水の踊り子と幸せのピエロ~不器用な彼の寵愛~

楪 彩郁

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 翌朝、日が昇り始める前に、波音は目を覚ました。音を立てないよう、静かに階段を降りて、シャワーを浴びるために風呂場へと向かう途中。

 碧の様子を窺うと、彼はハンモックの上で寝息を立てながら眠っていた。波音が持ってきた毛布を律儀に身体に掛けているのを見て、波音は微笑む。

 シャワーを浴び終わって、服やタオル類を洗濯機へと放り込んだ。スタートボタンを押そうとして、ふと手を止める。碧が起きてこないうちは騒音になるからと、洗濯は後回しにすることにした。

 着替えを終えて髪を乾かし、次はキッチンに向かう。四角いブレッドを包丁で均等に切り、トースターにセット。あとは焼くだけにしておく。冷蔵庫の中身を確認して、卵と野菜、ウインナーを拝借し、波音は調理を始めた。

(家具家電は日本とほぼ同じだ。やっぱり、変な世界)

 思い起こせば、初日に渚から電話機を借りたときもそうだった。電化製品が波音にとって馴染みのあるものというのは、非常に助かる。スマートフォンやタブレット端末のような電子機器は普及していないようだが、それでも、とりあえず生きていくのには十分だ。

 別世界とはいえ、幸運な状況に微笑んでいると、碧が起きてくる物音がした。

「朝から上機嫌だな」
「あ、おはようございます。冷蔵庫の中身、使わせていただいてます」
「お前……料理、できるのか?」
「まあ、一人暮らしができる程度には?」

 小馬鹿にしたような笑みを零しながら、碧はカウンターにひじをついて、波音の顔を見た。他にも何か言いたいのか、にやにやしている。

「新婚の夫婦みたいになってるが、いいのか?」
「しんっ……違います! これは、お世話になっている礼で、最低限のことはしなくちゃと……ん?」

 蒸し焼きにしているフライパンから、少し焦げたような匂いがしてきて、波音は慌てて火を止めた。ふたを上げると、目玉焼きの縁が黒く硬くなっている。

「あ! 焦がしちゃいました……」
「俺は半熟が好きなんだが。随分しっかりと火を通したんだな?」
「す、すみません……」

 碧は怒ることはせず、「明日からは気を付けろよ」と言って、顔を洗いに行った。皮肉を言われようと、波音ももう、嫌な気分にはならない。

(先に碧さんの好みを聞いておくんだった……私の馬鹿!)

 今はただ、世話になっている身なのだから、碧に恩返しがしたい。それ以上でも、それ以下でもない。昨夜のキスは、忘れることにする。心臓がきゅっと痛むが、波音は自分の感情よりも、渚との友情を大切にしたかった。
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