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13話
しおりを挟む食事を終えるころ、リクがふと口を開いた。
「それにしても、お嬢」
「? なに?」
「朝っぱらから〈姫〉の責務について口にできるなんて……慣れましたね」
言われて、爽やかな朝に似付かわしくない話題を真っ先にしてしまったことに気付く。
思わず頬を赤くしたシアに、リクはくくく、と笑う。
その仕草に、シアは恥ずかしさも忘れてぽかんとした。
(リクが、声を出して笑った……)
リクが〈騎士〉としてシアの元に来てから、リクは口端を上げるような笑みを見せたことはあれど、声を出して笑ったところを見たことがなかった。
(昨日から、リクの知らなかった顔ばかり見てる気がするわ……)
今までだってシアとリクの距離は普通の人よりも近かった……と思う。〈姫〉と〈騎士〉だから当然だし、幼い頃から共にいたので家族に近しい距離でもあった。
でも、行為の相手に甲斐甲斐しく尽くすことも、行為の最中に情欲を滾らせた瞳を見せることも、行為の後から少しだけ感情を今までより見せるようになることも、シアは知らなかった。
なんだかリクとの距離が急速に近づいたようで、嬉しいようなむずがゆいような、そんな感覚が胸の内に生まれる。
「? どうしたんですか、お嬢」
呆けたままのシアに、リクが僅かに首を傾げて問うてくる。
シアは慌てて取り繕った。
「な、なんでもないわ」
「何でもないって感じじゃなかったですけど……まぁ、お嬢がそう言うなら」
そう言って、リクは片づけを始めた。手際が良すぎて手を出す隙が無くて、シアは早速甘やかされ慣れた自分を再確認してしまった。
……咄嗟に何でもないとごまかしてしまったのは、指摘をしたらまた以前のリクに戻ってしまうかもしれないと思ったからだった。
(前のリクの方が慣れてるんだから、そっちの方がいいはずなのに)
今のリクはなんだか心臓に悪い――と思う。それなのに、もっとそんなリクを見てみたいと思う。
『どうせやらなければならないことなんだもの、とりあえずやってしまえばいいのよ。それから相手に抱く感情を考えてもいいのではなくて?』
ロゼッタの言葉が思い起こされる。
エデルファーレに来てから、リクに対して抱く感情に、少しずつ変化が起こっているような気はしていた。そして今日、それは特に顕著に表れているように思う。
リクの態度の変化によるものもあるが、自分の心持ちも。
(やっぱり……行為をしたからかしら……?)
そんなに自分は単純だったのだろうかと思うが、事実、リクに対する親愛のかたちが少し変わったような気がするのだ。
リクは家族のような立ち位置にいたけれど、家族ではない。〈姫〉の〈騎士〉として付き従ってくれていたが、本来は自分よりも強い、抵抗なんてすぐに封じられてしまうような『男』なのだ――というのを思い知ったからだろうか。
(そうよね……リクは男の人だったのよね)
当たり前の事実なのだが、それを意識したことがなかった。シアにとってリクは『リク』で、そういう括りにいなかったのだ。
【青】の〈姫〉と〈騎士〉――アーシェットとユークレースを思い出す。
アーシェットはユークレースに育てられたようなものだから、ユークレースをそういう対象として見られない、と言っていた。
その気持ちはわかる。シアもリクに育てられたようなものだからだ。そしてロゼッタもそう言っていた。
(アーシェットの言い分の方が普通……なのよね、たぶん)
三組の〈姫〉と〈騎士〉とも、長年共にいて恋愛関係に発展せずにエデルファーレまで来たのだ。シアはともかく、アーシェットとロゼッタは〈姫〉と〈騎士〉に最終的に何を求められるかも知っていたのに、そうならなかった。恋人などの関係に発展していた方が、滞りなく責務を果たせられるだろうに。
ロゼッタもガーディに恋愛感情を抱いていたわけではなく、責務を迅速に果たす上で、他の〈騎士〉と自分の〈騎士〉を天秤にかけて、自分の〈騎士〉を選んだに過ぎない。つまり、〈姫〉の責務がなければガーディとそういう関係になることはなかったのだろう。そして今も、恋愛感情を抱いているかはわからないとロゼッタは言っていた。
(……なんだか、歪じゃないかしら。噛み合ってないというか……)
〈姫〉には幼い頃に選ばれた。他の二人もそうだという。年頃になってから選ばれるのであれば、〈騎士〉は見目もよければ自分を誰よりも優先してくれる存在だ。恋愛感情を抱くのも自然な流れにできるだろうに、現実はそうではない。
なんだか気になるものの、謎に思うことの解決の糸口が見つからない。
シアは一旦思考を打ち切った。
ちょうど戻ってきたリクが、そんなシアにいつもよりも少しだけ柔らかくなったような気がする声音で問いかけてくる。
「今日はどうしますか? ああ、昨日の色々で説明してほしいことがあるなら訊いてもらえれば答えますけど」
「……聞きたいことは、まあ、あるけれど……それは後でいいわ。アーシェットとロゼッタに会いたいのだけど、できるかしら」
「それは個別に? それとも一度に?」
「できれば三人で会いたいのだけど……」
「いいですよ。ちょっとお伺い立ててみます。この屋敷に招くのでいいですか?」
「ええ、それでいいわ」
頷くと、リクは部屋を出て行った。連絡をしに行ったのだろう。
(……あ、またリクに頼ってしまったわ……)
リクにお願いすることが当たり前になりすぎていて、意識せずに行ってしまった。連絡くらい自分ですればよかった――と思ったものの、連絡用の道具の使い方も教えてもらっていなかった。それに、アーシェットやロゼッタが連絡の相手になるならともかく、恐らく〈騎士〉になるだろうことを考えると、やはりリクにお願いした方が滞りなく進みそうな気もする。
(自分のことは自分でするって、難しいのね)
自分で思っていた以上に〈姫〉という立場に馴染んでしまっていた自分に、シアはひとつ溜息をついたのだった。
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