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第六部~梅花悲嘆~
第十五話 あのとき呼んだのは誰か
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「……んだと?」
「あんたを自分のもんにするために、偽善し続けた奴なんやろ? よく信じて、今も一緒に居れんなぁ。最後はあんたも危ないところやったんやろ?」
「……――鴉座、行こう」
陽炎が目を細めて菫を睨んでから、菫に背を向ける。
菫はどうしてそんな態度を己にとるのか理解出来るようで、半分理解出来なかったので、陽炎、と名を呼ぶ。
陽炎は鴉座を引っ張って、歩きながらも、振り返って、菫を睨み付ける。
「偽善じゃない。全部本物の優しさだった。ただ、都合の良い優しさだっただけだ。お前に何が分かるんだ、俺を助けたこいつの何が。俺を忘れても思ってくれたこいつの何が。お前なんかただ批判してるだけじゃねーか。赤の他人のお前に何が、分かるってんだよ」
「……かげ、ろう」
「――さっさとお前なんか国に帰れ。赤蜘蛛には宜しく伝えといて」
「……――分かった」
悪かった、その一言でも言えたら良かったのに、菫は口にせず、何処かへ向かう二人を見送るだけだった。
それから菫は嘆息をついて、俯く。
「……だって狡いやんか。そいつは、僕が側に居ることが出来た年数、全部奪ってるんやで? ……悪い奴やと、思うことも許さんの? オマエ、えっらい気難しいなァ、牡丹……何でこないにむかつくんやろ……」
答えは、探り出せば簡単。
好き、だから――との答えに気付けば、夏の匂いがざぁあと吹きつけ、髪を揺らす。
陽炎は暗がりの道を通り、転がっていた空き缶を蹴った。
鴉座はこれは中々機嫌が治まるまでが長いだろうな、と苦笑して、陽炎の引っ張る腕にそっと触れて、立ち止まり振り向いた不機嫌な陽炎に微笑みかける。
「私のことでしたら、お気にせずに」
「――だって」
「今となっては、ですよ。記憶のない今では本当に優しさだったのかどうか分からないんですから」
「お前までっ! 自分のこと信じてやれよ。確かに俺の気をひく為の行動だったけど、全部本物の優しさだ。俺な、優しくされたの、久しぶりだったんだ、あの時は」
陽炎は遠い昔を思い出す。
鴉座に出会ってから優しさに包まれた日々を。プラネタリウムの星を集め出す決意をしたことを。
それ以前は劉桜のこととか、己が居た賊のこと。
劉桜は今頃何しているだろうか――あの頃はお互い初めて馬が合う友人を見つけることが出来て、奇跡に出会ったような感覚だった。
賊のことは、もううろ覚えだ。
夜空に思い入れが出来た切っ掛けが賊たちの言葉だというのは覚えてはいるが、それ以外のことは――。
(見て! この肉美味そうやー! 何やの、親分、この料理!)
(牡丹鍋っつってな、猪の肉だ)
(おれ、これ一番好きだなぁ)
(牡丹肉好きなんやなぁ、決まった、僕、オマエのこと牡丹って呼ぶわ)
(ふざけんな、認めねぇぞ、そんな名前!)
(ええやんか、なぁ親分?)
(そいつは名無しでええ。親が名乗り出て、名前くれるまでは名無しでええ。勝手に名前つけるな、――……レ――)
(親分つれないわー、なぁ牡丹?)
