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閑話 アルフリード・ヴァン・ファラキア

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 指笛の合図の後に現れたのは、サイゾウのあざなで呼ばれる俺付きの枝葉だ。その名と忍者を思わせる黒服に軽装鎧けいそうがいと呼ばれる鎧を着込み、黒い狐の面を付けている様子を見れば、この『枝葉』と呼ばれる機関の設立に関わったのが『地球』の人間である事は間違いないだろう。
 日本人がイメージする忍者にしてはスタイリッシュ過ぎるから海外の日本贔屓の転生者だったのかもしれない。
 サイゾウは呆然としたままのアジェス皇子の前に立ち、カルトールと対峙した。
 目で任せたと告げればサイゾウは小さく頷き、カルトールの様子を伺う。俺はサイゾウにカルトールを任せると容体が定かでは無い皇太子の元へと駆けよった。それと同時にティアとウォルフ先輩もコチラに駆けよって来る。
 俺は皇太子の口腔内を覗き凝固物が無い事を確認すると、横向きにさせた。
 そのまま容体を見ようとした所、皇太子に痙攣症状が見られる――ショック症状にしてはおかしい。そもそもカルトールが使ったクナイはそれ程大きなものでは無く、腹の傷は致命傷にはほど遠いはず……。

 『毒――』

 その可能性が脳裏に浮かんだ。
 通常、王の後継と言うものは幼い頃から毒物に慣らされるものだ。幾多の種類の毒を少量口にさせ、身体に慣らす。下手に加減を間違えば死ぬという恐怖――身体が慣れるまでは辛く苦しい時間だったけれど、実際に毒を盛られればもっと苦しい思いをして死ぬ事になるのだから必要な事だったと思っている。
 実際、襲撃者の中には毒使いもいたので事実助かった・・・・・・。襲撃者の使った毒も十分に強かったけれど、まさか俺が『最悪の毒』と呼ばれる混沌蜥蜴カオスリザードの毒まで耐性を持っているとは思わなかったのだろう……原液の状態では岩も腐食させる猛毒である。
 寧ろ、そんな毒を6歳児に盛って耐性をつけさせた父が異常な気がするが、我が国では皇太子の『試練』と言う名の伝統だそうだ。先祖の中には実際に死んだ者もいると聞く――。
 王家人間がほぼ毒殺されて国が滅びかけた過去があるから、唯一の後継者であろうと容赦無く耐性をつけさせられたのだろう。今は、毒の効果を半減させる術具もあるのだけれど、耐性があるのに越した事は無いって事だ。本当に死ななくて良かったと思う。
 痙攣し始めた皇太子の口にウォルフ先輩がハンカチを突っ込もうとするのを慌てて止めた。昔は舌を噛まないように木を噛ましたりしたものだけれど、下手すれば窒息させてしまうからだ。
 それに突っ込む事に失敗すれば、ウォルフ先輩の指が噛み砕かれる事にりかねない。こんな状況で不用意な怪我人を増やす様な事は悪手だ。

 「毒だね――」

 ウォルフ先輩の言葉にティアと頷いた。
 最悪な事に俺が持っている解毒薬は丸薬だ。現状を見るに皇太子は飲み込めるような状態では無い。更に最悪なのは毒の種類が分からない事だ……。薬を飲ませられたとしても、コレが効くとは限らない。
 水薬の解毒薬と傷を処置できる道具があれば何とでも出来ると言うのに――せめて創傷が腕か足ならば血管を締めつけ毒の回りを遅らせる事が出来たのに……いや、そんな考えても仕方が無い事を考えている暇は無い。俺は儘ならない状況に囚われないように思考を巡らせた。何か出来る事は無いか??
 ベッケン嬢に保健医を連れて来て貰う――……野戦病院程度の備えはある筈だし、傷の処置は出来るだろう。だが、この毒は??学園では『毒が盛られる』ような事を想定していない。あるのは、野外実習先の弱毒を持つ魔物や草花に対応する解毒薬である。それでも、無いよりかはマシだろうか……?最終手段としては、処置できるだけの道具が揃った後、クナイを抜いて、血を出させ体内の毒を薄くさせる事だろうか。けれど、それも加減が難しい。
 背後でサイゾウが戦う音を聞きながら、これからどうするべきか悩んだ時だった。
 
 「何の毒かは分からないけれど、この子達の力を借りて出来る事をしよう――」

 そう言ってウォルフ先輩が出した小瓶には淡い紫色の液体――。あれは上級の毒消しだ。しかも随分と質が良い……。特級の物には比べられないけれど、その材料はエルフの暮らしている地域の物が多い物だ。だからこそ、ウォルフ先輩が持っていたのだろう。
 何の毒か分からない以上、正直効くかどうかは賭けだと言われたが――使いようも無い丸薬や弱毒にしか効果が無い毒消しより効く可能性は高いはず。
 毒の治癒は見込めなくとも、少なくても身体に巡る速度を落とす事は出来る。時間を稼いで王城にまで担ぎ込めれば、皇太子が助かる目も出て来るはずだ。
 後は薬をどうやって摂取させるかが問題だったのだけれど、そこもウォルフ先輩が解消してくれた。何と、水の精霊達に頼んで傷口からクナイを伝わらせて薬を投与し始めたのだ。
 まったく聞いた事も見た事も無い方法である。
 驚いたけれど、皇太子の息が少しだけ落ち着いた事を確認した。どうやら、少しは効果が見込めそうだ。それならば、ベッケン嬢に保健医を呼びに行かせるより王城に直接運び込んだ方が生き残る確率は上がるだろうか?

 「――……動かせるか?」

 ウォルフ先輩にそう聞けば、残念ながら今すぐには動かせないらしい。
 どうやらぶっつけ本番の応急処置だったらしく、見た事の無い手法だと思ったのも当然だったようだ。緊急時であればこその行動だけれど、正直、毒の種類によっては保健医を呼びに行く間に死ぬ可能性もあったのだからウォルフ先輩には感謝しかない。
 魔力を下位精霊達に渡し――血管を破らないように慎重に応急処置を進めて行く。
 チラとサイゾウを見れば、どうやらカルトールとは互角らしく、すぐには決着しそうも無かった。
 皇太子の様子は残念ながら劇的に好転する様子も無い。「細胞の活力を喚起しているけれど、それもどれほど効果が出るか分からない……」とウォルフ先輩に告げられて思わず悪態を吐いた――その時だった。アジェス皇子が身動ぎして崩れ落ちるように膝をついた。それを見たティアが慌てて様子を見に駆け寄る。そのままアジェス皇子を支えると、哀しそうな顔をした。
 ティアの「大丈夫ですか――?」と言う声かけに、アジェス皇子が反応を見せる。茫洋とした様子から、目の焦点が定まりティアを見つめた……。
 
 ザワリ
 
 何故か――悪寒がした。それは予感だったのかもしれない。。
 それからの時間は、泥の中に居るかのように鈍く感じた。アジェス皇子がティアの手首を掴み、何か小さく呟いた。驚いた顔をするティア――……そして、そのまま二人ともかき消えるようにこの場から消える――。
 伸ばした手は届かず――……怖ろしいまでの消失感が俺を貫いた。
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 更新が大変、大変遅くなりました;;申し訳ありません;次の更新はもう少し早く出来ると思いますm(_ _)m
 次の話ではティアの視点に戻る予定でしたが、そのままで行くか、アルの「閑話」ではない視点で行くか悩み中です。書いてみて考えようと思います。
 それでは読んで下さりありがとうございました!また次回でお会いできたら幸いです!!
 
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