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ACT1 邂逅

#10 リコ⑤

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「はあ? 今なんて言った?」
 リコは目を見開いた。
「私は、銀河帝国特別捜査官ハル。わかりやすく言えば、宇宙刑事です」
 リクルートスーツの娘が、生真面目な口調で繰り返す。
「宇宙刑事? 馬鹿かおまえ」
 リコは吹き出した。
 なんだ、こいつ。
 頭、いかれてる。
「んなの、いるわけないだろ? おまさえ、テレビの見すぎで頭膿んでるぞ」
 イケメン俳優に魅かれた特撮番組ファン。
 そういう可能性も、ないことはない。
「ごまかそうったって、そうはいきません」
 むっとした様子もなく、ハルと名乗った娘が言い募る。
「あなたの名前はジラフ。さあ、王宮から盗んだあれを返しなさい」
 ジラフ?
 王宮?
 あれ?
 ますます何のことだかわからない。
「おいおい、ひとを泥棒みたいに言うなよ。だいたい、そのジラフってのは何なんだ? あたしはリコ。王宮もアレも知らないぞ」
「うそおっしゃい。あなたが地球人であるはずがありません。私は見ていたのですよ。すべてを。あなたが変身して巨人となり、怪物を倒してまた元に戻るところを」
 大きな眼鏡の奥で、ハルの目が油断なく光った。
 あちゃー。
 心の中で頭を抱えるリコ。
 あの ロリッ娘のほかにも、もうひとり、目撃者がいたというわけか。
 くそ、やっかいな。
 ったく、ヒーローも楽じゃない。
 だいたい、何なんだ?
 こっちは身体を張って怪獣を倒してやったのに、どうして責められる?
 なんか知らないけど、悪いのはあたしじゃなくて、どう考えてもあの怪獣だろ?
 そうは思ったが、この娘、おとなしそうな顔して、むちゃくちゃ頑固そうである。
 何を言っても、聞く耳を持たないに違いない。
 なんせ、自分のことを宇宙刑事と思い込んでいる危ないやつなのだ。
 ここは相手にしないに限るというものだ。
「何のこと言ってんだか。とにかく人違いだからな。あたしは帰らせてもらうぞ。徹夜明けでもう、くたくたなんだ」
 トレンチコートに袖を通し、ハルを無視して歩き出そうとした時である。
「あくまでもシラを切るつもりなら、仕方ありません。その体に訊くまでです」
 能面のように無表情なハルの口元に、ふいに酷薄そうな微笑が浮かんだ。
 あっと思った時には、もう遅かった。
 ハルの右手が動いたかと思った瞬間、銀色のチェーンのようなものが伸び、リコの右手首に巻きついた。
「な、何を」
 皆まで口にすることはできなかった。
 次の瞬間、右手首を起点にすさまじい電撃が走った。
 前頭葉のあたりでイオがあっと叫び…。
 そして暗闇がやってきた。
 
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