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 ひとりはむろんのこと又一郎、そしてもう片方は予想通りに女だ。相手は装からして百姓の女房といった感じだが。
 普通の状況なら単なる男女の逢瀬と取るところだが、今の平太は違った。
 まさか、兄貴が裏切り者なのか? その考えが肌を粟立たせる。
 なにを話しているか聞きたい、だが両者が交わす言葉は先ほど平太を引き寄せた声を除いて終始低く聞き取れなかった。
 もうすこし、近づこうかと平太た思ったとたん、又一郎がふいにふり向く。
 瞬間、平太はまず動きを止めた。叔父の教えで、闇で急激に動くものは目を引く、と教わっていたからだ。
 それから、ゆっくりと身を引き木の幹に身を隠す。
 そこで急激に高まった脈をととのえ、詰まっていた息を吐いた。
 ここで兄貴に見つかるのはまずい――多少落ちついたところでそう結論付け、平太は又一郎たちに姿をさらさないよう気をつけながら元来た道を引き返す。

 闇のなかにふたりの人間が言葉を交わしていた。
「――」
「そうか、江戸詰家老は国元留守居家老の手先に捕まったか」
 ひとりは男だ。相手の言葉に感情のない声で応じる。
「――」
「なるほど、江戸詰家老を救いに行くともうすか。まったくご苦労なことだ」
 ここで初めて男は声に感情を宿らせた。
「――」
「さてな、公儀の者などいかほど信を置けるか知れたものではないわ」
 それからもしばし会話はつづき、やがて両者は闇のなかに消える。あとには静寂だけが残された。
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