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第七章 焦土
16.ヴァネッサの思い
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私は、ヴァネッサの顔を見て驚愕し、思わず立ち上がって駆け寄る。
「どうしたの、その顔!」
右頬に殴られたような大きな痣があり、右目も腫れてその他擦過傷が無数に走っている。
レオお兄様も「え…ヴァネッサ嬢ちゃんか?」と驚いたように立ち上がった。
「…お久しぶりです」
ヴァネッサはバスケットで顔を隠すようにしてお辞儀する。
そうか、首都ではヴァネッサはにぃ兄様のお邸(というかトランクウィッロ伯爵家)にいたし、帰郷の馬車も別だったから、最後に会ったのはまだ駆け落ち以前だったんだ。
にぃ兄様から話くらいは聞いていただろうけど…
この変わりようを目の当たりにしたらやっぱり驚くわよね。
「それが…
お父様の暴挙をなんとか止めたいと、避難所を抜け出してこの野営地まで来たのだそうです。
出陣する兵士に一緒に連れて行ってくれるように頼もうとして、気が立っている兵士に殴られたのだとか」
デメトリアがヴァネッサからバスケットを受け取り、お茶の支度を始めながら低い声で話す。
私は救護兵を呼ぶように外の衛兵に言い、ヴァネッサを隣に座らせる。
痛々しく腫れあがった顔を、とりあえず水に浸した布をあてて冷やす。
「どうしてそんな無茶を…
避難所からここまで歩いてくるのだって大変だったでしょう」
私が話しかけると、ヴァネッサは腫れた目からぽろっと涙をこぼした。
「さっき領主館で会ったお父様は、私が知っている優しいお父様じゃなかった。
お母様も、私の駆け落ち以後、お父様は人が変わってしまったようだと仰っていたわ。
周りの人が諫めても何を言っても聞く耳を持たず、侯爵様の奴隷みたいになっちゃったって。
挙句の果てにこんな…シエーラをめちゃくちゃにしてしまうような戦を始めてしまって」
手で涙を拭おうとするのを押しとどめて、私はそっと布をヴァネッサの目にあてる。
「全部、私のせいなんだって思ったら、いてもたってもいられなくて…
私が神様に生かされて、再びここに帰ってきたのはこの蜂起を止めるためなんじゃないかって思ったの。
殺されてもいいから、お父様を止めてこんな戦をやめなきゃって。
避難所の女の人たちも、私やお母様にすごく冷淡だった。
恨んでるのよ、当然だわ」
泣きながら話すヴァネッサの手を拭いて、デメトリアが淹れてくれた熱いお茶の入ったカップを手渡す。
「そんなふうに考えてはいけないわ。
確かに、一人娘で生まれた時から本当に可愛がっていたヴァネッサが使用人と駆け落ちしてしまったのは、非常にショックで時期が時期だけに痛手だったでしょうけど。
でも、侯爵様や隣国の領主の甘言に乗せられてしまったのは、お館様自身の心のありようの問題だと思うの。
何か、凄絶なコンプレックスを抱えておられたようだから」
「そうだ。
ペデルツィーニは、私たちステファネッリ家や都の従兄弟の家柄に、昔から常に嫉妬していた。
『足るを知る』ということが一度もない人だった。
今あるものに満足していれば、ヴァネッサ嬢ちゃんを大公様の愛妾候補にしようなんて思わなかったはずなんだ。
いくら侯爵様に入れ知恵されたからって、身の程知らずなんだよ」
吐き捨てるように言ってレオ兄様は熱いお茶を飲んで、また話す。
「嬢ちゃんが命を賭しても、あいつの心に巣くった悪魔はもう、ペデルツィーニ自身にも止められないと思う。
それに、俺の大事な妹が命がけで救ったあんたの命を、あんたが勝手に捨てることは俺が許さない。
結果がこうなったからと言って、俺が俺の大切な弟妹をこんな目に遭わせたペデルツィーニ家を許すと思うなよ」
低い声で言い、レオ兄様は見たこともないような怖い表情でヴァネッサを睨みつける。
ヴァネッサは怯えて、レオ兄様を見つめたままカップを取り落とす。
「ごめんなさい…本当に」
ヴァネッサは呟くように言い、その瞳からまた大粒の涙をこぼした。
「レオ兄様、ヴァネッサをあまり責めないで。
ヴァネッサだってずいぶん苦しんでここに来たと思うの。
レオ兄様の気持ちは嬉しく思うけど、今ここでヴァネッサを責めても仕方ないわ」
私はヴァネッサがあまりにも不憫で、ヴァネッサの肩を抱いてレオ兄様に嘆願する。
レオ兄様は大きくため息をつき「判った、悪かった」と小さく言った。
