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第2章:破壊
焦燥の朝
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◇◇◇
——フュンオラージュ、川端
「じゃあまずは、剣を構えてみましょうか」
「はい」
地面に置かれた剣。その柄の部分を両手で持つ。
「うっ」
持ち上げると、初めての時ほどではないにしろ、やはり体がふらつく。剣を支えられず、逆に、剣に振り回されてしまっているのだ。
「腕の力だけで持とうとしちゃダメ。極端に言えば、脚と腰で持ち上げるイメージよ」
腕よりも脚腰の方が大きな力を出せる。その言葉をどこかで聞いた覚えがあったユウキは、少し記憶を探ってみた。
——ああ、農具だ
クライヤマで畑仕事を手伝った際に聞いた文言であった。すんなりと思い出せた彼は、その経験をもとに、脚腰でこの重い武器を支えてみる。
——脚腰で持ち上げる
——腕は細かい制御に使って
「うん、良い感じね。後は、身体の重心を動かしてみて。何処かに、ユウキくんがちょうどいいと思う場所があるはずよ」
言われた通り、ちょうどよい場所を探して体重のかけ方を変えてみる。
すると——
「あ、あれ、軽くなった?」
数秒前までフラフラしていたユウキだが、突如、それは一変した。驚くほど安定し、剣を支えることが出来ている様子であった。加えて、安定感を維持することも出来ている。
「あら、良いじゃない」
思ったよりも早い習得に、アインズは驚きと共に密かに感心した。
「じゃあ次。剣を振るときは、更に注意が必要よ」
「注意?」
「まず、脇をしめること」
「はい」
これはまさにクワなんかと同じで、経験があった少年はすぐに達成。
「それから、剣の重さに振り回され過ぎないこと。関節抜けるわよ」
「怖っ!」
「まあ、夢中になって振りすぎた場合の話だけど」
「あはは……よかった……のかな……?」
安堵すべきかどうかわからず、取敢えずの苦笑いを一つ。
「じゃあ最後。私に、一撃打ってみなさい」
「え、いいんですか?」
「ええ。いつでも、どこからでもどうぞ?」
ふと、バケモノとの戦いが頭の中で蘇った。あの初陣とは異なり、今はアインズの教えによって身体と武器を制御できている。
武器をふるう際の注意点も把握した。その事が自信につながり、自然と落ち着くことが出来た。凛と立つアインズに向ける視線は毅然としている。
ユウキの覚悟が見えるようだと、アインズは微笑する。
様々な面において少年に感心した彼女は、その想いに応えるため、全力で一撃を受けると決心した。
「行きますよ!」
剣を大きく振り上げて走る。その姿勢に見合う体重のかけ方を模索しながら距離を詰める。
アインズが受けとめ体勢をとる。そこへ、全身全霊の力を込め——
「はあっ!」
ガン! と、剣同士が激突する音。少年は、持てる力をすべて使って押し込んだ。
「なかなかいい攻撃じゃない」
一瞬、アインズが少しだけ肘を曲げる。
「あ、ありが——うわっ⁈」
今度はその肘を一気に伸ばし、ユウキを押し返した。不意にバランスを崩されたユウキは、その場で尻餅をついてしまった。
「剣の持ち方は大丈夫そうね。けど——」
構えていた剣を鞘に戻しながら続ける。
「力だけの攻撃じゃ、今みたいに弾かれちゃうわよ。自分の攻撃の後まで考えておかないとね」
「はい……」
「さて、今日はそろそろ休みましょうか」
「そうですね、ありがとうございました」
軽く頭を下げて礼を言った少年は、アインズの立ち位置が一歩たりとも変化していないことに気付いた。
——普通にすごい人なんだな、アインズさんって
◇◇◇
「ふあ~、眠くなっちゃった」
馬車の座席車へ乗り込む。今晩は半分野宿のような環境で寝ることになる。
決して柔らかくない長椅子をベッドにする。脚を伸ばしきれない半端なサイズ感が、二人に若干のストレスを与えた。