一瞬、フラッシュバックする、賊の記憶――。
――昔、名前を初めてつけてもらったのは、劉桜だと思っていたが、認めたくない名前ならば、同じ年代の子供につけてもらったのだった。
その子供は、まだあの賊に交じって、人を襲っているだろうか、それとも捕まっていてとうに無くなっているだろうか。
「陽炎?」
「ん、何でもない。……蓮見のこと、どうしような」
「僕が手を貸してもいいよ――」
陽炎は目を細めて、声に反応し、頭上を見上げると、そこには字環。
字環は陽炎と鴉座が気付くなり、手をひらひらとふって、にっこりと微笑んだ。
「や、二人とも」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いや、別に? 愛する人が困っているのを見過ごせない、ただそれだけだよ――但し能力は使わない。占ってあげるだけだ」
「……――ん」
陽炎は鴉座に視線を向けて、どうしたものかとため息をつく。
頼りたくはないが、今は藁にでも縋りたい気持ちなのだ。それを鴉座は察して、こくりと頷く。頷かれた陽炎は字環を見やり、ナイフを向ける。
「変なことするなよ」
「ああ、いいとも。――じゃあ、占うよ、いいな?」
字環は二人を交互に見やってから、水晶を取り出し、目を細める。
暗がりにあった全ての光りが、水晶に凝縮されていく――集まっていき、きらきらと輝く。
字環はそこから何かが見えたのか、ふむ、と呟く。
「あんたを自分のもんにするために、偽善し続けた奴なんやろ? よく信じて、今も一緒に居れんなぁ。最後はあんたも危ないところやったんやろ?」
「……――鴉座、行こう」
陽炎が目を細めて菫を睨んでから、菫に背を向ける。
菫はどうしてそんな態度を己にとるのか理解出来るようで、半分理解出来なかったので、陽炎、と名を呼ぶ。
陽炎は鴉座を引っ張って、歩きながらも、振り返って、菫を睨み付ける。
「偽善じゃない。全部本物の優しさだった。ただ、都合の良い優しさだっただけだ。お前に何が分かるんだ、俺を助けたこいつの何が。俺を忘れても思ってくれたこいつの何が。お前なんかただ批判してるだけじゃねーか。赤の他人のお前に何が、分かるってんだよ」
「……かげ、ろう」
「――さっさとお前なんか国に帰れ。赤蜘蛛には宜しく伝えといて」
「……――分かった」
悪かった、その一言でも言えたら良かったのに、菫は口にせず、何処かへ向かう二人を見送るだけだった。
それから菫は嘆息をついて、俯く。
「……だって狡いやんか。そいつは、僕が側に居ることが出来た年数、全部奪ってるんやで? ……悪い奴やと、思うことも許さんの? オマエ、えっらい気難しいなァ、牡丹……何でこないにむかつくんやろ……」
答えは、探り出せば簡単。
好き、だから――との答えに気付けば、夏の匂いがざぁあと吹きつけ、髪を揺らす。
陽炎は暗がりの道を通り、転がっていた空き缶を蹴った。
鴉座はこれは中々機嫌が治まるまでが長いだろうな、と苦笑して、陽炎の引っ張る腕にそっと触れて、立ち止まり振り向いた不機嫌な陽炎に微笑みかける。
「私のことでしたら、お気にせずに」
「――だって」
「今となっては、ですよ。記憶のない今では本当に優しさだったのかどうか分からないんですから」
「お前までっ! 自分のこと信じてやれよ。確かに俺の気をひく為の行動だったけど、全部本物の優しさだ。俺な、優しくされたの、久しぶりだったんだ、あの時は」
陽炎は遠い昔を思い出す。
鴉座に出会ってから優しさに包まれた日々を。プラネタリウムの星を集め出す決意をしたことを。
それ以前は劉桜のこととか、己が居た賊のこと。
劉桜は今頃何しているだろうか――あの頃はお互い初めて馬が合う友人を見つけることが出来て、奇跡に出会ったような感覚だった。
賊のことは、もううろ覚えだ。
夜空に思い入れが出来た切っ掛けが賊たちの言葉だというのは覚えてはいるが、それ以外のことは――。
(見て! この肉美味そうやー! 何やの、親分、この料理!)
(牡丹鍋っつってな、猪の肉だ)
(おれ、これ一番好きだなぁ)
(牡丹肉好きなんやなぁ、決まった、僕、オマエのこと牡丹って呼ぶわ)
(ふざけんな、認めねぇぞ、そんな名前!)
(ええやんか、なぁ親分?)
(そいつは名無しでええ。親が名乗り出て、名前くれるまでは名無しでええ。勝手に名前つけるな、――……レ――)
(親分つれないわー、なぁ牡丹?)
一瞬、フラッシュバックする、賊の記憶――。
――昔、名前を初めてつけてもらったのは、劉桜だと思っていたが、認めたくない名前ならば、同じ年代の子供につけてもらったのだった。
その子供は、まだあの賊に交じって、人を襲っているだろうか、それとも捕まっていてとうに無くなっているだろうか。
「陽炎?」
「ん、何でもない。……蓮見のこと、どうしような」
「僕が手を貸してもいいよ――」
陽炎は目を細めて、声に反応し、頭上を見上げると、そこには字環。
字環は陽炎と鴉座が気付くなり、手をひらひらとふって、にっこりと微笑んだ。
「や、二人とも」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いや、別に? 愛する人が困っているのを見過ごせない、ただそれだけだよ――但し能力は使わない。占ってあげるだけだ」
「……――ん」
陽炎は鴉座に視線を向けて、どうしたものかとため息をつく。
頼りたくはないが、今は藁にでも縋りたい気持ちなのだ。それを鴉座は察して、こくりと頷く。頷かれた陽炎は字環を見やり、ナイフを向ける。
「変なことするなよ」
「ああ、いいとも。――じゃあ、占うよ、いいな?」
字環は二人を交互に見やってから、水晶を取り出し、目を細める。
暗がりにあった全ての光りが、水晶に凝縮されていく――集まっていき、きらきらと輝く。
字環はそこから何かが見えたのか、ふむ、と呟く。
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