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第29話 魔王化の条件。

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 「紹介しよう――話を聞いて頂く事になった、ウォルフリンドバーグ・トゥワイス・ティエルラルシュルフ殿だ」

 アルの言葉には長い時を生きている先達に対する尊敬があった。
 その言葉を受けて、ウォルフ先輩が優雅に一礼した後、口を開く。

 「紹介に預かったウォルフだよ。宜しくね?あぁ、君達の紹介は必要ない。既に見知ってる者もいるし、失礼だけれど調べさせて貰ったから。ついでに言うと、まだ協力するかどうかも決めていない。まずは話を聞いて判断したいから。そういう条件で今この場にいる。それから、今はフードを取る気は無いよ」

 キッパリと言い切るウォルフ先輩に納得している人もいれば、ようは「信用できない」と言い切られて不満げな人もいる。それはエドガー様だ。

 「――僕達を信用して無いって事ですね?けれど、それなら、僕達もあなたが真実ウォルフリンドバーグ・トゥワイス・ティエルラルシュルフかどうかの判断が出来ないと思いますけど」

 少しだけ挑みかかるようにそう言って、エドガー様はフードを取る気が無いウォルフ先輩を横目で睨む。

 「皇太子殿下とその婚約者殿には確認して貰ったよ。ちゃんとフードの下をね」

 顔を見せてくれた理由を、自分の顔を見て態度を変えるかどうか試す為と、皇太子に顔を見せないのって「不敬」って面倒な所から文句を言われそうだから――とアルと私に説明してたウォルフ先輩だけど、他の人達が信用できるか判断する前にフードを取る気が無かったから、皇太子に見せて本人だと確認さるって事も含まれていたのかも。

 「……分かりましたよ。それなら文句ないです」

 ですよね――少し不貞腐れた顔をしたエドガー様がそう言って黙った。
 まぁ、アルが確認したのに、文句は言えないもんね。
 他に発言が無かったので、アルがまず、この場で見聞きした事を口外しないで欲しいと言う例の『沈黙の誓い』の話をする。
 ウォルフ先輩は、「うへぇ――そんな事までしなきゃいけない話なのかぁ……」と少しだけ嫌そうだったかれど、それ以上何か言う事も無く、了承してくれた。
 そして、誓いが終わった後、アルが説明をはじめる――時々、私も説明の補助をしながら、どうにか事の経緯を話し終えた。

 「……沈黙の誓いが出て来た時点で嫌な予感はしたんですけど。予想より大ごとだなぁ――まぁ、嫌いじゃないですよ。そういう話。魔女で無くとも転生者は何人も知っていますからね。殿下と令嬢の話も理解できますよ。テレビやゲームってヤツですよね……今は亡い友人が教えてくれたあちらの文化だ……。いいでしょう。協力します。事はこの世界に及ぶ可能性がありますから――対抗魔法アンチマジックに関しては、私も里に問い合わせてみますね」

 大きく息を吐いたウォルフ先輩がそう言って何か考えるような顔をした。
 それから真剣な表情でアルと私を見ると、静かに口を開く――。

 「殿下、ローゼンベルク嬢――彼女の手を取って、瞳の奥を覗く許可を求めても?」

 「理由を聞いても良いかい?」

 「――魔王化が無いと言う確信があった方が良いかと思って……僕は精神系の探査が使えます――それで確認すれば、現状で魔王化があり得るのかが分かります。いかがでしょうか?」

 ウォルフ先輩の言葉に、私はアルを見た。アルは頷く。私としても魔王化の有無がハッキリするのであればそれは歓迎すべき事である。

 「――お願い致しますわ」

 私がそう言うと、ウォルフ先輩が私の両手を取った。それから、少しフードをずらして私と視線を合わせる――間近に美人の顔があるのは少々照れくさいけれど、逃げ出さないように我慢した。
 ウォルフ先輩の判断は、現状では問題無い……との事。少し張りつめていた室内の空気がホッと緩んだ。

