水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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公演開始!

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「素人を綱渡りに出すなんて……この曲芸団の評判に傷がつきます!」
「どっちにしても、今回の事故の噂はすぐに広まる。なら、既に技術を持った団員が命綱をつけて代わりに出るより、新人が綱渡りに挑戦して、成功する方が観客の心証はいいだろう」

 それは、曲芸団側がどれだけの練習と覚悟をもって本番に挑んでいるのかを、観客に証明するということだ。そして、怪我をしてしまった紫のプライドを守るためでもある。

「紫だって、プロとしての誇りを持って挑んでいたはずだ。お前だって、必死に身につけた技を、軽々と他人に奪われた場合を考えてみたら分かるだろう」
「……それは、そうですが」
「波音、どうだ。引き受けてくれたら、紫が復帰するまで、給料は二倍にしてやる」
「え!? や、やります!」

 波音はその場で返事をした。給料につられたというのもあるが、やっと自分にできることが増えたのが嬉しかったからだ。

 バランス感覚について自信はないが、体幹たいかんなら昔からずっと鍛えている。練習次第では、それなりにできるようになるかもしれない。

 波音が承諾したことで、滉をはじめとした団員たちがざわついた。渚も驚いて首をすくめているが、碧だけは嬉しそうに口角を上げていた。

「分かった。ただ、来週の公演まで、みっちり特訓する。辛くて泣こうがわめこうが、途中で投げ出すのも許さない。本当にいいな?」
「……はい!」

 未だ騒がしい団員たちを、碧が手を叩いて黙らせた。これは団長の決定だから覆らない、とでも言いたげに、堂々としている。その姿に、波音もやり遂げたいという決意を心に刻んだ。

 その後のミーティングは、来週の公演に向けて、各所への対応やお知らせの分担、練習スケジュールの調整などが行われた。解散となると、すぐに滉が憤怒ふんぬの形相で波音の元へとやってくる。波音は身構えた。

「いくら団長に指名されたからって、普通、二つ返事で了承するか!? 少しは考えろ!」
「すみませんっ……でも、軽い気持ちじゃありませんから!」
「お前みたいな生半可なやつが、この曲芸団の価値を下げるんだよ! 紫だってそうだ……!」
「滉、そこらへんにしておけ」

 あまりの剣幕に波音が怯えていると、碧が滉との間に立った。滉は碧を前にするとおとなしくなるようで、肩を怒らせながらも「すみません」と小さく口にした。

(滉さんも、彼なりに曲芸団のことを想ってる。だからこそ、私も全力でやりたい)

 滉を見返してやりたいとか、酷い罵倒を撤回させたいとか、そういう感情は波音にはない。今できることを、やり遂げたい一心だった。
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