久は感情の読み取れない表情であごを引いた。そして、
「貴君(そなたさん)、こちらへ」
 彼は屋内へと在昌たちを誘う。
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