135 / 172
第七章 焦土
15.レオンツィオお兄様
しおりを挟む
レオ兄様と天幕に戻った私は、落ち着かなくて天幕の中をうろうろと歩き回る。
「落ち着きなさい、クレメンティナ。
あなたがそこで歩き回ったからといって、戦況が有利になるわけではないのだよ」
レオ兄様は苦笑して私に椅子を勧め、外にいる護衛の兵士にデメトリアに来てもらうよう指示した。
私は椅子に腰かけて、向かいに座っているレオ兄様を見るともなく眺める。
少しお痩せになったようだけど、以前のようなギラギラして尖った雰囲気は消え、こんな戦場にいるとは思えないほどに穏やかな表情をしている。
「…避難所で、カルロッタお義姉様にお会いしましたわ。
お母様の片腕と言うか、とても気が合っていらして、安堵しました。
お腹が少し大きくなっておられたので、あまり無理なさらないようにしていただきたいのだけど…」
こんな状況ではそれも難しいわよね…
私はその言葉は口には出さず、心の中で独り言ちる。
お腹の赤ちゃんのためにも、それから避難所や領主館にたくさんいた幼い子供とお母さんたちのためにも、こんな無意味な戦、少しでも早く終わって欲しい。
レオ兄様は私の言葉を聞いて、照れくさそうに微笑んだ。
レオ兄様のこんな表情、初めて見たわ…
意外とお父様にも似ている気がする。
「カルロッタは、とても素直で謙虚だから…
母上に厳しいことを言われても、耐えるとか言う感じではなく受け入れてくれて、私としても非常に助かっている」
「レオ兄様とも仲が宜しいのね?」
レオ兄様の照れた表情が可笑しくて、私はつい、からかうように言う。
厳つい顔が徐々に赤らんでいき、ビックリする私の前でレオ兄様は両手で顔を覆ってしまった。
「私は…ステファネッリの長男で、優秀で綺麗な弟妹とは全然違って見た目厳つく怖いし頭は良くないし…
父上が早くに亡くなって、母上をお助けしながらこの家と領地を何とか束ねて存続させなければと必死だった。
恋とか愛とか、そんな甘い感情は自分には必要ないと思っていたんだ。
だけどカルロッタは、そんな俺の凍てついた心を明るい笑顔と優しい愛情で簡単に溶かした」
私は椅子から立ち上がり、顔を手で覆ったまま話すレオ兄様の肩にそっと手を置いた。
「レオ兄様が私たちの家を、そして家畜を小作人たちを守ろうと一生懸命でいらしたのは、皆判っておりますわ。
たまに怖かったけど…とても感謝しております。
今まで頑張って来られた分も、レオ兄様にはお幸せになっていただかなくてはね。
カルロッタお義姉様が、わたくしの大事なレオ兄様を愛してくださって、わたくしも嬉しく思います」
レオ兄様はうん、と頷き、私の顔を見上げた。
「クレメンティナも…大公様に愛されてお妃様になるなんて、本当に驚いたよ。
セノフォンテの手紙で最初に知ったときには、何かの冗談ではないかと我が目を疑った。
しかし、クレメンティナがこんなにお転婆で強情だとは知らなかったな。
母上にそっくりじゃないか」
それは私も、自分でも驚いちゃうことがあるのよ。
今まで、自分の中にこんな気質があるのを知らなかった。
「故郷に帰りたい一心で、今まで眠っていたわたくしの中の強烈な自我が目を覚ましたのかもしれません。
わたくしのどこをアレク様が愛してくださったのかは、何度伺っても謎のままでございますが…
わたくしの居場所はアレク様のお隣であると、今は強く思っておりますわ」
レオ兄様は「そうか、それは良かった、本当に何よりだ」と安堵したように、そして一抹の寂しさを感じさせる優しい笑顔で言った。
「だから、ねえ、レオ兄様。
わたくし、どうしてもアレク様のお傍に行きたいの。
わたくしひとり、こんなところに置き去りだなんて耐えられないわ」
「ダメだ」
私がちょっと甘えるようにお願いする言葉を、レオ兄様は言下に却下する。
「私が罰せられるだろ。
そう、大公様が仰ったんだからな」
そ、それはそうだけど…
私は唇を噛む。
そこへ「遅くなりまして申し訳ございません」と言いながら、デメトリアが入ってきた。
後ろにお茶の道具の入っているバスケットを抱えたヴァネッサを従えている。
「落ち着きなさい、クレメンティナ。
