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第57話 お見舞い。

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 あれから忙しそうなベルク先生にはほとんど会えず、間諜の件で駆り出されているウォルフ先輩とも会えていない。二人とも、一応元気ではいるらしいけれど……。
 エドガー様は隣のクラスなのでアルが会いに行ったり、エドガー様が顔を出しに来たりするので、元気なのは分かってる。
 考えてみれば、本当ならエドガー様も一緒のクラスの筈だったんだよね……。試験が受けられなかった事が響いてBクラス。とても不本意だったらしいので、学年末を待たずにAクラスになれるように勉強中らしいです。
 多分、今学期の期末テストが良ければ、Aクラスになると思う。
 ベルナドット様とクリス先輩の様子はエリザベス様が教えてくれるので、こちらも大丈夫……。

 心配があるのはダグ君だった。

 早々にお見舞いに行きたい所だったけれど、私とアルは護衛の都合の関係で暫く動けず、その間にクリス先輩とエドガー様はお見舞いに行って来たらしい。
 先日、他国の間諜の動きが完全に鎮静化したとの事で、そちらの警戒に当たっていた人員が護衛につけれる状況となり、やっと私とアルの外出の許可がおりました――。
 お出かけにあたり、雪ちゃんは私のポシェットの中に――。珍しく、突いても起きなかったのでお留守番してもらおうかと思ったのだけど、起きて誰もいなかったら泣いちゃうかと思って……。
 それで現在、私達はベルナドット様のお家――正確には、ダグ君の住んでいる家に向かっていた。
 王都の中でも公爵家は特殊――王城を挟んで左右対称に建てられた家は王家を守る双翼とも評される。赤い屋根のローゼンベルク、青い屋根のベルシュタイン……森に囲まれた中にある邸は小さな村のようだった。
 完全に左右対称に建てられている所をみると、絶対御先祖様達、楽しんでお邸づくりしたと思うんだよね……。
 この建て方になったのは、大昔――両家に男女の双子が産まれて、それぞれと結婚した時に建てなおされたから。双子同士の夫婦――両公爵家はその時代とても仲が良かったらしい。
 お邸の建ち位置が反対側だし、屋根の色も青いから違和感があるけれど、まるで実家に帰って来たかのように錯覚してしまいそうだ。

 「何度見ても、そっくりですわよね……」

 「確かに、森の木々の配置の仕方も似せてるだろう?手が込んでる――違うのは庭くらいかな??」

 「えぇ、庭は――当主や当主夫人の好みが反映されますから……」

 森を移動する馬車の中――アルとそんな会話をして苦笑して返した。
 そう。両公爵家は、庭の作りや置物は同じだけれど、庭園の花々の雰囲気がまったく違った。
 ローゼンベルクは、几帳面かつ冷静な両親に良く似たキッチリと管理された庭なのが特徴で、フランス式庭園のイメージが近い。
 ベルシュタインは雑然とした中に自然の美しさが反映された庭で、イングリッシュガーデンのイメージが近いと思う。断然、こちらの方が好みなので羨ましい。
 本来なら、本宅へまず挨拶に伺うべきなのだろうけれど、ベルシュタイン公爵は山向こうの国の反乱などの対応で忙しく、夫人もかつて公爵の副官だった経緯から駆り出されていて留守らしいので、直接ダグ君の元に向かっている所だったりする。

