エデルファーレの〈姫〉と〈騎士〉

空月

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14話

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 〈姫〉三人で会いたい、というシアの申し出は快諾されたようだった。
 リクがもてなしの準備をしてくれた部屋に各〈姫〉と〈騎士〉が集う。


(こうして揃ってみると、眼福ね……)


 シアはひっそりと思った。シアとリクも整った風貌であると自覚はしているが、致命的に華がないので、他の〈姫〉と〈騎士〉が勢ぞろいするとその美しさにくらくらする。
 そんな中ロゼッタが一歩前に出て、シアの手を両手で包んだ。ロゼッタはスキンシップが好きなのかしらと思うシア。


「ふふ、早速誘ってくれて嬉しいわ、シア」

「来てくれてありがとう、ロゼッタ。アーシェットも」


 シアの言葉に、アーシェットがはにかむ。


「わたしも、また会いたかったから……うれしい。ロゼッタも、久しぶり」

「初めて会った日以来かしら? また会えて嬉しいわ、アーシェット」


 今度はアーシェットの手を取って、ロゼッタは微笑む。まるで大輪の華が咲いたようだ。
 アーシェットも戸惑う素振りを見せながらもロゼッタに控えめな笑みを向けた。


「わたしも、うれしい……。機会が無いと、会えないから……」

「機会なんて作ればいいのよ。今回シアがしたようにね。――さぁ、〈姫〉は〈姫〉で話すのだから、〈騎士〉は別室に行ってくださる?」


 有無を言わさぬ笑みでロゼッタが言う。ガーディが「はいはい、仰せのままに、お〈姫〉様」と返したのを皮切りに、それぞれの騎士が退室する。シアとリクは視線を交わしたが、アーシェットとユークレースがまるで避けるように視線を合わさなかったのが気になった。


「これで邪魔者はいなくなったわね」


 朗らかにロゼッタが言うのに苦笑する。


「邪魔者って、さすがに可哀想じゃないかしら」

「でも、事実でしょう? 〈騎士〉が居たら話しにくいことなんてたくさんあるのだもの」


 アーシェットは目をぱちくりさせていた。ロゼッタの物言いに驚いたのだろう。


「それで……シア。貴女、リクに抱かれたわね?」

「えっ……」

(どうしてロゼッタが知ってるの? リクが連絡のときに話した……わけはないわよね、さすがに)


 情報共有の一環としてそこまで筒抜けにされていたらいたたまれない。


「どうして知ってるの? って顔をしてるわね。わかるわよ。昨日会った時とは雰囲気が違うもの」

「そ、そんなにわかりやすい?」

「わたくし、特別勘がいいの。だから――ほら、アーシェットは驚いているでしょう?」


 言われてアーシェットを見てみれば、先程よりももっと目を丸くしてシアを見ていた。目が落ちてしまいそう、などと思うシア。


「し、シア……もう、その、した、の?」


 見るからに動揺しながらアーシェットが問うてくる。シアは恥ずかしさを堪えて頷いた。〈姫〉同士だ、隠すことではない。
 途端、アーシェットはこの世の終わりのような顔になった。


「あ、アーシェット?」

「そんな……もうだなんて……」


 アーシェットはもはや涙目だった。ロゼッタに見抜かれた衝撃も、恥ずかしさも忘れて、シアはアーシェットの変化におろおろした。


「どうしたの、アーシェット。そんなに……その、私がリクと〈姫〉の責務を果たしたことがショックだったの?」


 どうしてショックなのかはわからないが、そうとしか見えない。シアの質問に、アーシェットは俯き、膝の上でぎゅっと手を握りしめた。


「……だって、これで、〈姫〉の責務を果たしていないのはわたしだけでしょう……?」


 確かにそうだが、そこまでショックを受けるようなことだろうか――と考えて、シアは思い直した。


(私がアーシェットの立場だったら……確かに追い詰められるわね)


