超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

第11６話 ルッキズム（後編）

　水面に浮かび上がるように、意識が戻ってきた。
　ここは？
　消毒の匂い。
　複数の人の気配。
　目が開かない。
　それどころか、指一本動かせない。
　どうやらあたしは、ベッドに寝かせられているようだ。
　思い出した。
　あれは、熊だ。
　あたしはカナエと下校途中、熊の成獣に襲われたのだ…。
　状況をおぼろげに理解すると、周囲の話し声が意味を持って耳に届いてきた。
　ーそれにしても、ひどいありさまだな。まだ若いのに、かわいそうに…。
　ー熊は人間を襲う時、多くの場合、東部か顔を狙ってきますからね。
　ー典型的な顔面剥離だな。下まぶたから上唇にかけての表皮と筋肉が、完全にはがされている。
　ーしかも、ふたりとも同じように…。
　ー不幸中の幸いは、救助隊がはがされた顔面を、ちゃんと二人分、拾ってきてくれたことだ。
　ーそうですね。すぐに縫合すれば、比較的傷も残らず元に戻せるかもしれません。　
　ーだが、ひとつ問題がある。
　ー問題？　何ですか？
　ー二つある”顔面”が、果たしてどっちの子のものか、わからないってことだよ。
　ー血液検査で判別できませんか。　
　ーそれがこともあろうに、ふたりは同じ血液型なんだ。
　ーDNA検査をしてる時間、なんて、ありませんよね…。
　ーまあ。運を天に任せて、やるしかないか。エイヤッ！　と。
　ーははは、エイヤ！　ですか。それはいい。

　あたしは蒼ざめた。
　ちょ、ちょっと待ってよ！
　カナエのあのブサイクな顔と、美しすぎるあたしの顏…。
　間違えられたら、人生、詰んじゃうじゃん！
　うう、や、ヤバい、くそお、眠くなってきた…。