「俺が、嬢ちゃんを領主館まで連れて行こう。
クレメンティナが絶対ここを動かないと約束したら、の話だ」
「どうしたの、その顔!」
右頬に殴られたような大きな痣があり、右目も腫れてその他擦過傷が無数に走っている。
レオお兄様も「え…ヴァネッサ嬢ちゃんか?」と驚いたように立ち上がった。
「…お久しぶりです」
ヴァネッサはバスケットで顔を隠すようにしてお辞儀する。
そうか、首都ではヴァネッサはにぃ兄様のお邸(というかトランクウィッロ伯爵家)にいたし、帰郷の馬車も別だったから、最後に会ったのはまだ駆け落ち以前だったんだ。
にぃ兄様から話くらいは聞いていただろうけど…
この変わりようを目の当たりにしたらやっぱり驚くわよね。
「それが…
お父様の暴挙をなんとか止めたいと、避難所を抜け出してこの野営地まで来たのだそうです。
出陣する兵士に一緒に連れて行ってくれるように頼もうとして、気が立っている兵士に殴られたのだとか」
デメトリアがヴァネッサからバスケットを受け取り、お茶の支度を始めながら低い声で話す。
私は救護兵を呼ぶように外の衛兵に言い、ヴァネッサを隣に座らせる。
痛々しく腫れあがった顔を、とりあえず水に浸した布をあてて冷やす。
「どうしてそんな無茶を…
避難所からここまで歩いてくるのだって大変だったでしょう」
私が話しかけると、ヴァネッサは腫れた目からぽろっと涙をこぼした。
「さっき領主館で会ったお父様は、私が知っている優しいお父様じゃなかった。
お母様も、私の駆け落ち以後、お父様は人が変わってしまったようだと仰っていたわ。
周りの人が諫めても何を言っても聞く耳を持たず、侯爵様の奴隷みたいになっちゃったって。
挙句の果てにこんな…シエーラをめちゃくちゃにしてしまうような戦を始めてしまって」
手で涙を拭おうとするのを押しとどめて、私はそっと布をヴァネッサの目にあてる。
「全部、私のせいなんだって思ったら、いてもたってもいられなくて…
私が神様に生かされて、再びここに帰ってきたのはこの蜂起を止めるためなんじゃないかって思ったの。
殺されてもいいから、お父様を止めてこんな戦をやめなきゃって。
避難所の女の人たちも、私やお母様にすごく冷淡だった。
恨んでるのよ、当然だわ」
泣きながら話すヴァネッサの手を拭いて、デメトリアが淹れてくれた熱いお茶の入ったカップを手渡す。
「そんなふうに考えてはいけないわ。
確かに、一人娘で生まれた時から本当に可愛がっていたヴァネッサが使用人と駆け落ちしてしまったのは、非常にショックで時期が時期だけに痛手だったでしょうけど。
でも、侯爵様や隣国の領主の甘言に乗せられてしまったのは、お館様自身の心のありようの問題だと思うの。
何か、凄絶なコンプレックスを抱えておられたようだから」
「そうだ。
ペデルツィーニは、私たちステファネッリ家や都の従兄弟の家柄に、昔から常に嫉妬していた。
『足るを知る』ということが一度もない人だった。
今あるものに満足していれば、ヴァネッサ嬢ちゃんを大公様の愛妾候補にしようなんて思わなかったはずなんだ。
いくら侯爵様に入れ知恵されたからって、身の程知らずなんだよ」
吐き捨てるように言ってレオ兄様は熱いお茶を飲んで、また話す。
「嬢ちゃんが命を賭しても、あいつの心に巣くった悪魔はもう、ペデルツィーニ自身にも止められないと思う。
それに、俺の大事な妹が命がけで救ったあんたの命を、あんたが勝手に捨てることは俺が許さない。
結果がこうなったからと言って、俺が俺の大切な弟妹をこんな目に遭わせたペデルツィーニ家を許すと思うなよ」
低い声で言い、レオ兄様は見たこともないような怖い表情でヴァネッサを睨みつける。
ヴァネッサは怯えて、レオ兄様を見つめたままカップを取り落とす。
「ごめんなさい…本当に」
ヴァネッサは呟くように言い、その瞳からまた大粒の涙をこぼした。
「レオ兄様、ヴァネッサをあまり責めないで。
ヴァネッサだってずいぶん苦しんでここに来たと思うの。
レオ兄様の気持ちは嬉しく思うけど、今ここでヴァネッサを責めても仕方ないわ」
私はヴァネッサがあまりにも不憫で、ヴァネッサの肩を抱いてレオ兄様に嘆願する。
レオ兄様は大きくため息をつき「判った、悪かった」と小さく言った。
「俺が、嬢ちゃんを領主館まで連れて行こう。
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