複数の要因があるが、少年が寝にくいと感じる一番の要因は、座席車の構造によるものであった。
「……」
「どうかしたの?」
「い、いえ、なんでもないです」
そもそも宿泊施設としての用途は想定されていない。
——ちょっと気まずい……
すなわち、座席同士が向かい合った構造であるのだ。
「……」
なるべくアインズと目が合ってしまわないよう、ガラスに反射する焚火の残渣を眺める。
やはり火は心を落ち着かせる視覚的効果があるようで、少年は次第に襲い来る睡魔に服従していった。
◇◇◇
——翌朝
鳥や動物の鳴き声が聞こえた。窓からは眩い陽光がさし、朝だ目覚めよと急かす様であった。
この音と景色は少年に一刹那のみ、故郷のような懐かしさを感じさせた。
「ううっ……」
寝具の質が絶望的であったためか、身体のあちらこちらが痛む。少年は、関節や筋肉を伸ばし、痛みの改善を試みていた。
ふと、旅の相方の姿が無いことに気付く。
「あれ……?」
窓から外を見る。強烈な朝日がユウキの眼を刺激するが——
「あっ——」
綺麗な景色ではあったものの、少年の気はそれどころではなかった。
見た——否、見てしまった。
「……」
車内に居なかった旅の相方アインズが、外の川で水浴びをしているのである。
そうとは知らずに外を見てしまった少年は、しかし、釘で固定されたかの如く視線を外すことが出来なかった。
「……」
彼に邪悪な意図は無く、むしろ、十八歳という子供と大人の転換期たる年頃にふさわしい反応とも言える。
一方のアインズは、そうとは知らず水浴びを続ける。
腰まで水に浸かっており、反射光によって水面が輝いているおかげで、馬車の位置からは水面下の観察が不可能であった。
濡らした布を使って身体を拭う。首や脇腹、胸などを特に徹底している。
「な、何してんだ僕はっ!?」
そこまで見てようやく自分の愚かさに気が付き、急いで視線を外した。岩場を見ると、彼女の衣類が雑に丸めて置いてあるのが見えた。
こっちを先に見つけられれば、どれほど楽であっただろうと苦悩するユウキ。慌てふためいたまま窓から離れた。
「……早く終わらないかな」
顔を洗ったり、口をすすだりしたい少年。事情を知ってしまっているがゆえに、座席車から出ることは出来なかった。
◇◇◇
ユウキにとっては数時間にも感じられたであろう十数分が経過した。座席車のドアノブが回り、アインズが戻ってきた。
「あら、おはよう。もう起きてたのね」
「お、おはようございます……」
変に緊張してしまい、言葉が詰まった。
——頼むから違和感を覚えないでくれ
「……?」
「な、なんですか?」
「ふ~ん、そういう事ね」
「……え?」
口元に右手を持って行き、ニヤニヤしながらユウキに問うた。
「見てたでしょ?」
「えっ⁈ な、何をですか!」
しまった、と。質問されて、突然声を荒げて返す。それすなわち、図星のサイン以外の何物でもない。
「水浴びよ」
「見てないし、見ませんよ!」
「オバサンになんて興味無いみたいな言い方ね、失礼な! 私、まだ二十四なのよ? お互いに四捨五入すれば、ユウキくんと私は同い年なんだからね⁈」
——その理論はムリがあり過ぎません⁈
「オ、オバサンだなんて思ってないです! というか見てないです!」
「本当~?」
半目になり、ユウキの眼をまっすぐ見るアインズ。ユウキも負けじと視線を泳がせないよう必死になる。
「……嘘は証拠を抹消してからつく事ね」
「……え?」
ふう、と向かいの椅子に座ったアインズは、濡れた髪を布で乾かす。そんな彼女の姿を盗み見る余裕などなく、証拠とやらをこっそり探す。
チラっと川の方の窓ガラスを見た時、少年は見つけてしまった。
「あ——」
「気付いた?」
ガラスに、しっかりと手形が付いていた。
「えっと……ごめんなさい……」
「背中くらい流しに来てくれても良かっ——」
「え、ええ、遠慮します‼」