 馬車が森を抜けた――そこに見えるのは、お邸に勤める人達が住む家々。

 独身の者は本宅に部屋を貰い、家族のいる者のほとんどはこの家に住んでいるか、通いで勤めている。
 高位貴族の邸宅には代々仕えてくれている使用人がいる事が多い。特に、執事、庭師に森番がその筆頭で、彼等と結婚した侍女達もそれに含まれる。
 代々どこどこの家に仕えて来ました――と言うのは彼等にとっても大切なステータス。それだけで一目置かれる事もあるらしい。だからこそ、彼等は仕えるべき主に辛辣でもある。
 相応しく無いと思えば、家を去り――次の当主が相応しければ戻る――そんな事すら許されている。主に仕えると言うよりも、その『家』に仕えていると言えば良いのだろうか……だからこそ、当主は代々仕えてくれる使用人を大切にするし、見限られないように努力するのだ。
 ベルシュタインのお家の庭師さんは、子供がおらず――現在はその人の弟子だった人が通いで管理してくれているらしい。
 その庭師の師匠の養子になる話が進められていたらしいけれど、その前に師匠だった庭師が急死してしまったのと、後は事情があって現在の持ち家を手放せないので通いの形になったそう。
 そこの息子さんが庭師の修行中らしいので、その子が成人して一人前の庭師になったら住み込む事になるようだ。年齢で言えば、小学生の子らしいので、当分先の話だけれど……。
 
 馬車が停まった。

 青い屋根の可愛らしい家だ。デザインは実家とまったく一緒の物でやっぱり少し不思議な感じがする。
 アルにエスコートされて降りれば、家の前にはベルナドット様とエリザベス様――それから、聞いていた頃より顔色は良さそうなものの、やつれてしまったダグ君がいた――。
 体重も落ちてるらしいその様子を見れば、ダグ君の状況がどれだけ大変だったのかと言う事が分かると言うものだ。アルと一緒に足早にダグ君の傍に行く。

 「――すぐに来られなくて済まない……大変だったね……」

 言い表せない気持ちをその言葉に込めるようにして、アルはダグ君にそう告げた……。アル君の顔が歪む。様々な思いを飲み込んで、泣きそうな顔をした後――それを堪えてアルと私を見て笑顔を浮かべた。

 「お二人にも御心配をおかけしました――申し訳ありません――ありがとうございます……」

 俺は大丈夫です――ダグ君はそう言ったけれど、全然大丈夫では無さそうで……。アルも私もそれに気が付いたけれど、ダグ君の言葉を否定するような事は出来なかった。
 彼が、立ち続けるのには大丈夫だと装う事が必要なように見えたから。
 ベルナドット様がそんなダグ君の様子を見て、辛そうに顔を背けた。エリザベス様も辛そうな表情でダグ君を労わるように見つめている。
 身近にいる分、ダグ君の大変さはこの二人が一番分かっているのだろう……。

 「ベルナドット、急な訪問なのに迎えてくれて有難う――」

 「いや、そろそろかな――と思っていたので、こちらからすれば急な話じゃないので大丈夫だ。アルフリードもローゼンベルク嬢も歓迎致します。外出を制限されているので、邸の中の顔ぶれも変わらず少々つまらない思いをしていたので――来て頂けて有難いくらいだ」

 重い空気を振り払うように、明るい口調でベルナドット様はそう言った。
 それを聞いたエリザベス様が呆れた顔をした後、口を開いた。

 「もう、お兄様ったら!殿下、アリスティア様――本当に良くいらっしゃって下さいましたわ!!残念ながら両親は御挨拶出来ませんが、くれぐれも宜しく伝えてほしいと承っております……一応、お忍びとの事ですから、過剰なお出迎えを差し控えさせて頂きましたの……失礼があったら申し訳ありませんわ」

 どうやら、ベルシュタイン公爵夫妻から、立ち会えない事に対する謝罪と、くれぐれも宜しく伝えてほしいと言われていた部分を、ベルナドット様が省略した事と――幾らお忍びだとは言え、お客様に対する口上が雑だとエリザベス様は言いたかったらしい。綺麗な所作で謝罪を受ける事になりました。

 「失礼など――私達は、学友として来たのだから、十分すぎる出迎えをして頂いたと思う」

 「えぇ、失礼などありませんわ……この度は私達の意を汲んで下さりありがとうございます」

 アルの言葉に、私もにこやかに笑って同意する。
 そのまま、案内されて私達は今のダグ君の家に入った――。
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