76 / 117
第58話 ダグ君の様子。
しおりを挟む「これ――大したものではありませんけれど……」
アルは、お見舞いの花を――私は手にしていた籠をダグ君に手渡した。お義母さんはまだ少し食が細いと聞いていたので、食べやすい果物のゼリーを持って来たのだ。
サラディナーサでクリス先輩のオススメを買ってきました。
下に果物の果汁が使われたゼリー、上がヨーグルト風味のゼリーで二層の物。見た目も綺麗だし入っている蓋付きのビンも可愛らしく、食べた後は洗って小物を入れたり乾物を入れたりして再利用する人達が多いんだとか。
それを数種類買って来たのだ。
「サラディナーサのものですね……義母はこれ、好きなんです――ありがとうございます……。済みませんが義母はさっき眠った所で――……ご挨拶できず、申し訳ありません……」
「――今は身体を休める事の方が重要だと理解しているから、気にしないで欲しい……」
どうやら、お義母さんはついさっき眠った所だったらしい。本来なら残念だと思うべきなのだろうが、まだ心身ともに回復したとは言えない状況のようなので、私達に会う事自体が疲れさせてしまう原因にもなりかねない。
そう考えれば、かえって良かったんじゃないかな……?
「まだ、あまり眠れないのでしょうか……」
少しは眠れるようになったと聞いていたのだけれど、また眠れなくなってしまったのだろうか……そう思って聞いたら、ダグ君は「昨日は寝付けなかったらしいので……」と哀しそうに呟いた。
「私を呼んで下さっても良かったんですのよ……?」
「いや、毎回毎回ベルシュタイン嬢に来て貰う訳には……ただでさえ、色々とご迷惑を掛けてますから……義母も――義姉がいない生活に慣れないといけないと思うんです」
エリザベス様の言葉に、ダグ君はそう厳しい顔で言った。
ヒロインの安否の心配はするし、その生を諦めてもいないようだけれど最悪の状況を考えて――この状況に慣れるべきだとダグ君は考えているようだった。
下手に希望をお義母さんに与えて、最悪の状況だった場合――今度こそ、お義母さんが壊れてしまうんじゃないかとダグ君は心配しているのだ。
だったら、厳しいかもしれないけれど、最悪の状況を想定して生活して行くのがお義母さんの為だと……。
その言葉に、私達は何も言え無かった。
心配だから、手を差し伸べたくなるけれど、それが最善とは限らない。確かに、エリザベス様をヒロインだと思わせる事はお義母さんの回復の一助にはなるだろう……けれど、その状況に依存してしまったら??
エリザベス様は公爵家の令嬢だし、ヒロインの代わりには絶対になれない――先の事を考えれば、ダグ君の言うようにエリザベス様に頼りきりにならないようにしていった方が良いのだ。
「幸い、日中であれば俺が少し傍を離れても混乱する事は無くなって来ていますし……少しずつでも以前の義母に戻って貰えたら――と考えています」
リビングのテーブルの席に案内されてアルと座りながらそんな話を聞いた。
ベルナドット様は、ダグ君がお義母さんにつきっきりになってしまっていた状況を心配していて、ダグ君とお義母さんが少し距離を取れたらと考えているみたい。
ダグ君が、日中学園に通えるように、お義母さんには侍女を一名付けて対応したいらしい。ダグ君はこれ以上迷惑を掛けたく無いとそれを渋っていたらしいんだけれど、ベルナドット様から『お前が頑張り過ぎて倒れたら、その方が迷惑』との言葉を貰ってお義母さんに侍女がつけられる事になったらしい。
つけられると言っても、身の回りの世話をするというより、お義母さんを一人にしないという配慮かな。少しずつ身の回りの事やなんかをするのを見守って貰いつつ、話し相手になって貰うらしい。
今、紅茶とケーキをワゴンに載せてテーブルの上にセッティングしてくれた侍女さんがその人らしく、目礼をして下がって行った。
「確かに、ダグのお義母上の事も心配だけどな……ダグ自身が息抜きできる場所が必要だろう?だったら、学園に来させる方が良いと思ったんだ」
「確かに、そうだろうね。心身ともに疲れているように見えるし――疲れと言うのは、当人の自覚以上に溜まっている事が多いから……」
ベルナドット様の言葉に、アルが頷く。ダグ君は、申し訳無さそうな顔をしているけれど、エリザベス様もベルナドット様の意見には賛成らしいし、私もそうだ。
疲れ過ぎると、脳内麻薬でも出るのか疲れをちゃんと認識出来ない。
実際の体の疲れと、脳が感じる疲労感が一致しない齟齬が原因で過労死等が起こると聞いた事がある。過労死までは行かなくても、ダグ君の顔色等をみれば、このままお義母さんにつきっきりの状態を続ければ倒れてしまう事になるだろう。
「そう――なんだろうとは思うんですが……どうしても、申し訳無いと言うか……」
「何も貸し逃げしようってんじゃ無いんだ。割り切れ。将来、お前が満足するまで恩返ししてくれたら良いんだからな」
冗談めかしてベルナドット様が言うと、ダグ君は諦めたように苦笑した。
負債ばかり増えてる気分になってしまうのは、ダグ君の性分のようだし仕方が無い。だからベルナドット様はしっかり学園で勉強して、ダグ君に出来る『恩返し』を心行くまですれば良いと言ったのだ。
貸し逃げをする気は無いとは言っていたけれど、多分、ベルシュタイン公爵家は適当な所で恩返しは必要ないと言うだろう……。ダグ君の性格を考えたら、一生恩返しに使っちゃいそうだしね。
ただ、それを言ってしまえば、ダグ君はベルシュタイン公爵家を頼らない道を探すと思うのでベルナドット様もエリザベス様も言わないだけだと思う。
「――。そうですね。割り切らないと――俺が倒れる訳にはいかないですし……」
そう言って、ダグ君はリビングの奥にあるドアを見つめた。おそらく、そこでお義母さんが休んでいるんだろう。
その顔は、心配そうであり、不安そうでもあった。
「義姉が帰ってくれば、全部解決なんですけど……行方はおろか、不審者の正体も不明なままだから――」
そう言ってダグ君は口を噤んだ。
エリザベス様が何か言おうとして、そのまま黙りこむ――。その気持ちは多分理解出来た。
大勢の人が探してくれているからきっと大丈夫――と、無事に帰って来る――と言いたかったんだろう。けれど……本当に??そう思う気持ちがあるから、きっと下手な慰めの言葉が言えなかったのだ。
そんなエリザベス様の表情は辛そうで、それに気が付いたダグ君が申し訳無さそうな顔をした後、ケーキを指し示した。
「これ、サラディナーサの新作なんです。クリス先輩が、感想をぜひ聞かせて欲しいって言ってました」
わざと明るく笑うダグ君に、私達も心配する気持ちを抑えてケーキを見た。
赤いベリーの乗った、モンブランみたいな形のケーキ。タルト生地の上にチーズクリームのムースを山がたに盛り、その上にカシスの果汁を混ぜ込んだクリームを絞ってあるらしい。
その後、私達はケーキを頂きながら、その感想を言ったり近況を伝えあったりしながら過ごした。
帰る頃には、ダグ君の表情が少しだけ柔らかくなっていたので、今日来た事が気晴らしになったのだと思いたかった……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
754
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる