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第七部 鬼夢花
番外編2 幽霊座の夢
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真っ暗な道を歩いていた。
辺りは暗闇どころか、ペンキを塗りつぶしたほど黒くて、ただ誰かと手を繋いでいた。
誰の手かは判らない。歩ける道だけは真っ白だ。
ぼくぅは、そんな怖さの中、何故か立ち止まってはいけない気がして歩いていく。
歩く度に、ぽうっと景色が小さな泡のように出てくる。
それに触れると一瞬だけ思い出せることがあるけれど、あとは消えていく思い出だというのは何となく判った。
だから泡に触るのが怖かった。でも触れなければ、この泡とは一生出会えない。そう思うと、泡に触れる度に、涙が止まらなかった。一歩ずつ進むのが困難になっていく。
だって泡は触れれば消える。この泡は、ぼくぅがいた懐かしいあの街の記憶なんだって判るけど、どんな思い出かは判らないのに、弾ける。弾けて消えるんだ。
その度に、繋がってる片方の手が、ぎゅっと力強く握ってくれて、ぼくぅは悲しみを背負っていく。
徐々に悲しみから、死臭の匂いへと変わっていった。そこで思い出す。ああ、ベルベットシティは、戦乱に巻き込まれたんだと。
だから、触る度に思い出すのは、ぼくぅに構ってくれた優しい人たち。泡のどれかにアトューダ様の記憶があるかもしれないと思うと切なくなった。
そんな中で一つ、黒い泡を見つけた。ああ、黒い色。あの人の髪の色。やだ、これには触りたくない。だけど、触らなければ一生見られない記憶で。
ぼくぅはそれに、触れた。
『おにいちゃん、アトューダ様、どこにいるのかな』
『どうせ、いつもの通り、女の子ナンパしてるんだろうね。飽きないね、あの人も』
『うう、折角作れたのに……』
『ん? 何を作ったのだね? ああ、積み木をボンドでくっつけちゃったのかね、ぼくちゃん』
『お家が造りたくて……ぼくぅたちは、お家ないから。あのお家は蒼様のお家だもの』
『そんなことないね。ぼくらのうちは――あそこだよ』
そう言って指さされたのは、向こうからやってきたアトューダ様。ぼくぅを見るなり、微笑み抱きしめてくれたあの人。
横でアクマが笑ってる。
ああ、何かの泡に触れたのに、何だったか内容を忘れた。とても大事な泡だったのに。
次に触れたのは、紫色の泡。
『処刑する、アトューダ。墓に入れ』
『――少し待って下さい。ねぇ、カレン。君なら聞こえるでしょう、死に近い者の声だから。カレン、お父さんのことは忘れてくださいね――こんな父親など。もっと大事な、物を捜してください』
あれ、まただ。覚えたいのに、一瞬で消える。
もうやだ、死臭が怖い、死なないで死なないで。誰も死なないで。
延々と白い道と泡が続く。どれも怖い。歩くのも触るのも怖い。
だけど、そんなとき、ぼくぅを掴んでいた腕が引っ張ってくれて――。
目を開ければ、そこにはアクマ。……ここは、どこ?
