【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第五部ー君の眠りは僕には辛すぎてー

第二十九話 貴方は僕の大事な親友

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 声がした――字環の。
 陽炎は声のした方を睨み付けて、亜弓を背負う手にぎゅっと力を込める。緊張からだ――。
 字環が現れ、陽炎を寂しそうに見つめている――。
 
「どうして、いつの時代も僕の欲しいものは手に入らないんだろう――自由、未来、自分、それから……愛しい人」
「性格悪いからだろ」

 陽炎が睨み付けてそう言うと、字環は、「かもね」と薄く笑い、意志奪いの術をまた使う――今度は、亜弓に。孔雀の目覚めを狙って……。
 蟹座が意識を奪ってから大分経つが、漸く孔雀自身が起きたのか反応し、クォオオオと鳴いたかと思うと、その場が凍り付く。
 氷が隅々まで城の中に張り付いて、その寒さに陽炎が身を震わせる。
 一気に場は白いドライアイスを水に入れたときのような煙が辺りを覆う。
 
「陽炎!」

 蟹座が陽炎を引き寄せて、陽炎の安全を確認する。鴉座も己も目が見えなくても、この寒さでは亜弓の孔雀が発動したのだと分かる。
 彼の安全を優先するのは当然のことだから、蟹座は彼を引き寄せたのだ。
 陽炎は蟹座に引き寄せられたまま、鴉座の名を呼ぶ。
 鴉座は幽霊座を抱えて、亜弓から離れてとりあえず天井まで飛ぶ。
 
「――邪魔シヨウトシタナ。お前ラ殺してヤル」

 孔雀が喋った。もう既にその場から字環は笑い声を残して消えていた――。

「蟹座――目が見えないからって、あいつ、切るなよ……」
 

 
 字環は外に出ると、そこで倒れている蒼刻一を見つける――そして、蒼! と名を叫び、駆け寄り、揺さぶる。

「蒼、蒼!」
「揺さぶらない方が、いい」
「……鷲座」
 
 鷲座が体を引きずりながら、やってくる。
 鷲座はこほっと咳をすると、そこから出血し、手元や裾などを血に染めて苦い顔をする。
 口の中の血も、鉄臭くて嫌な味がする。鷲座は、咳をするとき抑えた手元を離し、ずるっずるっと、やってくる。
 
「――どうして此処に?」
「――……今、向こうに行くと、嫌な光景を見てしまうので。何より、足手まといになるしかないから嫌なんです。あの人の荷物には、なりたくない」
「――……鷲座」
「その方、水瓶座の力を使っても治らないんですか?」

 鷲座は蒼刻一にかけられた術を見て数式を見ようとするが、一部分が欠けるように出来ていて、中々見えない。
 字環はそれまで真っ青だったのに、鷲座に言われると思いだしたかのように蒼刻一への嫌悪を表す。

「どうして、僕が治すんだ?」
「――その方が大事でない? ……なら放っておけばいいでしょう?」
「……大事に、決まってるじゃないか。蒼は、僕の友達だ――」
 
 そう、自分にも少し予感はしていた。
 もしかして、生き埋めにしたのは、己を助けるためなんじゃないかと。
 その助け方は間違っていたが、彼の不器用さを思い出せば、馬鹿な奴と笑えることも出来るかも知れない。
 それを中々、認めることが出来なかったのだ――冷静になるということは、そう簡単には出来ないから。
 
「水瓶座より、牡羊座の力だ――眠り、が交じっている」
「君なら助けられるだろう? 字環――今使ってる術を解除して一つに集中するんだ」
「……――どうして、僕にアドバイスをする?」
「見てられないんですよ。同じ人を思っていて、必ず失恋と決まっている。不器用にしか生きられない君が、自分と被って見えて、嫌なんです」

 鷲座はため息をついて、その場に座る。
 もうそろそろ体力が無くなってくるころだ――何せ、歩いてくるのだって少し大変だったのだから。
 あとは柘榴達がくるのを待てば、そのうちプラネタリウムで休ませてくれるだろう。
 