 ロゼッタの言葉に後押しされなかったら、シアがアーシェットの立場になっていた可能性もある。何せリクはシアの覚悟が定まるまで待つ姿勢でいたので、その可能性は十分にあった。


「泣かないでちょうだい、アーシェット。わたくしたちが〈姫〉の責務を果たしたとは言っても、まだ〈神子〉が宿ったわけではないのよ。そんなに追い詰められなくても大丈夫よ」


 ロゼッタがアーシェットの握られた拳を包みこんでそう言い諭す。それでもアーシェットは泣きそうな表情のまま、喘ぐように言った。


「わたし、〈姫〉として欠陥があるのかもしれない……」

「そ、そこまで思いつめなくても」


 気持ちはわかるが、思考が行き過ぎている。
 シアの言葉に、アーシェットはふるふると首を振った。


「シアに相手の交換を断られて、ユークとそういうことをするしかないって思ってから……ユークの顔も見れないの……」

「そうなの?」


 〈騎士〉たちが退室する際に覚えた違和感は間違っていなかったらしい。
 顔も合わせられないとなると、責務どころではない。二人の関係の危機だ。


「それは、その……責務のことを意識してしまって恥ずかしいから?」


 問うと、アーシェットはこくんと頷く。続いてロゼッタが質問した。


「ユークレースの方はどんな反応をしているの?」

「いつもと変わりない……ように見える……。わたしが一方的に逃げ回ってるような感じ……」

「それなら、貴女が平気になるまで待つつもりでいるのではないの? そんなに深刻に考えなくてもいいと思うけれど……」

「そういうことを意識して顔が見られなくなるのは、ふつうの反応でしょうし……〈姫〉の資質がどうとかいう問題じゃないと思うのだけど」


 ロゼッタと共に慰めるが、アーシェットの表情は晴れない。


「……でも、わたしが当代の〈姫〉の中で劣っているのは事実でしょう……?」

「責務を果たしたからって優秀、というわけではないでしょう。それで言ったら、〈神子〉になるものを宿せてない時点で全員〈姫〉として落第ということになってしまうわよ」


 ロゼッタの言いたいことはわかる。〈姫〉は究極的に〈神子〉になるものを宿すことが求められているのだから、それができていない現状では全員〈姫〉の責務を全うできているとは言えないのだ。


(私にも、昨日の行為で〈神子〉になるものは宿らなかったみたいだし……)


 明確に訊ねたわけではないが、リクが何も言わないということはそうだろう。
 つまり、シアも生殖行為という〈姫〉の責務を果たしはしたが、全うできたとは言えないのだ。
 そういう観点でいけば、行為を行ったかどうかの差はあれど、今は〈姫〉全員同じ立場と言える。


「そうよ。もしかしたら、この中でアーシェットが一番に〈神子〉になるものを宿す可能性だってあるのだし……」

「……でもそれも、行為をしなければ可能性すら生まれないでしょう……?」


 堂々巡りだ。問題はアーシェットの考え方なのだから。
 しかし、アーシェットも後ろ向きな発言ばかりをしているわけにはいかないと思ったのだろう。シアを上目遣いで見つめ、問うてきた。


「シアもわたしとあまり変わらない感じに見えたのに……どうしてリクとそういうことができたの?」

「私の場合は……ロゼッタに言われたことに後押しされたの」

「わたくしの?」


 ロゼッタが目を瞠った。


「そう。どうせやらなければならないことなら、やってから、抱く感情を考えればいいって言ってくれたでしょう? それもそうだと思って……まぁ、半ば勢いに任せた感じだったけれど……」


 思い返しても、冷静だったとは言い難い。シアもまた、〈姫〉の責務について知らされてからの動揺が続いていたのだ。とにかく責務を果たさなければ、という気持ちがなかったとは言わない。