少年の崇高な旅の二日目は、こんな焦燥から始まったのであった。
——フュンオラージュ、川端
「じゃあまずは、剣を構えてみましょうか」
「はい」
地面に置かれた剣。その柄の部分を両手で持つ。
「うっ」
持ち上げると、初めての時ほどではないにしろ、やはり体がふらつく。剣を支えられず、逆に、剣に振り回されてしまっているのだ。
「腕の力だけで持とうとしちゃダメ。極端に言えば、脚と腰で持ち上げるイメージよ」
腕よりも脚腰の方が大きな力を出せる。その言葉をどこかで聞いた覚えがあったユウキは、少し記憶を探ってみた。
——ああ、農具だ
クライヤマで畑仕事を手伝った際に聞いた文言であった。すんなりと思い出せた彼は、その経験をもとに、脚腰でこの重い武器を支えてみる。
——脚腰で持ち上げる
——腕は細かい制御に使って
「うん、良い感じね。後は、身体の重心を動かしてみて。何処かに、ユウキくんがちょうどいいと思う場所があるはずよ」
言われた通り、ちょうどよい場所を探して体重のかけ方を変えてみる。
すると——
「あ、あれ、軽くなった?」
数秒前までフラフラしていたユウキだが、突如、それは一変した。驚くほど安定し、剣を支えることが出来ている様子であった。加えて、安定感を維持することも出来ている。
「あら、良いじゃない」
思ったよりも早い習得に、アインズは驚きと共に密かに感心した。
「じゃあ次。剣を振るときは、更に注意が必要よ」
「注意?」
「まず、脇をしめること」
「はい」
これはまさにクワなんかと同じで、経験があった少年はすぐに達成。
「それから、剣の重さに振り回され過ぎないこと。関節抜けるわよ」
「怖っ!」
「まあ、夢中になって振りすぎた場合の話だけど」
「あはは……よかった……のかな……?」
安堵すべきかどうかわからず、取敢えずの苦笑いを一つ。
「じゃあ最後。私に、一撃打ってみなさい」
「え、いいんですか?」
「ええ。いつでも、どこからでもどうぞ?」
ふと、バケモノとの戦いが頭の中で蘇った。あの初陣とは異なり、今はアインズの教えによって身体と武器を制御できている。
武器をふるう際の注意点も把握した。その事が自信につながり、自然と落ち着くことが出来た。凛と立つアインズに向ける視線は毅然としている。
ユウキの覚悟が見えるようだと、アインズは微笑する。
様々な面において少年に感心した彼女は、その想いに応えるため、全力で一撃を受けると決心した。
「行きますよ!」
剣を大きく振り上げて走る。その姿勢に見合う体重のかけ方を模索しながら距離を詰める。
アインズが受けとめ体勢をとる。そこへ、全身全霊の力を込め——
「はあっ!」
ガン! と、剣同士が激突する音。少年は、持てる力をすべて使って押し込んだ。
「なかなかいい攻撃じゃない」
一瞬、アインズが少しだけ肘を曲げる。
「あ、ありが——うわっ⁈」
今度はその肘を一気に伸ばし、ユウキを押し返した。不意にバランスを崩されたユウキは、その場で尻餅をついてしまった。
「剣の持ち方は大丈夫そうね。けど——」
構えていた剣を鞘に戻しながら続ける。
「力だけの攻撃じゃ、今みたいに弾かれちゃうわよ。自分の攻撃の後まで考えておかないとね」
「はい……」
「さて、今日はそろそろ休みましょうか」
「そうですね、ありがとうございました」
軽く頭を下げて礼を言った少年は、アインズの立ち位置が一歩たりとも変化していないことに気付いた。
——普通にすごい人なんだな、アインズさんって
◇◇◇
「ふあ~、眠くなっちゃった」
馬車の座席車へ乗り込む。今晩は半分野宿のような環境で寝ることになる。
決して柔らかくない長椅子をベッドにする。脚を伸ばしきれない半端なサイズ感が、二人に若干のストレスを与えた。
複数の要因があるが、少年が寝にくいと感じる一番の要因は、座席車の構造によるものであった。
「……」
「どうかしたの?」
「い、いえ、なんでもないです」
