星の光で傷を灼く

湖霧どどめ

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「おはようございます。行きましょうか」

 待ち合わせの5分前には、彼がいた。私が来なかったらあとどれだけ待ってくれていたんだろう、なんてぼんやり考えながら私は彼についていった。
 アングラとは程遠い、観光客のために整えられたかのような綺麗な路地。それなのにそのスタジオがあるというビルは堂々と建っていた。彼が扉を開けてくれて、受付には1人の若い男が座っているのが見えた。頭を下げると、その人はにこやかに手を振ってくれた。

「あっちです」

 通されたのは薄暗い個室だった。カジュアルあ手術室、といった感じでどうもどきりとする。私は指示されるがまま、トップスを脱いでインナーのみになった。

「お酒、昨日飲んでないですよね。お昼食べてきました?」
「どっちも大丈夫です」

 すべて、昨日のうちに彼に指示されていたことだった。彼は私の返事に満足そうに頷くと、「それと」と付け足した。

「傷の上から彫るんで、綺麗に色が乗らないかもしれないです。大丈夫ですか」
「少し歪んでるくらいの方が、私って感じがするので」
「……勇ましいですね、もはや」

 そう呟いて彼は、あの月と星が描かれたデザインを広げた。それを私の腕に貼り付け、転写してくる。写ったデザインを見て、ぞくりとした。
 ……これが、もうすぐ私のものになる。はじめて、人から与えられたものを所有する感覚だった。兄は、私のものにはならなかったから。

「痛かったら途中で止めますから」

 意識しているのか、優しい声だった。私が頷くのを確認すると、彼は作業を始めた。

「……っ」
「痛いですか」
「大丈夫、です」

 リストカットの時と少し違う、感情の昂りで誤魔化せない痛み。けれど滲んでいくインクだけを見て、かつての破瓜の痛みを思い出して、私は唇を噛み締めた。
 彼はその後は口を閉ざし、黙々と作業を続けた。その目はもう私を見ていなくて、やはり代わりに彼の蛇が私を見ていた。
 約1時間ほどの施術が終わった。改めて見ようとしたら、ガーゼを被せられて見えなくなった。

「しばらく赤いかもですけど、じきに引きますから。もし気になったら、ここのスタジオに来てもらったらあいつが見るんで」

 受付の人が反応したのか「お任せあれー」と声をあげてきた。それに苦笑しながら、彼は私を抱きしめた。

「……俺もこれで、前に進めるかもしれません」
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