(いっそ、封印してほしくもなるけどね――)
 
 だって。
 だって、どんなに思ったって、この思いは叶わない。
 恋敵にも敵わない。
 大嫌いな奴だけれど、先ほど盗み見したあの場で、鴉座は一瞬で傀儡の糸から抜け出せた。
 陽炎の瞳を見るだけで、抜け出せた――鷲座は、それだけで、胸が苦しくなり、諦めなければ、と決心が出来た。
 
(いつかこの思いを抱えたままでも、恋出来る人が現れると良い――)
 
 鷲座は苦笑して、蒼刻一を治療する月を見やる――。

(月は小生の痛みから生まれた――だから余計に、あの人に反応するのかも)
 何処か清々しい気持ちで、鷲座は二人を見つめる――。

(愛しさとはさよならしないけれど、恋心には別れを告げよう――有難う、恋心をくれて。陽炎どの……。愛して……――おりました、と過去形になることが出来る日を待つ覚悟が出来ます)

 嗚呼、憑きものから解放されたような、身の軽さだ。体が重傷なのに、そんな気分なんて実に可笑しい。
 鷲座は字環と蒼刻一の二人を見て、己の不器用さは彼らからきたのかもしれないと思う。
 そして、少し疲れたから、息をついたとき、字環が泣きそうな声をあげた。
 
「蒼、蒼――!」
 
 
 蒼刻一は、反応しない――。
 
 だが少しすると目覚めて、字環と会話して、二人は昔のようにとはいかないが、二人の間にあった溝は埋まろうと動きを見せる――。
 蒼刻一は目を覚ますと、目を眇めて、苦しそうな顔をした――何処にも苦しい所なんてないのに。あるとすれば、そう心――。

「もし、死んで全てが償えるなら、殺してくれよ」

 最初に切り出された言葉に、字環は目を見開く。
 だが構わず蒼刻一は続けて、すぐに言葉を吐き続ける。

「殺してくれよ、愛するテメェの手でさ。その為に、テメェは外に出てきたんだろうが? ああ? なのに、何やってるんだよ――……さっさと、その妖術で僕を殺せ! どうして殺さないんだ!」

 字環は、蒼刻一の言葉に漸く反応する隙を見られて、反応し、蒼刻一の頬を張り飛ばす。

「友達だからだ、馬鹿!」
「――!」
「それにな、お前の大事な妖仔が今、大変なことになってるんだよ――ッ。ちゃんと見届けてやれ、お前の大事な妖仔を」
「……――あざ、わ」
 
 さぁ、城の中へ入ろう。城の中で、幼子が待っている。蒼刻一が唯一良いことをしたと言える、水子の騒ぎを見届けよう――。
 水子は、主人を待っている――己には優しい、己と同じ一人ぼっちの主人を。
 
「ご主人様! 早く、早く! ゴーストが変な気を起こしそうだね!」
 
 一人には耐えられない水子が、己を呼ぶ――。
 その姿を見て、嗚呼、あの水子とこの水子はそういえば、と二人の関係、そしてアトューダのことを思い出す。
 
(蒼、お前にこの子達を預けます――だから大切に育ててくださいましね。私の代わりに)
 
 今日はやたらと色んな事を思い出す――蒼刻一は苦虫を噛み潰したような顔をして、立ち上がろうとする。
 
「すぐに――行く」
 
 雲が桃色に染まりゆく――ここから見ると、至上の光景だ。太陽が朱に染まりゆくその神聖な光景は、誰にも邪魔することが出来ない。
 夜だけが邪魔できる――空から夜が降ろうとしている。朱色が雲に映り、城はほんのり赤色に染まっていく。
 終わりは近い――己が仕掛けた事件は、もうすぐ終わろうとしている。
 この雲の城より下に向かおうとしている空を見て、不意にそう思った蒼刻一だった。
 
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