あなたがそこで歩き回ったからといって、戦況が有利になるわけではないのだよ」
レオ兄様は苦笑して私に椅子を勧め、外にいる護衛の兵士にデメトリアに来てもらうよう指示した。
私は椅子に腰かけて、向かいに座っているレオ兄様を見るともなく眺める。
少しお痩せになったようだけど、以前のようなギラギラして尖った雰囲気は消え、こんな戦場にいるとは思えないほどに穏やかな表情をしている。
「…避難所で、カルロッタお義姉様にお会いしましたわ。
お母様の片腕と言うか、とても気が合っていらして、安堵しました。
お腹が少し大きくなっておられたので、あまり無理なさらないようにしていただきたいのだけど…」
こんな状況ではそれも難しいわよね…
私はその言葉は口には出さず、心の中で独り言ちる。
お腹の赤ちゃんのためにも、それから避難所や領主館にたくさんいた幼い子供とお母さんたちのためにも、こんな無意味な戦、少しでも早く終わって欲しい。
レオ兄様は私の言葉を聞いて、照れくさそうに微笑んだ。
レオ兄様のこんな表情、初めて見たわ…
意外とお父様にも似ている気がする。
「カルロッタは、とても素直で謙虚だから…
母上に厳しいことを言われても、耐えるとか言う感じではなく受け入れてくれて、私としても非常に助かっている」
「レオ兄様とも仲が宜しいのね?」
レオ兄様の照れた表情が可笑しくて、私はつい、からかうように言う。
厳つい顔が徐々に赤らんでいき、ビックリする私の前でレオ兄様は両手で顔を覆ってしまった。
「私は…ステファネッリの長男で、優秀で綺麗な弟妹とは全然違って見た目厳つく怖いし頭は良くないし…
父上が早くに亡くなって、母上をお助けしながらこの家と領地を何とか束ねて存続させなければと必死だった。
恋とか愛とか、そんな甘い感情は自分には必要ないと思っていたんだ。
だけどカルロッタは、そんな俺の凍てついた心を明るい笑顔と優しい愛情で簡単に溶かした」
私は椅子から立ち上がり、顔を手で覆ったまま話すレオ兄様の肩にそっと手を置いた。
「レオ兄様が私たちの家を、そして家畜を小作人たちを守ろうと一生懸命でいらしたのは、皆判っておりますわ。
たまに怖かったけど…とても感謝しております。
今まで頑張って来られた分も、レオ兄様にはお幸せになっていただかなくてはね。
カルロッタお義姉様が、わたくしの大事なレオ兄様を愛してくださって、わたくしも嬉しく思います」
レオ兄様はうん、と頷き、私の顔を見上げた。
「クレメンティナも…大公様に愛されてお妃様になるなんて、本当に驚いたよ。
セノフォンテの手紙で最初に知ったときには、何かの冗談ではないかと我が目を疑った。
しかし、クレメンティナがこんなにお転婆で強情だとは知らなかったな。
母上にそっくりじゃないか」
それは私も、自分でも驚いちゃうことがあるのよ。
今まで、自分の中にこんな気質があるのを知らなかった。
「故郷に帰りたい一心で、今まで眠っていたわたくしの中の強烈な自我が目を覚ましたのかもしれません。
わたくしのどこをアレク様が愛してくださったのかは、何度伺っても謎のままでございますが…
わたくしの居場所はアレク様のお隣であると、今は強く思っておりますわ」
レオ兄様は「そうか、それは良かった、本当に何よりだ」と安堵したように、そして一抹の寂しさを感じさせる優しい笑顔で言った。
「だから、ねえ、レオ兄様。
わたくし、どうしてもアレク様のお傍に行きたいの。
わたくしひとり、こんなところに置き去りだなんて耐えられないわ」
「ダメだ」
私がちょっと甘えるようにお願いする言葉を、レオ兄様は言下に却下する。
「私が罰せられるだろ。
そう、大公様が仰ったんだからな」
そ、それはそうだけど…
私は唇を噛む。
そこへ「遅くなりまして申し訳ございません」と言いながら、デメトリアが入ってきた。
後ろにお茶の道具の入っているバスケットを抱えたヴァネッサを従えている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
125
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる