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#345話 施餓鬼会⑩
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「何してるって、見りゃわかるだろ」
冷蔵庫にぐるぐるガムテープを巻きつけながら、母が言った。
「勇樹のやつに、勝手につまみ食いされないようにしてんだよ。さっき、中身補充したばっかだからね」
このへんにスーパーなどないから、宅配業者にでも来てもらったのだろうか。
「それにしても、大げさだな。これじゃ、不便でしょうがない」
梱包用のテープで巻かれた冷蔵庫を見て、私は呆れてため息をついた。
「お昼ごはんのそうめんなら前もって作ってあるよ。飲み物やデザートは井戸で冷やしてある。あとは晩御飯の準備の時にテープはがして、用が済んだら張り直すだね」
「肝心の勇樹はどうしてるんだ? 直接あいつに言い聞かせるほうが早そうだが」
私が言うと、母の顔に珍しく動揺の色が浮かんだ。
「わからん。わしにはできん」
「は?」
「行ってみればわかる。できるならおまえがやれ」
小さな背中を向けるなり、作業を再開した。
もう答えるつもりはないらしい。
仕方なく、離れに向かうことにした。
離れと言っても母屋の東側に増築した簡易な建物で、上がり框をあがると中には部屋が三つあるだけだ。
入口は母屋の土間にじかに面しているので、玄関に戸などというものはない。
亜季だけ連れて、病院に行ったのだろうか。
居間に妹の姿はなかった、
そういえば、さっき見た時、ガレージに彼女の車はなかった気がする。
「おい、居るか?」
入ったとたん、「う」と手で鼻を覆ってしまった。
臭い。
なんだ、この匂いは?
それに、異様なほど、蒸し暑い。
八月の午後だから確かに気温は高いが、屋外や母屋の中より明らかに湿度が高い気がする。
三和木の正面は、四畳半の狭い居間で、六畳の部屋が二つ、それぞれ左右に隣接している。
居間と部屋の境はすりガラスのはまった格子戸で仕切られていて、向かって右手の部屋から臭気は漏れてくる。
直感的に、勇樹が居るのはここだ、と思った。
むせ返るほどケモノ臭い空気が、格子戸の隙間から漏れ出てきているようなのだ。
勇樹は幼い頃から扱いの難しい子供だった。
従順な姉に比べ、ひどく癇癪もちで、多動癖があり、伯父の私にもあまりなつかなかった。
気に入らないことがあると暴れ出し、上目遣いにこちらを睨んでくるその眼が陰湿だった。
そんなことを思い出しながら、居間に上がって、格子戸に手をかけた。
「大丈夫か? 開けるぞ」
隙間が大きくなるにつれ、まるで液体のようにむっとした空気が溢れ出た。
畳の上に布団が敷かれ、人の形に盛り上がっている。
が、何かが変だ。
違和感の正体がつかめぬまま部屋の中に入ると、
グルルルルル…。
布団の中から怒った猫が上げる唸り声のようなものが、床を這うようにして私の耳に届いてきた。
冷蔵庫にぐるぐるガムテープを巻きつけながら、母が言った。
「勇樹のやつに、勝手につまみ食いされないようにしてんだよ。さっき、中身補充したばっかだからね」
このへんにスーパーなどないから、宅配業者にでも来てもらったのだろうか。
「それにしても、大げさだな。これじゃ、不便でしょうがない」
梱包用のテープで巻かれた冷蔵庫を見て、私は呆れてため息をついた。
「お昼ごはんのそうめんなら前もって作ってあるよ。飲み物やデザートは井戸で冷やしてある。あとは晩御飯の準備の時にテープはがして、用が済んだら張り直すだね」
「肝心の勇樹はどうしてるんだ? 直接あいつに言い聞かせるほうが早そうだが」
私が言うと、母の顔に珍しく動揺の色が浮かんだ。
「わからん。わしにはできん」
「は?」
「行ってみればわかる。できるならおまえがやれ」
小さな背中を向けるなり、作業を再開した。
もう答えるつもりはないらしい。
仕方なく、離れに向かうことにした。
離れと言っても母屋の東側に増築した簡易な建物で、上がり框をあがると中には部屋が三つあるだけだ。
入口は母屋の土間にじかに面しているので、玄関に戸などというものはない。
亜季だけ連れて、病院に行ったのだろうか。
居間に妹の姿はなかった、
そういえば、さっき見た時、ガレージに彼女の車はなかった気がする。
「おい、居るか?」
入ったとたん、「う」と手で鼻を覆ってしまった。
臭い。
なんだ、この匂いは?
それに、異様なほど、蒸し暑い。
八月の午後だから確かに気温は高いが、屋外や母屋の中より明らかに湿度が高い気がする。
三和木の正面は、四畳半の狭い居間で、六畳の部屋が二つ、それぞれ左右に隣接している。
居間と部屋の境はすりガラスのはまった格子戸で仕切られていて、向かって右手の部屋から臭気は漏れてくる。
直感的に、勇樹が居るのはここだ、と思った。
むせ返るほどケモノ臭い空気が、格子戸の隙間から漏れ出てきているようなのだ。
勇樹は幼い頃から扱いの難しい子供だった。
従順な姉に比べ、ひどく癇癪もちで、多動癖があり、伯父の私にもあまりなつかなかった。
気に入らないことがあると暴れ出し、上目遣いにこちらを睨んでくるその眼が陰湿だった。
そんなことを思い出しながら、居間に上がって、格子戸に手をかけた。
「大丈夫か? 開けるぞ」
隙間が大きくなるにつれ、まるで液体のようにむっとした空気が溢れ出た。
畳の上に布団が敷かれ、人の形に盛り上がっている。
が、何かが変だ。
違和感の正体がつかめぬまま部屋の中に入ると、
グルルルルル…。
布団の中から怒った猫が上げる唸り声のようなものが、床を這うようにして私の耳に届いてきた。
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