【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

文字の大きさ
上 下
345 / 358
第八部 大嫌い

第二十六話 それなら僕を消して

しおりを挟む

「ざ、くろ……」
「ん? どしたの? 何、会えて感激しちゃった? ほら、帰ろうよ」
「ざ……」
 
 陽炎の耳に囁かれた声が、ネクストの声だということは誰も知らない――。

“剣を手に――仇を討つんだ、弟弟子”
 
「柘榴おおおおおお!!!」

 陽炎は、雹が使っていた大剣を握り、切り込もうとした。
 柘榴は予測してなかったのか、驚くが、妖術によって風圧を作り出し、己の耐えうる力で剣先を届かせない。
 きょとんとしたまま、柘榴は首を傾げた。

「何? どうしたの、かげ君。悲しいことでもあった?」
「お前……お前ッ! 何てことを! お師匠さん、雹さんは、……ッ」

 いい人ではなかった。決していい人ではなく、寧ろ偽善ばかり唱える人だった。
 それでも、全てが偽善ではなく――。

「優しい人だったのに!」

 陽炎は泣きながら、柘榴に殺気を向けた。ただの一般人が目にしたら、その殺気だけで気絶してしまう程の気迫。
 陽炎の頭には、怒りで一杯だった。怒りと、柘榴への殺意だけ。感情は、それしかない。雹への哀れみや、死への悲しみは、全て柘榴への感情へ変換されていた。
 字環が望むだろう、憎悪の位置だった。
 そう、この感情は一言で言ってしまうと、憎悪。
 ぎらぎらと瞳に憎しみを揺らめかせて、陽炎は柘榴を双眸で睨み付けた。
 柘榴は何故睨まれるかが判らなくて、目を細めた。

「かげ君、何、優しい人だったって? 優しい人は、ガンジラニーニを蛮族って呼ばないよ?」
「――ッ……」
「かげ君、知ってた? この土地ってね、おいらの先祖が処刑された国なんだよ。誓約書の国なんだよ。そこの騎士。ね、これでおいらの感情、判ってくれる?」
「……だからって…殺して良い理由にならない。鴉座にだって、攻撃したのお前だろ?!」
「だって、そのスノードーム、渡さないって言うんだもん。実力行使しかないじゃん」
「何でそこまで?!」

 陽炎が第二撃を繰り出した瞬間、それを川の水のように流し、柘榴は陽炎を捕らえた。
 陽炎を捕らえると、軽く唇を奪い、抱きしめた。陽炎はその動作に衝撃を受け、固まった。


「かげ君、だいきらぁい♪」
「――……ざ、くろ?」


 この場にはおよそ相応しくない言葉。そしてやけに明るい声は、何処か甘い響きで。
 陽炎は、固まったまま、再び混乱した。混乱する陽炎に懐くように、柘榴は陽炎をぎゅうと抱きしめ、もう一度、今度は鴉座が口説く時のような甘ったるさで囁いた。

「大嫌い――」
「柘榴、……何を……? お前が好きなのは、魚座のねーさんだろ?」
「……うん。そうだね。だから、おかしいんだ、きっと今のおいらは。あんたが心配で、あんたが死ぬのが怖くて、あんたが誰かに取られるのが……嫌だ。そう、武神にとられるのも……」
「――訳、わかんねぇ」
「……おいらも訳わかんない。何だか、今まで平気だったことが、全部嫌に思えて仕方ないんだ。今なら白雪の言葉全部素直に頷けそう。今なら、――字環の憎まれたい気持ちが、判る……こんなに、特別な感情であんたの目に映ることが嬉しいなんて思わなかった」

 陽炎は咄嗟に悟った。これは柘榴の望む言葉ではないと。
 だからといって、どうすればいいのか判らなかった。何をすれば柘榴にとって救いになり、何をすれば雹の弔いになるのか、陽炎には判らなかった。
 強くなったつもりなのに。強くなれば、何か一つでも己の力で変えることができると思ったのに。
 陽炎は、柘榴から無理矢理離れて、柘榴に大剣をつきつけた。

「俺は、お前とは友達でいたかった」
「今は違うの? ――そんなの、許さないよ。かげ君が、離れていくなんて、許さない……そうさ、この国に来たのだって許せなかった。……陽炎、君を雲の城に攫って行こう?」

 柘榴の表情が変わった――ひらひらと髪の毛が白く、否、銀色に染まりゆく。銀色に波打つ髪は壮麗で、聖霊という名の正しい方の意味を思い出した。
 聖霊か、英霊のようで、少し気迫が怖い。
 だが陽炎の気迫も恐ろしかった――雹を殺された思いが、鴉座を傷つけられた思いが、渦巻き、先ほどまで忘れていた憎悪と再会をしてしまったのだ。
 二つの気迫がぶつかり、互いに尤も得意とする武術で戦おうとした――その時。

「柘榴陛下、それ以上はダメだ!」

 獅子座が陽炎を背に隠し、柘榴の前に立ちはだかった。
 尤も見たくない光景なのだ、この状況は。二人を至上の主人と慕う獅子座には、こんなすれ違い続ける二人は耐えられなかった。早く蒼刻一が来てくれることを願った。それなのに、星の巡りは悪く、まだ訪れない。ならば、己が時間稼ぎをするしかなかった。

「――獅子座? 退けよ? あんたは、おいらの味方じゃないのか?」
「違う、おらはいつだって二人の味方だ! だから、だからこそ柘榴陛下に元に戻ってほしいんだ! 陽炎皇子も、何対抗してるんだ! 何で……何で、対立しようとするんだ! そんなんじゃ、字環の思うとおりじゃねぇのけ!?」

 悲しくも獅子座の言葉は、的を射てない。字環は二人の衝突を避けさせたかった。だが、獅子座にはこれは全部仕組まれたことだと信じたかったのだ。そうすれば、憎しみの対象が柘榴に向かわれなくなるから。
 元から仕組まれていたのなら、陽炎もきっと許してくれるだろうから――。
 だが先に柘榴が何か妖術を唱えてきたので、陽炎は獅子座を押しのけて、剣技で妖術を斬って対峙した。
 互いににらみ合って、互いに術や技をぶつけ合い――。
 昔の光景が嘘のようだ。ミシェルで互いを気遣っていた二人が夢のようで。獅子座は、泣きたくなった。

(ああ、昔どこかで見たことある光景だと思ったら――そうだ、主人が一瞬でかわる戦乱の時も、こんな光景目にしたんだっけか。……兄弟で奪い合ったり、家臣と王とで奪い合ったり……そんな時の光景……)

 獅子座は、だからこそ、耐えられず、いっそ消して欲しかった。
 
 そう、消して――欲しかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

処理中です...