そもそも宿泊施設としての用途は想定されていない。
——ちょっと気まずい……
すなわち、座席同士が向かい合った構造であるのだ。
「……」
なるべくアインズと目が合ってしまわないよう、ガラスに反射する焚火の残渣を眺める。
やはり火は心を落ち着かせる視覚的効果があるようで、少年は次第に襲い来る睡魔に服従していった。
◇◇◇
——翌朝
鳥や動物の鳴き声が聞こえた。窓からは眩い陽光がさし、朝だ目覚めよと急かす様であった。
この音と景色は少年に一刹那のみ、故郷のような懐かしさを感じさせた。
「ううっ……」
寝具の質が絶望的であったためか、身体のあちらこちらが痛む。少年は、関節や筋肉を伸ばし、痛みの改善を試みていた。
ふと、旅の相方の姿が無いことに気付く。
「あれ……?」
窓から外を見る。強烈な朝日がユウキの眼を刺激するが——
「あっ——」
綺麗な景色ではあったものの、少年の気はそれどころではなかった。
見た——否、見てしまった。
「……」
車内に居なかった旅の相方アインズが、外の川で水浴びをしているのである。
そうとは知らずに外を見てしまった少年は、しかし、釘で固定されたかの如く視線を外すことが出来なかった。
「……」
彼に邪悪な意図は無く、むしろ、十八歳という子供と大人の転換期たる年頃にふさわしい反応とも言える。
一方のアインズは、そうとは知らず水浴びを続ける。
腰まで水に浸かっており、反射光によって水面が輝いているおかげで、馬車の位置からは水面下の観察が不可能であった。
濡らした布を使って身体を拭う。首や脇腹、胸などを特に徹底している。
「な、何してんだ僕はっ!?」
そこまで見てようやく自分の愚かさに気が付き、急いで視線を外した。岩場を見ると、彼女の衣類が雑に丸めて置いてあるのが見えた。
こっちを先に見つけられれば、どれほど楽であっただろうと苦悩するユウキ。慌てふためいたまま窓から離れた。
「……早く終わらないかな」
顔を洗ったり、口をすすだりしたい少年。事情を知ってしまっているがゆえに、座席車から出ることは出来なかった。
◇◇◇
ユウキにとっては数時間にも感じられたであろう十数分が経過した。座席車のドアノブが回り、アインズが戻ってきた。
「あら、おはよう。もう起きてたのね」
「お、おはようございます……」
変に緊張してしまい、言葉が詰まった。
——頼むから違和感を覚えないでくれ
「……?」
「な、なんですか?」
「ふ~ん、そういう事ね」
「……え?」
口元に右手を持って行き、ニヤニヤしながらユウキに問うた。
「見てたでしょ?」
「えっ⁈ な、何をですか!」
しまった、と。質問されて、突然声を荒げて返す。それすなわち、図星のサイン以外の何物でもない。
「水浴びよ」
「見てないし、見ませんよ!」
「オバサンになんて興味無いみたいな言い方ね、失礼な! 私、まだ二十四なのよ? お互いに四捨五入すれば、ユウキくんと私は同い年なんだからね⁈」
——その理論はムリがあり過ぎません⁈
「オ、オバサンだなんて思ってないです! というか見てないです!」
「本当~?」
半目になり、ユウキの眼をまっすぐ見るアインズ。ユウキも負けじと視線を泳がせないよう必死になる。
「……嘘は証拠を抹消してからつく事ね」
「……え?」
ふう、と向かいの椅子に座ったアインズは、濡れた髪を布で乾かす。そんな彼女の姿を盗み見る余裕などなく、証拠とやらをこっそり探す。
チラっと川の方の窓ガラスを見た時、少年は見つけてしまった。
「あ——」
「気付いた?」
ガラスに、しっかりと手形が付いていた。
「えっと……ごめんなさい……」
「背中くらい流しに来てくれても良かっ——」
「え、ええ、遠慮します‼」
少年の崇高な旅の二日目は、こんな焦燥から始まったのであった。
応援ありがとうございます!
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