あれ、何故だろう、この国から死の匂いがする。悲しみの匂いがする。父親の匂いがする――。
夜を見たい。大きな庭で、大きな空を見たい。
だって、ぼくぅはようやく目が覚めたから――今がいつの時代なのか判らない。
だけど、判るのはただ一つ。
死の匂いと、悲しみを感じる親子の匂い――。
何故だろう。泡を思い出せるはずがないのに、アトューダ様のことを一瞬思い出した。
けど消えた。
こぼれ落ちる泡に触れたくて、外へと出たら、翡翠様と出会った。
翡翠様の眼は、――何もかも、疲れた目をしていた。
この人はどれだけ、働いているのか、それとも自問自答してるのか。
アクマ、君の眼を思い出すよ。自責にやられてる、君の声や眼を。
苦しまないで、泣かないで。ぼくぅはどうしようもできないけれど、誰かが悲しむのは凄く嫌だ――。
だから、出来る限り起きていようと覚悟した――。
辺りは暗闇どころか、ペンキを塗りつぶしたほど黒くて、ただ誰かと手を繋いでいた。
誰の手かは判らない。歩ける道だけは真っ白だ。
ぼくぅは、そんな怖さの中、何故か立ち止まってはいけない気がして歩いていく。
歩く度に、ぽうっと景色が小さな泡のように出てくる。
それに触れると一瞬だけ思い出せることがあるけれど、あとは消えていく思い出だというのは何となく判った。
だから泡に触るのが怖かった。でも触れなければ、この泡とは一生出会えない。そう思うと、泡に触れる度に、涙が止まらなかった。一歩ずつ進むのが困難になっていく。
だって泡は触れれば消える。この泡は、ぼくぅがいた懐かしいあの街の記憶なんだって判るけど、どんな思い出かは判らないのに、弾ける。弾けて消えるんだ。
その度に、繋がってる片方の手が、ぎゅっと力強く握ってくれて、ぼくぅは悲しみを背負っていく。
徐々に悲しみから、死臭の匂いへと変わっていった。そこで思い出す。ああ、ベルベットシティは、戦乱に巻き込まれたんだと。
だから、触る度に思い出すのは、ぼくぅに構ってくれた優しい人たち。泡のどれかにアトューダ様の記憶があるかもしれないと思うと切なくなった。
そんな中で一つ、黒い泡を見つけた。ああ、黒い色。あの人の髪の色。やだ、これには触りたくない。だけど、触らなければ一生見られない記憶で。
ぼくぅはそれに、触れた。
『おにいちゃん、アトューダ様、どこにいるのかな』
『どうせ、いつもの通り、女の子ナンパしてるんだろうね。飽きないね、あの人も』
『うう、折角作れたのに……』
『ん? 何を作ったのだね? ああ、積み木をボンドでくっつけちゃったのかね、ぼくちゃん』
『お家が造りたくて……ぼくぅたちは、お家ないから。あのお家は蒼様のお家だもの』
『そんなことないね。ぼくらのうちは――あそこだよ』
そう言って指さされたのは、向こうからやってきたアトューダ様。ぼくぅを見るなり、微笑み抱きしめてくれたあの人。
横でアクマが笑ってる。
ああ、何かの泡に触れたのに、何だったか内容を忘れた。とても大事な泡だったのに。
次に触れたのは、紫色の泡。
『処刑する、アトューダ。墓に入れ』
『――少し待って下さい。ねぇ、カレン。君なら聞こえるでしょう、死に近い者の声だから。カレン、お父さんのことは忘れてくださいね――こんな父親など。もっと大事な、物を捜してください』
あれ、まただ。覚えたいのに、一瞬で消える。
もうやだ、死臭が怖い、死なないで死なないで。誰も死なないで。
延々と白い道と泡が続く。どれも怖い。歩くのも触るのも怖い。
だけど、そんなとき、ぼくぅを掴んでいた腕が引っ張ってくれて――。
目を開ければ、そこにはアクマ。……ここは、どこ?
あれ、何故だろう、この国から死の匂いがする。悲しみの匂いがする。父親の匂いがする――。
夜を見たい。大きな庭で、大きな空を見たい。
だって、ぼくぅはようやく目が覚めたから――今がいつの時代なのか判らない。
だけど、判るのはただ一つ。
死の匂いと、悲しみを感じる親子の匂い――。
何故だろう。泡を思い出せるはずがないのに、アトューダ様のことを一瞬思い出した。
けど消えた。
こぼれ落ちる泡に触れたくて、外へと出たら、翡翠様と出会った。
翡翠様の眼は、――何もかも、疲れた目をしていた。
この人はどれだけ、働いているのか、それとも自問自答してるのか。
アクマ、君の眼を思い出すよ。自責にやられてる、君の声や眼を。
苦しまないで、泣かないで。ぼくぅはどうしようもできないけれど、誰かが悲しむのは凄く嫌だ――。
だから、出来る限り起きていようと覚悟した――。
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