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#353話 施餓鬼会⑱

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「それは、変ですね」
「ええ、5月にこの近辺の川や用水路を調査した折には、一匹も見つからなかったのに…」
「つまり、このちっぽけな貝は、梅雨の前後くらいから、急に現れたと…」
「そういうことになります」
 何かがひっかかった。
 梅雨の頃といえば、2か月ほど前ということになる。
 その頃、他に何か…。
 記憶の片隅で、蠢くものがあった。
 もう少しで思い出せそうな気がしたところで、ふいに、菜緒の携帯が鳴った。
「し、失礼します」
 作業服の尻ポケットから取り出したスマホを耳に当てる菜緒。
「はい、野沢ですが。え? そうなんですか? わ、わかりました。すぐ行きます」
「どうしたんです?」
 電話の途中から相手の顔色が変わったのを見とがめて、私は尋ねた。
「研究室の同僚からです。うちの酪農実験場が、何ものかに襲われて、大変なことになってるそうです。それで、後片付けとか、色々、人手がいるそうで、召集されちゃいました」
「酪農実験場、ですか?」
「実はこの近くにあるんです。以前からここG県でも酪農を始める計画がありまして、その先駆けとして数年前に」
「ついて行ってもいいですか?」
 思い切って頼んでみた。
 このまま実家に帰る気にはとてもなれなかった。
 亜季と顔を合わせるのは気まず過ぎる。
 お盆が終わる前にひとり暮らししているN市のマンションに戻ったほうがいいような気さえするほどだ。
 ただ、この村で何が起きているのか、それを見届けたいという思いも強かった。
 それが、今の台詞となって口をついて出たというわけだ。
「別にいいですけど、あの、あなた、どういう…?」
 ここまで来て初めて私という存在に疑問を抱いたかのように、少し怯えた表情で菜緒が訊いてきた。
 嘘をついても始まらないので、ありのまま答えた。
 昔、この村に住んでいたこと。
 今はN市でサラリーマンをやっているということ。
 たまたま盆休みに実家に帰ってきて、今度の事件に遭遇したということ。
 甥の様子が川遊び以来おかしいこと、ふと気づくと勢いで昨夜父を襲った黒い影の一件まで打ち明けていた。
 むろん、亜季のことには一切触れずに、である。
「そういうわけだったんですね」
 何を納得したのかわからないが、菜緒は深々とうなずくと、
「私周りからよく妄想が過ぎるって言われちゃうんですけど、実は一つ考えがあるんです」
 眼鏡越しに真正面から私の顔を見つめて話し出した。
「今この村で起きてる色々な事件って、この貝と何か関係があるんじゃないでしょうか」
 
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