私が一番あなたの傍に…

和泉 花奈

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2章:新しいバイト

7話

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「へぇー。あの時言ってた嫌なことに関連してる?」

合コンの時にポロッと蒼空に漏らしたことを指しているのであろう。
あの時の私はボロボロだった。見るに耐えないぐらいに。

「うん。そうだよ。私が勘違いして、暴走しちゃって。その誤解が解けたから、付き合うことになったの」

私の話を黙って、最後まで聞いてくれた。
でも、顔はずっと苦い表情のままだ。

「へぇー。そうなんだ」

世話焼きな蒼空からしたら、心配なのかもしれない。
これ以上心配かけないように、愁に対する評価を上げようと試みた。

「良い人だよ。ちゃんと愛されてるし」

取ってつけたような、中身のない言葉。
こんなの、覆すことなんて難しいと悟った。

「ふーん。そっか」

興味がないみたいだ。そりゃそうか。私と蒼空はそこまで深い仲ではない。

「幸奈、お待たせ」

愁がやって来た。気まずい空気が流れ始めていたので、このタイミングで帰れるのはラッキーだと思った。

「愁、迎えに来てくれてありがとう」

「言っただろう。俺がやりたくてやってることだから」

愁にとってはそうかもしれないけど、私はその気持ちが本当に嬉しかった。

「コイツが幸奈の彼氏?」

蒼空が話の途中で割って入ってきた。
愁はそんな蒼空を睨んでいる。気に入らないのであろう。私達の間に入ってきたから。

「そうですよ。あなたは誰ですか?」

「俺は蒼空。幸奈のバイト仲間です」

二人共、目が笑っていなかった。
愁は分かるが、何故蒼空も?不思議で仕方がなかった。

「それはどうも。いつも俺のがお世話になってます」

愁がわざと棘のある言い方をした。自分のモノだと分からせるために。

「こちらこそ、いつも幸奈にはお世話になってます。幸奈は仕事ができて、皆の人気者ですよ」

愁の棘のある言い方など、気にも留めていないと言わんばかりに、蒼空が対抗してきた。
バイト中のことは蒼空の方が詳しい。一緒に働いているから。
愁にこれ以上、大きな口を開かせないと言わんばかりに、自分の武器を振りかざしてきた。
でも、愁がそんなことで折れるはずがなかった。

「へぇー。そうなんすね。俺とで働いていた時も、幸奈は仕事ができて皆から慕われてましたよ」

そんなことくらい、俺も知ってると言わんばかりに、愁も反撃に転じた。
でも、蒼空もここで簡単に折れたりなんかしなかった。

「そうなんですね。でも結局、そこでは合わなかったから、今、うちにいるってことですよね」

皮肉のオンパレードだ。バチバチした雰囲気に、私は耐えられなかった。
そんな私を察してか、愁が私の腕を掴み、手を繋いできた。

「確かにそうかもしれませんが、そこまであなたに言われる必要はありません。あくまで決めたのは幸奈なので。俺は幸奈の意見を尊重したいだけです」

私は愁の言葉に、胸に温かい気持ちが込み上げてきた。
色々思うことはあるかもしれないけど、ゆっくり私達らしく付き合っていけたらいいなと思った。

「その優しさに配慮してますという態度、程々にした方がいいですよ。出過ぎた真似は、時に邪魔だと感じることもあるので」

さすがにそれは言い過ぎではないかと思い、反論しようかと思ったが、先に愁が口を開いた。

「ご忠告、どうもありがとうございます」

それ以上、反論しなかった。私の方がモヤモヤした。自分の彼氏を悪く言われて、良い気分の彼女なんているわけがない。

「あくまでこれは忠告なので。こちらのことなど気にせずに、続けて下さっても構いませんけどね」

私には分からなかった。どうして、蒼空がこんなにも愁を目の敵にしているのかを。
この状況を理解し合っていたのは、愁と蒼空だけで。私は居心地が悪いまま、その場を後にした。


           *


道中は静かだった。愁の機嫌がすこぶる悪かった。
そして、家に着き、今も尚、無言の時間が続いている。
気まずい。どうしたらいいのか分からず、戸惑っていた。

「なぁ、あの男は一体、なんなんだ?」

愁からしたら、頭にくるのは当然だ。
私もあんな蒼空を見たのは初めてで。驚いている。

「いつもは穏やかだよ?今日、初めてあんな姿を見た」

久しぶりに話したというのもあり、私はあまりまだよく蒼空のことを知らない。
だから、私も戸惑っている。

「…あの男、絶対に幸奈のことが好きだ」

それはどうなのか分からないが、愁に対して良くない印象を持っているのは確かだ。
私が嫌なことがあったと話してしまったから。蒼空はなんとなく嫌なことを察しているみたいだ。

だから、愁に対してツンケンした態度を取ったのであろう。
大事な妹みたいな存在の私が、もう傷つくところは見たくはないから。
私を傷つけた愁に対して、怒りを抑えきれなかったんだと思う。

「そうかな?放っておけないだけだと思うよ」

「いや、あれは違う」

愁の目が怒っていた。自分の彼女を好きな蒼空を許せないみたいだ。

「幸奈、あの男にだけは気をつけろ。絶対に…」

まっすぐ見つめられながら、そう言われた。
私もできるだけ今のバイト先で長く働きたいし、愁の心の負担を減らして上げたい。

「うん。分かった…」

どこまで上手く愁の要望に応えられるか分からないけど、今は私なりにやれることをやろうと思う。
その日、愁はずっと甘えてきた。強がってはいるが、 本当は不安なのだと知った。
私の気持ちを信じてもらえないのかと落ち込みそうになったが、今、私が落ち込んでしまったら、愁はもっと不安になってしまう。
二人して自滅してはいけないと、気持ちを強く前を向いた。
今思えばこの時、私がもっと自分の気持ちに素直になっていたらよかったのかもしれない。
そうやって誤魔化していくうちに、見えないところまで自分の心の中にある溜まった気持ちを抱えていたなんて、知るのはまだ先のお話で。
まだ何も知らない私は、愁の気持ちに寄り添うことに必死なのであった…。
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