切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 当然、楽な暮らし向きではない。その日その日を細い綱の上を渡るようにして生きていた。
 母の稼ぎでは食っていけない。ために彼は盗みを働いていた。
 天稟というのだろうか。気配を殺すこと、身のこなしの軽さなどといったものがおのずからそなわっていた。だから、誰かに捕まることもなく寺や武家の屋敷に忍び込んでは米や食い物を漁り、さらに金に換えられる物を持ち帰るということをくり返していた。
 そのことに母が気づかなかったはずはない。
 だが、幸のうすい顔立ちをしたこの女性はどこか物悲しげな表情を見せるだけで息子を止めることはしなかった。
 元は昇殿を許される身分の公家の娘、とも酔って帰った母の口から聞いた憶えもあるがそれが真実なのかは知らなかった。知りたいとも思わなかった。知ったところでなにが変わるというのか。貴き血筋の流れを引くのだから、と矜持を抱いたところで、そのとうの公家たちが没落し京で生活できずにおのれの所領に落ち延びる、あるいは武家の保護を求め京をくだるという有様だった。公家の血筋だと胸を張ったところで余計にみじめになるだけだ。
 一時は、「偉いお公家の旦那に気に入られた」と喜色満面の笑みで報告する母に期待もしたが、暮らしが豊かになるどころかはらまされて子を産んだかと思うと用なしとばかりに屋敷を追い出され母は帰ってきた。
 肥立ちが悪く母の顔は蒼白だった。この頃になると、幸がうすいというよりも半ば鬼籍に入っているような有様だった。そんな状態の母を抱こうという男は少なく、それでもなんとか客を得ているうちに性質(たち)の悪い病をうつされることとなる。
 次第に日中から床に伏せるようになり立ち上がることすらもできなくなった。
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