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詩音編

11。発覚の悪寒

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目を覚ますと、ほぼ同時に次の家に到着したようだった。ブレーキを踏まれて、その衝撃できちんと脳が覚醒した。

「次のお客さん、りおんちゃんが復帰したって知ってすぐ予約してきたらしいですよ」

運転手の言葉に、準備を整えながら「そうなんですか」と返した。
とはいうものの、詩音には今までの客の記憶などほぼほぼ残っていなかった。
かつての苦しかったり大変だった記憶として、丸ごとどこかへやってしまったような感覚。だからこそ、新鮮な気持ちではあったのだが。

「行ってきます」

車を降りて見上げたマンションは、薄らと覚えているようないないような……不思議な感覚だった。
オートロックも無いマンションの階段を登り、指定された部屋のインターホンを鳴らす。すると、応答する間もなく扉は開かれた。

「……うそ」

そこに居たのは、森井だった。彼はうざったそうに、詩音を見る。

「……本当に忘れてたんだな」
「あ、あの、その」
「早く入れ」

言われるがままに、中へ進む。ほぼ物が無いような、整然とされた部屋だった。
……じわじわと、背筋が冷えていく。そうだ、思い出してきた。記憶なんて、単純なのだ。

『好きだ、好きだよ、りおんちゃんっ……』

あの甘い声。あれを凍らせれば、今の森井の声になる。その繋がりが、やっと完成した。

『妊娠してよ、俺の子ども産んでよっ……本番、本番させろっ!』

足が震える。そんな詩音を、森井はようやく笑って見た。

「んだよ、思い出したのか」
「……ブラックリスト、入れてもらったのに」
「そうかよ」

まさか、退店と同時にリセットでもされたのだろうか。
やっと思い出した。あの前髪の隙間から覗く目。かつては前髪の邪魔なんてなく、詩音を縛るように見つめていた。
震える詩音の首に、森井の手が伸びる。手のひらで首を掴まれる頃には、もう動けなくなっていた。

「……急に店辞めやがって、普通の生活なんかさせられるわけないだろ」
「あ、ぐ、あ」
「一生許さねえ、俺をコケにしやがって。おら、スマホよこせよ」

森井はそう言うと詩音の首を固定したまま、詩音のポケットに手を入れた。そして、スマホを取り出す。
動けなくなった詩音の顔にスマホをかざしロック解除させると、素早く操作しだした。

「ん、んぐっ……」

『入室完了です。急遽泊まりコース変更です。金額受領済です』というメッセージの入力が見えた。慌てて手を伸ばすも、送信されてしまうのだった。
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