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第八部 大嫌い
第二十七話 ダリアの人
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柘榴の攻撃を受け、背後から陽炎の剣を受け――二人の間に挟まり、柘榴に笑いかけた。
「ダリアの花を、陽炎に、あげてやってけれ……」
「――獅子座……し、獅子座……獅子座?!」
「なぁ……ダリアの花を……蒼様……二人に、紫蘭を……」
「……僕の妖仔達は、僕を待たないのが趣味なんだな? ……この結果は、残念だったもんさ、獅子座……」
柘榴の後ろから現れた蒼刻一。魚座は青ざめてはいるが、蒼刻一の隣に居た。
柘榴を蒼刻一は気絶させ、今のを見なかったことにさせようとした。
全ては、この件を、我に返ったとき、猛烈に悲しまないために――柘榴のために。
陽炎の剣は獅子座を貫いていて、その切っ先が少し、飛び出ていた。鎧を着ているのに、何という力業だろう。
強くなったのだ、陽炎は――獅子座は、陽炎に顔だけ振り向き、微笑んだ。
「獅子座……! あ…あ……!!」
「ダリアの人――ダリアのような、人……愛…して、……」
獅子座の姿は、しゅんっと残像を残して消えた。
陽炎は目を見開き、大剣を放り投げ、残像を掴もうとしたが、掴めなかった。
そこで初めて陽炎は、己も正気を失っていたことに気付いた。
我に返り、頭を抱え――泣き喚いた。
「獅子座ッ、獅子座、獅子座!! まだ側にいてくれよ! 俺、まだお前のこと全然知らねぇんだよっ! 俺、お前のこと、誤解していたんだよ! 沢山、沢山話したくなったのに、何で……ッ!」
どうせならば、罵ってくれればよかったのに。
獅子座も、この場にいる蒼刻一も、柘榴の味方である魚座も、己を罵倒してくれればよかったのに。
柘榴に影響を与えることができるのは、間違いなく自分だった。自分だけだった。
ならば、己が何か間違えたことをしなければ、柘榴も獅子座も止められたのに。
――田舎臭い口調の、猛々しい騎士。
己と柘榴の隣に立って戦いたいと言っていた、優しいライオン。
まるで、強く握ったら崩れる、泥団子のようだった。
自分が普通であったら。自分が怒りに気を囚われなければ。柘榴の変化を察知することがすぐにできたら。
妖仔は、白雪の時のようにはいかない。元から妖仔という完成された作品だったのだから、再び同じ魂を成すことはない。
――そう、獅子座は……死んだ。
「糸遊、歪むなよ。これは、最強である故に遠ざけられない道。周りを、死に巻き込む宿命なんだ――……」
蒼刻一は紫蘭の花言葉を思い出していた。“互いに忘れないように”――獅子座の、二人の切なる願いがこもっている。何と哀れで無垢な魂なのだろう。
蒼刻一は、柘榴を救えなかった悲しみと、陽炎への怒りを抑えるのに必死だった。ここで、陽炎を責めるのはお門違いだ。陽炎だって、師匠を殺されたのだし、獅子座は大事な存在だったのだから。
蒼刻一はこういう事件を目にする度に、人間の不器用さを笑っていたが、いざ身近で遭遇すれば笑えない。どう笑えるのだろうか、このすれ違い続けた二人を。
「――……もう一度、獅子座を作る」
蒼刻一の言葉に、陽炎は首を振った。
「ダメだ、作ったって、それは俺たちの知ってる獅子座じゃないんだ。誰もが苦しむだけの存在になる!」
「だからって! 作らないと、柘榴は自分を責めるだろ!? 僕はテメェのことはどうだっていいんだ! テメェが誰と関わろうが、誰を思うが、関係ねぇ! ……だけど、柘榴は……別なんだ。許して、くれる、って……言ったんだ。……柘榴が悲しまないなら、何だって僕はする」
「形だけの獅子座を作るだけ、柘榴は悲しむ!」
「その獅子座を殺したテメェが言うな! ……あ、イヤ……悪ぃ……」
陽炎は蒼刻一に言われ、俯いた――……そう、己が、殺した。この罪悪感は拭えない。きっと柘榴も拭えないだろう。己以上に酷い罪悪感かもしれない、柘榴と獅子座は仲が良かったから。そう、作られたときから、とても仲が良かったから。
魚座を見やると、魚座は柘榴を抱きしめ、支えていた。己と瞳が合うと、気まずそうにしてから、魚座は控えめに微笑んだ。
――獅子座を、殺した己などに微笑まなくていいのに。
陽炎は、頭を抱え、叫んだ。悔しさを、大地と空にぶつけるように。
それを聞いて、鴉座は、朦朧とした意識の中、思った。
(強い人が孤独――の理由が分かりました。……師匠、私はこれからも強くなりましょう。そして、あの人をせめてこんな時には支えて慰められるように、抱きしめる力があるように、鍛えましょう……)
鴉座は途切れかける意識の中、ふと獅子座を思い出した。
