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第四章

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荒ぶる神が登校した。
番休暇明けだけあって窶れているが、目はギラギラしている。
本来、番休暇は蜜月休暇と同じで明けたαは心身共に満たされた状態になるもんだが……
秋葉への欲望から逃れる為の代用品、それによる強制ラット。乗り気ではないセックスをずっと続けさせられるのだ。そりゃ、やつれるだろう。
だが……この怒気は……
講義終了のベルが鳴ると直ぐに唐澤が席を立った
「おい?どこに……」
「学食だ。」
……篠崎の件が伝わっているのか。それで一週間と経たずに登校したのか。耳ほどこまで唐澤に報告したのだろうか。

程なくして秋葉がいる学食に着いた。4人がけテーブルに篠崎と二人で向かい合わせに座っている。秋葉の前に定食が2つ並んでいるのをみて、唐澤の怒りが更に強くなる。
本能的に皆が唐澤から離れる。モーゼのように人海が割れ、秋葉が唐澤に気がついた。

「由希にぃ!久しぶり!……なんか窶れてない?大丈夫?」
満面の笑みだ。尻尾があったらブンブンと振っているだろう。
この唐澤の怒気のすら気が付かないくらいに喜んでいる。…………やっぱりさっさとやっちまえよ。適当に丸めこめるだろ

「智則、唐澤先輩は番休暇だったんだよ」
篠崎が唐澤の圧に耐えながらもよけいな事をいう。
「あ…………」
秋葉の顔が赤くなる。おこちゃまめ。
けれど、それも一瞬だった。
なんだ?

「智則は随分食べるようになったんだね。」
唐澤が、定食を見ながら言う
「うん。いろんなの食べたくて篠崎とシェアしているんだ」

「ふうん?でなんで口まで運んであげてるの?」

ヒヤリとしたものが漂う。ようやく秋葉も唐澤の機嫌が悪い事に気がついたようだ。

「あ、えっと、箸がぶつかるのが嫌だったからこの方が効率が良いかなって。」

「そう」
唐澤が秋葉の隣に座って、秋葉からレンゲを奪いとった。そしてチャーハンをのせて篠崎の口元に無造作に持っていく。
「食え」
篠崎は差し出されたレンゲを拒否している。脂汗が浮いている。当然だろう、この怒気を真正面から受けているのだ。

「由希にぃ!篠崎は体調が悪いんだ!それ止めて」

秋葉の凄い所はαの威圧にも耐えられるところだ。そこは俺としても尊敬している。
秋葉の抗議に唐澤が篠崎から目を逸らさずに言う。

「智則、僕は君にも怒っている。何度も言っているだろう。αは狡猾で手段を選ばない。君の純粋無垢な心を利用する。」

秋葉が複雑そうな顔をした。
そりゃあそうだ。純粋無垢なんて言われて喜ぶβ男なんて稀だ。ましてやそれなりに自立しているつもりの秋葉からしたら……唐澤じゃなければ抗議しているだろう。まぁ、俺なら純粋無垢よりガキ、無知、お馬鹿というけどな。

篠崎が食べる気配はない。もう、これは確定だ。ヤツはαの不文律を無視して唐澤に挑む。
『服従しろ服従しろ服従しろ!』唐澤の圧が増していく。空気で上から押し潰されて膝を着く。距離のある俺でもこんな状態なのに、篠崎はそれでも着席して睨み返している。やつも上位種なのだと実感する。
近くのテーブルにはもう誰もいない。皆、とうに逃げている。
さすがに篠崎の息が荒くなっていく。

「由希にぃ!」

秋葉が横から手をのばしパクリとチャーハンは食べた。

「うん、美味しい」

唐澤の目がまん丸になった。秋葉がレンゲでチャーハンをすくって唐澤に差し出す。

「……美味しい」

唐澤もパクリと食べて呟いた。

「…………智則、おかわりいる?」
秋葉がうなずくと、唐澤がレンゲで給餌を開始する。

…………デロデロ

当然ながら、唐澤の圧は吹っ飛んでいて、俺はなんとか立ち上がった。他の被害者達も復活。
ほうほうのていで逃げ出していく。

…………俺も逃げ出したい。だってなんも解決してないじゃん。いつまた再バトルになるか。

俺の不安を他所に唐澤は目尻が垂れ下がり、この世の春って感じで給餌している。
篠崎の怒りなどどこ吹く風といった体だ。
いや、その流れ弾、俺が被弾しているから。マジにさっき俺も逃げ出しておけば良かった。

「懐かしいね、智則が小さい頃、僕の膝の上でこうやってご飯食べたよね、覚えてる?」

「由希にぃ、そんな十年以上も前の話を蒸し返さないでよ。忘れたいの」

「…………僕は一度たりとも忘れた事はないよ。」

…………
本心だな。
むしろ、唐澤にとってはそれが支えだったはずだ。

唐澤の怒りがおさまったのを感じとった秋葉が篠崎に話かけた。

「篠崎、大丈夫か?……由希にぃも、あんな事はもうしないで。らしくない」

「「…………」」

自分が元凶だと気がついてないボケボケ秋葉。
…………一番の被害者、俺じゃねぇ?










    
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