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第83話 皇太子が面倒くさいのですが……。

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 視線を感じる訳です――皇太子の。
 アルとの模擬戦のお陰か、学園長にやり込められた所為か……もしくは図書館の倉庫でベッケン嬢と話した時、最後に『アイツ、ちゃんと締めときますんで!』と良い笑顔で言ってくれた所為かもしれないけど……あれから皇太子が、私の傍に来る事は無かったんだけど、ねぇ?
 でも、この視線は前ほどイラっとする感じでは無い……。ついでに言えば、私だけを見てる訳じゃ無くてアルもビシバシと視線を感じてそうな訳ですよ。
 無茶苦茶苦々しい顔!
 王太子殿下、顔、顔!!取り繕って?ここ食堂だから!その心の声が聞こえた訳じゃないと思うけど、アルは深呼吸した後――普通の穏やかな顔になった。
 一瞬、アルの苦々しい顔を見てしまった生徒が「オイ、あれ!」と言って友人を引っ張り――振り返った瞬間にはアルは通常運転に見える笑顔を浮かべていたので「見間違いだろ?」「――あれ?おかしいな……」みたいなやり取りをしている……。

 「――……大丈夫か?――アレ、何してるんだ??」

 状況を心配してか、食事が終わったベルナドット様とクリス先輩もこちらに来る。
 エリザベス様がベルナドット様を見てあからさまにホッとした顔をした後、穏やかな笑みを浮かべる。私も同じである。傍から見れば、ここでは和やかな談笑が行われているように見える筈だ。

 「――さぁ?なんだろうね……さっきから、視線がうっとおしいったら……」

 ohアルさん……笑顔と裏腹にお声が氷点下。
 大分イライラしているらしい。まぁ、気持は分からないでも無いよね。だってさっきから『うっとおしい』視線は寄越す癖に、話しかけては来ないんだもの。
 皇太子は、食堂の一番大きな出入り口のド真ん中で偉そうに立ってらっしゃる……。関わり合いになりたく無い生徒達は、皇太子をギリギリまで避けて歩くので、まるでモーセの十戒で海が割れて行くような感じになっている。
 普通に迷惑だね。
 そういえば、もう一人留学生がいたはず……そう思って気が付かれないように見たら、皇太子の後ろから隠れるようにその顔色を伺ってた。リアルに揉み手してる人初めて見たんだけれど。
 虎の威を借る狐と言いたいところだけど、とても小心者のように見えるから狐って感じでは無い。単独で騒動を起しそうにはないので安心出来た。
 
 「――……何か話したい事があるのでしょうけど……」

 話しかけて来ないのだ。あの時の偉そうな感じは何処に行ったのだろうか……。いや、あんな風に話しかけて欲しい訳じゃ無いんだけど……。けれど、今の皇太子は態度は偉そうだけれど話しかけるのを怖がってるみたい。
 それで、視線を飛ばしてコチラから声を掛けて貰えるのを待ってる――みたいな?カマッテちゃんってヤツですか??
 ただ、気になるのは、ベッケン嬢とクワイトスさんがあの状況を止めていない事……。皇太子のただのワガママなら、彼等はあの状況を止めると思うのだ。じゃあ、優しく声を掛けてあげるか?と言われれば丁重にお断りさせて頂くのだけど……。

 「――……何にせよ、関わり合いになる必要はありませんし……お食事が終わりでしたら、そのトレーは私達で預かります。別口から出て下さい」

 クリス先輩にそう言われて、私達は有難くその言葉に従う事にした。
 実は食事はとっくに終わっていたのだ。出入り口は他にもあるから逃げたかったのだけど……トレーの返却口……ソレが皇太子のいる近くにしか無い。
 トレーを返しに行けば、話しかけられる可能性があるワケで――。だから、この場に留まってアチラが諦めるのを待つか……何か良い方法は無いか?と話していたのだ。
 今日は新作のスイーツが出るからと、エリザベス様と二人ワクワクしながら食堂に来たのに、皇太子の所為で良く味が分からなかったのがとても残念。本当、皇太子はロクな事をしないと思う。
 ベルナドット様達が来るまで、エリザベス様がトレーを片付けるから私達に逃げるように言ったり、アルが同じ事をしようとしたりでちょっと揉めてたのよね……。
 エリザベス様に片付けて貰うのは論外。公衆の面前だし、ベッケン嬢やクワイトスさんがいてくれるから大事にはならないだろうけど、私と似たような目に遭う可能性があるからだ。
 アルは――適当に往なせるとは思うんだけど……個人的にはあんまり関わって欲しく無いって言うか……エリザベス様的にも王太子を生贄にして逃げるのは気が引けたらしいので、どうしたものかってなっていた訳です。

 「済まない……頼めるか?」

 アルが素直にそう言った。思った以上に皇太子と関わり合いになりたく無かったらしい。
 普段は、自分達の事は自分でしてるからちょっと申し訳無い気持ちになったのだけど、緊急事態と言う事で……私も、エリザベス様もクリス先輩の言葉に笑顔でお礼を言ったのである。
 ベルナドット様と、クリス先輩なら何かあってもちゃんと対処してくれるだろうし、無いとは思うけど、万が一絡まれても二人なら大丈夫なはず。
 学園内で、強いと評判が高い人は幾人かいるのだけど、ベルナドット様とクリス様の名前も上がっているからね。まぁ、一番安心できたのはアルが何の躊躇いも無く二人に片付けをお願いしてたからかな?
 任せて大丈夫、信頼してるって風に私には見えたのだ。
 相変わらず、視線はビシバシと煩かったけれど、私達は立ち上がってもう一つの出入り口に向かった。一瞬、追いかけて来るかな?と思ったのだけれど、そんな事も無く教室に戻ったのだった。

 「何だったんだろうな……」

 「そうですわね……ベッケン嬢やクワイトスさんが止めて無かった事が気になります」

 アルの呟きに私はそう答えた。

 「それも気になりますけれど、アリスティア様から聞いていたよりも印象が違うと言いますか……」

 そう戸惑ったようにエリザベス様が言った。
 まぁ、確かに初対面の時の印象を考えれば、皇太子はとっくにコチラに話しかけて来ているはずである。それも偉そうにしながら……。
 人目が多い所だと弱気だとか?そんな事も無さそうだったけれど……。ベッケン嬢が戻って来たら聞いてみるのが良いかもしれない。
 そう、思ったのだけど……大変残念な事にタイミングが悉く合わなかった。彼女も私達に話しかけたそうにしていたのだけれど……。例えば、先生に話しかけられる――生徒に呼ばれる……邪魔でもされているのか?と言いたくなるレベル。結局、この日――ベッケン嬢と話せる事は無かったのである……。
 
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