獅子座の笑顔は、昔はうざったるかっただけなのに、何故か今だけは猛烈に思い出したくてしょうがなかった。
「ダリアの花を、陽炎に、あげてやってけれ……」
「――獅子座……し、獅子座……獅子座?!」
「なぁ……ダリアの花を……蒼様……二人に、紫蘭を……」
「……僕の妖仔達は、僕を待たないのが趣味なんだな? ……この結果は、残念だったもんさ、獅子座……」
柘榴の後ろから現れた蒼刻一。魚座は青ざめてはいるが、蒼刻一の隣に居た。
柘榴を蒼刻一は気絶させ、今のを見なかったことにさせようとした。
全ては、この件を、我に返ったとき、猛烈に悲しまないために――柘榴のために。
陽炎の剣は獅子座を貫いていて、その切っ先が少し、飛び出ていた。鎧を着ているのに、何という力業だろう。
強くなったのだ、陽炎は――獅子座は、陽炎に顔だけ振り向き、微笑んだ。
「獅子座……! あ…あ……!!」
「ダリアの人――ダリアのような、人……愛…して、……」
獅子座の姿は、しゅんっと残像を残して消えた。
陽炎は目を見開き、大剣を放り投げ、残像を掴もうとしたが、掴めなかった。
そこで初めて陽炎は、己も正気を失っていたことに気付いた。
我に返り、頭を抱え――泣き喚いた。
「獅子座ッ、獅子座、獅子座!! まだ側にいてくれよ! 俺、まだお前のこと全然知らねぇんだよっ! 俺、お前のこと、誤解していたんだよ! 沢山、沢山話したくなったのに、何で……ッ!」
どうせならば、罵ってくれればよかったのに。
獅子座も、この場にいる蒼刻一も、柘榴の味方である魚座も、己を罵倒してくれればよかったのに。
柘榴に影響を与えることができるのは、間違いなく自分だった。自分だけだった。
ならば、己が何か間違えたことをしなければ、柘榴も獅子座も止められたのに。
――田舎臭い口調の、猛々しい騎士。
己と柘榴の隣に立って戦いたいと言っていた、優しいライオン。
まるで、強く握ったら崩れる、泥団子のようだった。
自分が普通であったら。自分が怒りに気を囚われなければ。柘榴の変化を察知することがすぐにできたら。
妖仔は、白雪の時のようにはいかない。元から妖仔という完成された作品だったのだから、再び同じ魂を成すことはない。
――そう、獅子座は……死んだ。
「糸遊、歪むなよ。これは、最強である故に遠ざけられない道。周りを、死に巻き込む宿命なんだ――……」
蒼刻一は紫蘭の花言葉を思い出していた。“互いに忘れないように”――獅子座の、二人の切なる願いがこもっている。何と哀れで無垢な魂なのだろう。
蒼刻一は、柘榴を救えなかった悲しみと、陽炎への怒りを抑えるのに必死だった。ここで、陽炎を責めるのはお門違いだ。陽炎だって、師匠を殺されたのだし、獅子座は大事な存在だったのだから。
蒼刻一はこういう事件を目にする度に、人間の不器用さを笑っていたが、いざ身近で遭遇すれば笑えない。どう笑えるのだろうか、このすれ違い続けた二人を。
「――……もう一度、獅子座を作る」
蒼刻一の言葉に、陽炎は首を振った。
「ダメだ、作ったって、それは俺たちの知ってる獅子座じゃないんだ。誰もが苦しむだけの存在になる!」
「だからって! 作らないと、柘榴は自分を責めるだろ!? 僕はテメェのことはどうだっていいんだ! テメェが誰と関わろうが、誰を思うが、関係ねぇ! ……だけど、柘榴は……別なんだ。許して、くれる、って……言ったんだ。……柘榴が悲しまないなら、何だって僕はする」
「形だけの獅子座を作るだけ、柘榴は悲しむ!」
「その獅子座を殺したテメェが言うな! ……あ、イヤ……悪ぃ……」
陽炎は蒼刻一に言われ、俯いた――……そう、己が、殺した。この罪悪感は拭えない。きっと柘榴も拭えないだろう。己以上に酷い罪悪感かもしれない、柘榴と獅子座は仲が良かったから。そう、作られたときから、とても仲が良かったから。
魚座を見やると、魚座は柘榴を抱きしめ、支えていた。己と瞳が合うと、気まずそうにしてから、魚座は控えめに微笑んだ。
――獅子座を、殺した己などに微笑まなくていいのに。
陽炎は、頭を抱え、叫んだ。悔しさを、大地と空にぶつけるように。
それを聞いて、鴉座は、朦朧とした意識の中、思った。
(強い人が孤独――の理由が分かりました。……師匠、私はこれからも強くなりましょう。そして、あの人をせめてこんな時には支えて慰められるように、抱きしめる力があるように、鍛えましょう……)
鴉座は途切れかける意識の中、ふと獅子座を思い出した。
獅子座の笑顔は、昔はうざったるかっただけなのに、何故か今だけは猛烈に思い出したくてしょうがなかった。
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