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第八部 大嫌い
第二十六話 それなら僕を消して
しおりを挟む「ざ、くろ……」
「ん? どしたの? 何、会えて感激しちゃった? ほら、帰ろうよ」
「ざ……」
陽炎の耳に囁かれた声が、ネクストの声だということは誰も知らない――。
“剣を手に――仇を討つんだ、弟弟子”
「柘榴おおおおおお!!!」
陽炎は、雹が使っていた大剣を握り、切り込もうとした。
柘榴は予測してなかったのか、驚くが、妖術によって風圧を作り出し、己の耐えうる力で剣先を届かせない。
きょとんとしたまま、柘榴は首を傾げた。
「何? どうしたの、かげ君。悲しいことでもあった?」
「お前……お前ッ! 何てことを! お師匠さん、雹さんは、……ッ」
いい人ではなかった。決していい人ではなく、寧ろ偽善ばかり唱える人だった。
それでも、全てが偽善ではなく――。
「優しい人だったのに!」
陽炎は泣きながら、柘榴に殺気を向けた。ただの一般人が目にしたら、その殺気だけで気絶してしまう程の気迫。
陽炎の頭には、怒りで一杯だった。怒りと、柘榴への殺意だけ。感情は、それしかない。雹への哀れみや、死への悲しみは、全て柘榴への感情へ変換されていた。
字環が望むだろう、憎悪の位置だった。
そう、この感情は一言で言ってしまうと、憎悪。
ぎらぎらと瞳に憎しみを揺らめかせて、陽炎は柘榴を双眸で睨み付けた。
柘榴は何故睨まれるかが判らなくて、目を細めた。
「かげ君、何、優しい人だったって? 優しい人は、ガンジラニーニを蛮族って呼ばないよ?」
「――ッ……」
「かげ君、知ってた? この土地ってね、おいらの先祖が処刑された国なんだよ。誓約書の国なんだよ。そこの騎士。ね、これでおいらの感情、判ってくれる?」
「……だからって…殺して良い理由にならない。鴉座にだって、攻撃したのお前だろ?!」
「だって、そのスノードーム、渡さないって言うんだもん。実力行使しかないじゃん」
「何でそこまで?!」
陽炎が第二撃を繰り出した瞬間、それを川の水のように流し、柘榴は陽炎を捕らえた。
陽炎を捕らえると、軽く唇を奪い、抱きしめた。陽炎はその動作に衝撃を受け、固まった。
「かげ君、だいきらぁい♪」
「――……ざ、くろ?」
この場にはおよそ相応しくない言葉。そしてやけに明るい声は、何処か甘い響きで。
陽炎は、固まったまま、再び混乱した。混乱する陽炎に懐くように、柘榴は陽炎をぎゅうと抱きしめ、もう一度、今度は鴉座が口説く時のような甘ったるさで囁いた。
「大嫌い――」
「柘榴、……何を……? お前が好きなのは、魚座のねーさんだろ?」
「……うん。そうだね。だから、おかしいんだ、きっと今のおいらは。あんたが心配で、あんたが死ぬのが怖くて、あんたが誰かに取られるのが……嫌だ。そう、武神にとられるのも……」
「――訳、わかんねぇ」
「……おいらも訳わかんない。何だか、今まで平気だったことが、全部嫌に思えて仕方ないんだ。今なら白雪の言葉全部素直に頷けそう。今なら、――字環の憎まれたい気持ちが、判る……こんなに、特別な感情であんたの目に映ることが嬉しいなんて思わなかった」
陽炎は咄嗟に悟った。これは柘榴の望む言葉ではないと。
だからといって、どうすればいいのか判らなかった。何をすれば柘榴にとって救いになり、何をすれば雹の弔いになるのか、陽炎には判らなかった。
強くなったつもりなのに。強くなれば、何か一つでも己の力で変えることができると思ったのに。
陽炎は、柘榴から無理矢理離れて、柘榴に大剣をつきつけた。
「俺は、お前とは友達でいたかった」
「今は違うの? ――そんなの、許さないよ。かげ君が、離れていくなんて、許さない……そうさ、この国に来たのだって許せなかった。……陽炎、君を雲の城に攫って行こう?」
柘榴の表情が変わった――ひらひらと髪の毛が白く、否、銀色に染まりゆく。銀色に波打つ髪は壮麗で、聖霊という名の正しい方の意味を思い出した。
聖霊か、英霊のようで、少し気迫が怖い。
だが陽炎の気迫も恐ろしかった――雹を殺された思いが、鴉座を傷つけられた思いが、渦巻き、先ほどまで忘れていた憎悪と再会をしてしまったのだ。
二つの気迫がぶつかり、互いに尤も得意とする武術で戦おうとした――その時。
「柘榴陛下、それ以上はダメだ!」
獅子座が陽炎を背に隠し、柘榴の前に立ちはだかった。
尤も見たくない光景なのだ、この状況は。二人を至上の主人と慕う獅子座には、こんなすれ違い続ける二人は耐えられなかった。早く蒼刻一が来てくれることを願った。それなのに、星の巡りは悪く、まだ訪れない。ならば、己が時間稼ぎをするしかなかった。
「――獅子座? 退けよ? あんたは、おいらの味方じゃないのか?」
「違う、おらはいつだって二人の味方だ! だから、だからこそ柘榴陛下に元に戻ってほしいんだ! 陽炎皇子も、何対抗してるんだ! 何で……何で、対立しようとするんだ! そんなんじゃ、字環の思うとおりじゃねぇのけ!?」
悲しくも獅子座の言葉は、的を射てない。字環は二人の衝突を避けさせたかった。だが、獅子座にはこれは全部仕組まれたことだと信じたかったのだ。そうすれば、憎しみの対象が柘榴に向かわれなくなるから。
元から仕組まれていたのなら、陽炎もきっと許してくれるだろうから――。
だが先に柘榴が何か妖術を唱えてきたので、陽炎は獅子座を押しのけて、剣技で妖術を斬って対峙した。
互いににらみ合って、互いに術や技をぶつけ合い――。
昔の光景が嘘のようだ。ミシェルで互いを気遣っていた二人が夢のようで。獅子座は、泣きたくなった。
(ああ、昔どこかで見たことある光景だと思ったら――そうだ、主人が一瞬でかわる戦乱の時も、こんな光景目にしたんだっけか。……兄弟で奪い合ったり、家臣と王とで奪い合ったり……そんな時の光景……)
獅子座は、だからこそ、耐えられず、いっそ消して欲しかった。
そう、消して――欲しかった。
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