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第189話 飛蚊症
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いつの頃からか、視界の隅で黒い影が動くようになった。
何気なく視線を動かした時などに、視野の端に真っ黒なおたまじゃくしみたいなものが現れて、しっぽを振りながら視界を横断し、反対側の端に消えていくのである。
最初は気のせいかと思った。
が、異物の出現回数は日に日に増え、さすがに気になって仕事も手につかなくなった。
しかも、初めは一匹だったのが、日を追うごとに数も増えていく。
動き方も複雑になり、ひどい時は数匹が交差するように目の中を泳ぎ回り、物を見ることすらできなくなった。
たまりかねて眼科を受診すると、
「飛蚊症ですね」
と言われた。
眼球の水晶体の濁りが光を通すときに影を作って様々な形に見えるのだという。
「ストレスが原因の時もありますが、網膜剥離などの疑いもあります。念のため、検査してみましょう」
「お願いします」
だがー。
眼科医の言葉に従ってその場で精密検査をしてもらったが、結果はシロ。
「眼球自体に異常はありませんでした。やはりストレスですかね。あるいは、老化が早まっているのかも」
そう言われて目薬をもらっただけだった。
老化とは思いたくなかった。
私はまだ三十代半ば。働き盛りの男性である。
決まった相手はいないが、そろそろ婚活でも始めようかと考えていた矢先のことだったのだ。
仕事も順調で、大きなプロジェクトを任されるようにもなり、今が一番楽しい時という気がするほどだ。
なのにー。
飛蚊症は、ひどくなる一方だった。
そして、ついにその時がやってきた。
ある朝、目を覚ました私は愕然となった。
まぶたを開いても、目が見えない。
視界を何か黒いものがウジャウジャと埋め尽くしているのだ。
「うわあああああっ!」
発作的に、サイドテーブルにあったボールペンを手に取っていた。
尖った先を顔に向け、まず右目、次に左目に突き刺した。
激痛に気が遠くなる。
気が狂いそうなほどの痛みに半ば気を失いかけながら、私は懸命にスマホを手探りし、救急車を呼んだ…。
「危なかったですね。もう数ミリずれていたら、脳を損傷するところでした」
医者の声。
私は頭を包帯でぐるぐる巻きにされている。
手術後、一週間ほど経っていた。
眼球を潰してしまったのだから、もう視力が戻ることはない。
そう告げられたが、私には後悔はなかった。
これでもう、やつらに悩まされることはない。
それだけは確かだったからである。
現に今、完全な暗闇にいると、気分も落ち着き、ずっととりついていたあのイライラがすっかり消えている。
検診を終え、医師と看護師が出ていくと、私は完全にひとりになった。
もうひと眠りしよう。
そう思って、ベッドに横になろうとしたその瞬間である。
ふいに、何も見えないはずの視界の隅で、何かが動いた。
幽霊のように白い、おたまじゃくしのようなもの。
漆黒を背景に蠢くそれはウジャウジャと分裂して増えていきー・
そして…。
あっという間に私の視界を覆いつくしたのだ。
何気なく視線を動かした時などに、視野の端に真っ黒なおたまじゃくしみたいなものが現れて、しっぽを振りながら視界を横断し、反対側の端に消えていくのである。
最初は気のせいかと思った。
が、異物の出現回数は日に日に増え、さすがに気になって仕事も手につかなくなった。
しかも、初めは一匹だったのが、日を追うごとに数も増えていく。
動き方も複雑になり、ひどい時は数匹が交差するように目の中を泳ぎ回り、物を見ることすらできなくなった。
たまりかねて眼科を受診すると、
「飛蚊症ですね」
と言われた。
眼球の水晶体の濁りが光を通すときに影を作って様々な形に見えるのだという。
「ストレスが原因の時もありますが、網膜剥離などの疑いもあります。念のため、検査してみましょう」
「お願いします」
だがー。
眼科医の言葉に従ってその場で精密検査をしてもらったが、結果はシロ。
「眼球自体に異常はありませんでした。やはりストレスですかね。あるいは、老化が早まっているのかも」
そう言われて目薬をもらっただけだった。
老化とは思いたくなかった。
私はまだ三十代半ば。働き盛りの男性である。
決まった相手はいないが、そろそろ婚活でも始めようかと考えていた矢先のことだったのだ。
仕事も順調で、大きなプロジェクトを任されるようにもなり、今が一番楽しい時という気がするほどだ。
なのにー。
飛蚊症は、ひどくなる一方だった。
そして、ついにその時がやってきた。
ある朝、目を覚ました私は愕然となった。
まぶたを開いても、目が見えない。
視界を何か黒いものがウジャウジャと埋め尽くしているのだ。
「うわあああああっ!」
発作的に、サイドテーブルにあったボールペンを手に取っていた。
尖った先を顔に向け、まず右目、次に左目に突き刺した。
激痛に気が遠くなる。
気が狂いそうなほどの痛みに半ば気を失いかけながら、私は懸命にスマホを手探りし、救急車を呼んだ…。
「危なかったですね。もう数ミリずれていたら、脳を損傷するところでした」
医者の声。
私は頭を包帯でぐるぐる巻きにされている。
手術後、一週間ほど経っていた。
眼球を潰してしまったのだから、もう視力が戻ることはない。
そう告げられたが、私には後悔はなかった。
これでもう、やつらに悩まされることはない。
それだけは確かだったからである。
現に今、完全な暗闇にいると、気分も落ち着き、ずっととりついていたあのイライラがすっかり消えている。
検診を終え、医師と看護師が出ていくと、私は完全にひとりになった。
もうひと眠りしよう。
そう思って、ベッドに横になろうとしたその瞬間である。
ふいに、何も見えないはずの視界の隅で、何かが動いた。
幽霊のように白い、おたまじゃくしのようなもの。
漆黒を背景に蠢くそれはウジャウジャと分裂して増えていきー・
そして…。
あっという間に私の視界を覆いつくしたのだ。
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