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16話
しおりを挟む翌日。
結果的に、シアはアーシェットに連絡を取らなかった。……取れなかった、とも言う。
というのも、シアが連絡を取る前にユークレースから連絡があり、謝辞と、現在アーシェットが言葉を交わせる状態にないという事実を告げられたからだ。
……『アーシェットの背を押してくださり有難うございます』と言われたということは、つまり、そういうことなのだろう。
「よかったですね、お嬢。【青】の二人はうまくやれたみたいで」
「え、ええ。そうね……」
「心配してたわりに嬉しそうじゃないですが、何が引っかかってるんです?」
それはもう、こういう感じに〈騎士〉間では閨事が筒抜けになっているのでは、というのが目に見えたせいである。
「【青】の〈姫〉がもう、〈神子〉になるものを宿したからですか?」
「そうね……それも懸念事項ではあるわね……」
そう、アーシェットが昨夜の一度だけ――かは正直わからないものの――で、〈神子〉になるものを宿したのだとユークレースは語った。
エデルファーレに来てから毎日そういうことをしていると言っていたロゼッタにまだ〈神子〉になるものが宿らない反面、一度行為を行っただけのアーシェットに宿るということは、本当に運なのだろうと思われるが、焦りはする。
しかしこれもやっぱり閨事に関することなので、情報共有が必要だとわかっていても、ちょっと抵抗があるのが正直なところだった。
これは呑み込むしかないことだとわかっているので、口にはせずに曖昧に濁したが。
「焦っても仕様がないですよ。歴代の〈姫〉もそりゃあ悩んだり思い詰めたりしたみたいですが、こればっかりはタイミングとかそういうものなんで」
「わかっては、いるのだけど……」
こうなると、昨夜、リクが「連日はお嬢の体に負担がかかりすぎるんで」と行為を言い出さないように牽制してきたことが恨めしく感じる。
それが目線に出たのだろう、リクは肩をすくめた。
「【赤】のとこの〈姫〉と違って、お嬢はそんなに体力無いですからね。無理させるわけにはいかないでしょう、〈騎士〉としては」
「でも、〈姫〉としての責務よ? 私の健康より優先されるべきじゃないの?」
「それは考え違いですよ、お嬢。そりゃあ世界がいよいよやばくなったりしたら連日……ってこともないではないですが、基本的に優先されるのは〈姫〉の心身です。〈神子〉に聞いてもそう言いますよ」
(…………?)
言われた内容の、何がかはわからないがひっかかって、シアは内心首を傾げる。
無言でいるシアに何を思ったのか、リクは淡々と続ける。
「なんだったら、過去の〈姫〉の手記でも見ますか? どの〈姫〉も同じように言い含められてるはずですよ」
「……過去の〈姫〉の手記? そんなものがあるの?」
「ええ。ここに図書館があることは【赤】の〈姫〉に聞いたでしょう。そこに収められてます。〈騎士〉には読めないんで、内容はわからないですが、同じような心境になった〈姫〉もいたでしょうし、参考になるかもしれませんよ」
「――そうよ図書館! どうしてあることを教えてくれなかったの?!」
つい食い気味に詰め寄るけれど、リクは至って平静な様子で答える。
「言ったでしょ、俺は本があんまり好きじゃないって。その理由も。察してくれません?」
悪戯気な瞳で言われて、思い出してしまった。
『そりゃあ、俺が本好きじゃないのって、お嬢が俺に構ってくれなくなるからですし』
あの時は恥ずかしいことを言うんだから、と流せたのに、今は思い出しただけで頬が熱くなってしまう。
「……お嬢? 熱でもありますか?」
「っ、ないわよ……」
「じゃあ、思い出し照れてる?」
「……わかってて聞くなんて、性格が悪いわ」
「性格は元々なんで、すみませんね」
昨日もしたような会話をして、何となく沈黙が落ちる。
「……図書館に行くわ」
「そう言うと思いました。案内しますよ」
「リクが、その、嫌なら……傍についていなくてもいいから」
「何だ、気を遣ってるんですか? 別に、本に夢中になったお嬢が俺をほったらかしにするのなんて慣れっこなんで気にしなくていいですよ」
(その言い回し、私が薄情だって思わされるんだけど……計算なのかしら。天然?)
何せ『性格が悪いのは元々』だそうなので判断がつかない。
ともあれ、先んじて〈神子〉になるものが宿った〈姫〉が現れて、心がざわついているのは確かだ。過去の〈姫〉の手記そのものにも興味があるし、図書館にそれ以外にどういった書物があるのかも気になるし、行くことを取りやめるつもりはない。
「朝食の後片付けだけしますんで、待ってて下さい」と言われて、シアは頷いたのだった。
「……図書館というより、大きい図書室ね」
案内された図書館を一通り見て、シアはそう零した。
「大きくはないのも聞いてたでしょう? まあ、建物一つ丸ごと本のためにあるんで、図書館って呼んでるだけで、平屋ですしね」
そう、エデルファーレにある『図書館』は、一階建てのこぢんまりとした建物だった。〈姫〉と〈騎士〉が住まう屋敷の一室よりはまだ大きいけれど、言うほど広くもない。
「そんなあからさまにがっかりしないでくださいよ、お嬢。主に〈姫〉の手記を置くための場所として作られたんで、通常の図書館としての機能を期待されてないんですよ、ここは。蔵書も偏ってますし」
「ざっと見た感じ、絵本が多いように見えたけれど……」
「それは〈神子〉の趣味というかなんというか……それほど多くはないですが、娯楽本もありますよ」
「〈神子〉様の趣味……? その、見た目通りに、幼い子供が好むものを好まれたりするの?」
シアの抱いた疑問に、リクは妙に歯切れ悪く否定した。
「それとはまた違うんですが……。まあ、そのうち、お嬢ならわかると思います」
意味深長な言葉に、目線で先を促したけれど、リクはそれ以上続けずに「それじゃ」と言った。
「好きに読んでてください。〈姫〉の手記は〈騎士〉がいる場で読めないようになってるんで――プライバシー的なアレです――俺は席を外します」
「そうだったの? リクもここで時間を潰すのかと思っていたのだけど」
「〈姫〉の手記以外を読むんならそれでもよかったんですけどね。周辺を散策でもしてますよ」
「それだったら、屋敷に戻っていてもいいのよ?」
「ダメです。それだとお嬢、時間を忘れて読みふけって、帰ってこないじゃないですか」
「そ、そんなことは……」
ない、とは言い切れなかった。エデルファーレに来る前ですら、寝食を忘れて本に没頭することがあったのだ。空腹を感じない、夜が来ないエデルファーレで、自主的に本から離れられる気はしない。
「頃合いを見て屋敷に帰るためにも、近くにいた方が都合がいいんで。前来た時と変わってるとことかないかの確認もするんで、手持無沙汰になるわけじゃないですから、気にしないでいいですよ」
結局、その言葉に頷かされて、シアはひとまず、手近な〈姫〉の手記を手に取ったのだった。
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