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「舐めるな、てめえの突きの間合いはこちとらとうにお見通しなんだよ」
 獅子吼するや、門左衛門は矢のごとく機敏な動きを見せた。平太の刺突の間合いを紙一重で見切るや突進の軌道を変える。
 はずだったが、喉を銀光につらぬかれそれは叶わなかった。
 腕を伸ばす動きに加え、柄の操作をかさねることで廃寺の戦いのなかでもっとも遠間に届く一撃を平太はくり出したのだ。影法師――伸縮自在の影の性質から流儀を治めた者の誰かが名づけたという技の名を胸のうちでつぶやく。将軍御流儀となった柳生家の道統はともかく、実戦に即すことを求める限り剣術は進歩する。八寸の延べ金は進化を遂げているのだ。
「どう、なって、やが、る」
 それが門左衛門の最期の言葉となった。彼は一歩二歩とよろめくやその場にうつ伏せに倒れる。
 残心、向かってくる者は絶えた、それを認めるや平太は顔を引きつらせその場に片ひざをついた。門左衛門の最初の一撃を喰らったときの転倒で肋骨にひびが入ったようなのだ。蹴倒し門左、慢心がなければ――常と得物の違う平太が敗れていた公算もおおいにあった。
 突如、唸るような声が大きくあがる。みなもとはむろん、拘束されている女だ。
「わかったわかった、今ほどいてやる」
 平太は苦笑を浮かべながら立ち上がる。それを励ますよう、平太を助けてくれた犬ころが一声哭(な)いた。
「ありがとな」
 女の縄をほどく前に平太は犬に礼の言葉をのべる。

 その後、女の口から感謝のせりふが発せられることはなかった。
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