「勢い……」

「そうやって繰り返されると、自分の浅はかさを突きつけられるようでいたたまれないのだけど……」

「あっ……ごめんなさい……」

「謝られるとますますいたたまれなくなるから、謝らないで。私の問題であって、アーシェットが悪いわけじゃないのだし」

「ありがとう……」


 やっとアーシェットが笑顔を見せた。それにほっとしていると、ロゼッタが口を開いた。


「シアがそれでうまくいったのなら、アーシェットも勢いでどうにかしてしまってもいいのではないかと思うのだけど、アーシェットはシアよりも積極的な感じがないものね。難しいかしら。……ちなみにシアは、シアの方から誘ったのよね?」

「……え、ええ。そうね」

「わたくしもだったわ。〈騎士〉が〈姫〉の意思を尊重する姿勢は、普段はいいのだけど、こういうときに困ったものよね」


 ロゼッタが肩を竦める。それはシアも同意だった。


(〈騎士〉の方が積極的なら、もっと話は早かったのよね……)


 と、また違和感を覚える。


(そう……そうよね。ふつう全部知っている〈騎士〉の方が積極的に、そういう関係を築けるように動くものじゃないのかしら?)


 それこそ、エデルファーレに来る前から〈騎士〉がそう立ち回っていれば、すべてはもっと滞りなく進んで、『〈神子〉になるものを宿す』という最終目標に到達できるのではないだろうか。


「意思さえ示せば、あとは〈騎士〉の方が勝手にやってくれる感じではあるけれど……それもアーシェットの覚悟が決まらないとどうしようもないものね……」


 ロゼッタが言うのに、はっと我に返る。今は違和感について考えるより、アーシェットの問題をどうするべきか考えるのが先だ。


「アーシェットは意識してしまって、ユークレースの顔を見られなくなったのよね?」

「うん……」

「そこに嫌悪感があるわけではないのよね?」


 問うと、アーシェットはしばらく自分のうちを探るように黙った。
 それから、こくんと頷く。


「恥ずかしい……だけ」

「それなら、私と一緒だと思うの。……絶対に大丈夫とは言わないけれど、勢いに任せて……その、してしまっても、いいのではないかしら」


 シアだって、覚悟が完全に固まっていたわけではなかった。リクとそういうことをするのを想像すると恥ずかしかったし、いたたまれなかったけれど、嫌悪感はなかった。
 そんなシアがなんとか責務を遂行できたのだ。アーシェットも同じではないだろうか。


「となると、あとはアーシェットがどうやれば誘えるかが問題ね。わたくしのは参考にならないでしょうし……シアはどう誘ったの?」


 初対面の時からわかっていたが、ロゼッタはぐいぐい来る。しかし恥ずかしがっている場合ではない。シアは羞恥を堪えて、自分がリクを誘ったときのことを説明した。


「なるほど……そうよね、直接的な言葉を言う必要はないのよね。わたくし、そこまで頭が回らなくて、いつも『抱いてちょうだい』と言っていたのだけど、反省したわ」


 なかなか直截的だ。シアは思わず赤くなった。


「〈姫〉の責務を果たしたい――それくらいなら、アーシェットでも言えるのではない?」


 ロゼッタが問うと、アーシェットは少しの間を空けて頷いた。


「言える……と思う……」

「――ここまでお膳立てをしておいてなんだけれど、嫌だったらまだしなくてもいいのよ?」

「ううん……いつかはしないといけないことだから……。もうエデルファーレに来たんだし、立ち止まってられない……」


 そう口にするアーシェットの瞳は、話し始めた頃より少し強い光を湛えているように見えた。


「――さて、役目の話はこれまでにしましょう。わたくし、貴女たちともっとよく知り合いたいと思っていたの。手始めに、何か好きなものを教えてちょうだい。……ああ、シアは書物以外で、ね?」


 それからは、〈姫〉や〈騎士〉の責務も関係ない、他愛ない話をして過ごしたのだった。

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