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第六部~梅花悲嘆~
第三十五話 まったくお前は
しおりを挟む赤い痕に変えられたのは、すぐだった。
次の日の朝、目を開ければ、腰が痛くて、菫を睨み付ける。
「スーミレ~っ、てめ、痛い……」
「あー、僕、乱暴言われるんや、すまんなぁ。まぁでも精一杯優しゅうしたつもりやで? 何せ、最近気付いた片思い相手やったしなぁ、慎重にしたつもりなんやけど、何で乱暴になるんやろ」
菫は歯を磨く準備をしながら、下だけ服を着て、そんなことを詫びれもなく笑いながら言ってきた。
陽炎は、ベッドの中で朝と行為後の気怠さに嘆息をついて、頭をかいた。
少しベッドでごろごろとしてから、陽炎はシャワールームへ行き、体を洗った。
それでも消えない赤さは、何処か彼の物の烙印のような気がして、恥ずかしい。
あれは、強引にやられたから仕方ないんだ、と己に言い聞かせ、体を洗った後、バスタオルで拭いて、己の服に身を通す。
(あれから、大分経って……柘榴とか五月蠅いだろうなぁー)
大犬座あたりはまた泣くかも知れない。否、もしかしたら誰か人間に乗り移って襲ってくるかも知れない。
陽炎は引きつり笑いして、着替え終えると、部屋に戻り、帰る準備をする。
「ん、もう帰るんかー? 寂しいわー夜を共にした仲なんになぁー」
「あ? お前があの日、盛ったから、結果あんなことになったんだろうが。勘違いすんじゃねぇよ!」
「でも本気で嫌やったら抵抗すんとちゃうか? オマエ、あの日抵抗せんかったやないの。僕も悪いけど、同意の行為も同然やないの、これ?」
「……ッるせぇ! それ以上言うと、斬るぞ!」
「おー、賊っぽいとこは抜けてないのか、オマエ、ちょっと安心したわー。む、でもこれはハンターの方のオマエなんやろか、判らへんなぁ。陽炎、ちょっと手、出してみ」
「ん?」
陽炎はそういって、手を出すと菫はとっくに歯磨きを済ませていて、荷物から小さな小箱を取り出し、それをあけ、その中にある小さな石がついたリングをはめさせられた。薬指に。
――これは、いわゆる……指輪というやつで。
恥ずかしい奴、と陽炎は睨み付ける。だが菫はにこにことして、石が恋愛に関して魔力があるというローズクォーツだと教えてくる。
「僕とオマエにまだ縁が続くように、ってな」
「あ、あれ? お前、まだ此処にいるんじゃないの?」
「今日出発や、貸し切り馬車で。もうほんまは先方の限界越えてるんやけどな、厚意で此処にいさせてくれた。念写はもう赤蜘蛛さんに送ったさかいに、安心しぃ。……僕は、な。牡丹……僕は……――ミシェルに行く。船に乗って、遠い遠いとこに行ってしまうんやけど、この指輪でオマエに少しでも加護があるよう、僕の力注ぎ込んだ。何か僕の力使いたかったら、僕の横名を祈れ」
「……いらない」
「陽炎――、オマエにはこの先、何が待ってるかわからへん。第一、このままじゃ皇太子が何するかわからへんのやろ? なら皇太子が興味を引きそうな物持って、それで機嫌をつって誤魔化せ!」
「……――でもお前、力使うと、……具合悪くなるじゃんか」
それは、ふと思い出したこと――どうして今の今まで忘れていたんだと思ってしまうような。
昔、幼い頃だった。
一度、岩が降ってきて、避けることが出来たとはいえ、道が塞がれたとき、菫の力で岩を退かせることが出来たが、菫はその日から、一週間は寝込んだ。
その時、確かに彼は死にそうで、己はそれに怯えて泣きそうになった。
だから、つい出来ない約束をしてしまったのだ。
大きくなったら、己が治す――などと、夢を見させるような酷い約束を。
(スミレ――スミレぇ!)
(何、泣いとるんや、ぼたん――げほっ、げほっ)
(病気なのか、スミレ、病気なのか!)
(――病気。……さぁ、どうなんやろうな。でも僕、老い先短いんやろうなぁ、この調子じゃ)
(なら、おれが治す! おれが治すから、死なないでぇ! どんなことしても、治すからッ)
そういって、泣き喚いた己を病人の菫が宥めていた――。
子供とは残酷だ。果たせない約束でも簡単に交わすし、大人になったら忘れてしまう。
ふと、陽炎は苦い気持ちを味わった。
「スミレ、ミシェルに行くのはお前の意志か?」
「――……そうなりたいけんどな」
「……行きたくないなら行くなって言えるほど若かったら良かったな、互いに」
「ははっ、確かになぁ」
菫の顔色はお世辞にも、良い色とは言えない。菫を見ると、今にも倒れるんじゃないだろうか、と心配してしまう。
そんな彼が、異国に旅立つという。それも己の意志ではなくて。
そんなのやめちまえ、体大事にしろと言えるほど若かったら、何も考えられないほど若かったら、無茶も出来た。
だけど、もう大人なのだ――裏に何か隠されてる事情を察することは出来る。
(止めることは出来ない――だけど、一つ気になることがある)
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