 「――ハイエルフや、古竜等の古い種族に伝わる話があります――皆様は、魔王化の条件を御存じですか?」

 その言葉に皆、目を合わせたけれど知ってる人はいないようだった。

 「条件はまず全属性である事――つまり、聖女と同じですね。聖女になる可能性が高い者は得てして魔王になる可能性も持つ事になります。その事実が公になっていないのは、混乱を避けるためでしょう。聖女が魔王に成るかもしれないと民衆が知れば、何が起こるかは分かりません。それ程に魔王は怖ろしいモノなのですから」

 「聖女や候補者全員に可能性があるとしても、魔王になる確率が高ければ、皆気が付きますよね?――全属性なだけなら魔王にならないという事でしょうか?」

 ウォルフ先輩の説明にダグ君が疑問を呈した。

 「えぇ。聖女――昔は聖者もいたけれど――……普通は全属性持ちだからと言って魔王になる事は無いですね。条件は他にもありますから。例えば、怒りや憎悪――個人に対してというよりは、全世界に対する負の感情を持つ事――それから人としての精神を逸脱する事――」

 ダグ君の疑問に、ウォルフ先輩が他の条件を述べて行く。
 世界に対する憎悪――私はゲームの中の『悪役令嬢』を思い出した。『呪ってやる』そう叫んだ彼女はきっと、世界の全てを憎悪したんだろう。

 「……逸脱――ですか?」

 ベルク先生がそう呟いた。

 「えぇ。人として正常な精神の働きをしなくなってくるんです。狂う、と言うのが近いかもしれません。令嬢が魔王化した時、周囲の人々を生贄にしたと言いましたね?それは、魔王が降臨する時にしばしば見られる現象です。ですが、令嬢はどうやってその方法を知ったのでしょう??答えは、精神が逸脱して来ると、次元の狭間に封印されている悪神と繋がるのです――……声が聞こえるようになるんですよ。そして選択を迫られる――憎しみを抱えたまま人として死ぬか――生贄を捧げ魔王となり、世界を蹂躙するか」

 悪神――おとぎ話の中に出て来るその神は、元は善神であったのが狂って堕ちたのだと伝えられている。兄妹神に封じられ、堕ちたる魂に囁きかけ――世界の綻びを大きくして封印から逃れる術を探していると。

 「悪神――嘘だろ?いるのかよ」

 ベルナドット様が嫌そうにそう言った。

 「いますよ。残念ながらね。そして、魔王は生贄から力を得ます――生贄になった人達は、安息の地に行けると思いますか?――」

 その言葉に私は1枚のスチルを思い出した――。
 魔王となった悪役令嬢――舌舐めずりする彼女の手の中には黒い珠――その中に、苦しむ人々の顔が浮かんでは消えて行く様子が描かれて――。

 「まさか――」

 私は思わず呟いていた。あれは、あの珠には生贄になった人が封じられている??

 「――彼等は魔王が死ぬまで魔王の中に形成される地獄ゲヘナの囚われ人となります。魔王が存在する限り続く永遠の地獄の空間ですよ。何度も何度も、死を、恐怖を、痛みを経験する――そして魔王はその悲鳴を聞いて笑えるようなモノに成り果てる。普通の精神状態では無理でしょう?」

 状況はもっと最悪だった。あぁ、あの黒い珠はそれを象徴していたのか……。
 その苦しみを、魔王は力にしていたと?笑いながら、愉しみながら……確かにそんな事、正気の沙汰じゃない。あの珠に描かれた人の事を考えて私はゾッとした。

 「令嬢はそれに耐えられる方ではありませんし、魔王化の心配は無いと言って良いでしょう」

 ウォルフ先輩にそう言われて私はホッと息を吐いた。
 私じゃない私のした事だとしても、そうなる可能性があった以上やっぱり気にはなる。私が魔王化しないと言う事は、そんな犠牲者が出ないって事だし本当に良かった。

 「それから、肝心の魅了魔法の事ですが――」

 ウォルフ先輩が、そう言って言葉を続けた――。
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