おもいでにかわるまで

名波美奈

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第四章

第二百二十一話

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あはは何これ。手紙全部がギャグなの?と周りに誰もいないのにくすくすと笑った。水樹が子供の頃、姉が戦隊ごっこでピンクを取ってしまうという水樹の他愛のない話を明人は覚えていたのだ。そして、私達は一生そばにいるんだね、と力を込めて頷いた。

若くて脆いこの年代は、その言葉の重みとはかけ離れて簡単に‘一生’ という言葉を口にし真正面から影響を受ける。

かわいいな。

面白いし。

大好き。

挨拶をして貰えるのかわからなかったあの頃、明人にこんなキュートな一面が秘められているなど気が付くわけがなく、なのに今ではこんな風に突然何かしでかす明人が愛おしい。それから水樹はプレゼントしてもらった指輪を毎日身に着け、傷めないように丁寧に扱い大事にした。

それから3月になり、勇利はじめ1歳上の5年生の卒業の日になった。後輩と顧問とで5年生を送る為に事前に記念品や花束を準備し、卒業式を終えて教室で最後の時を過ごした彼らを正門近くの広場で待つ。

水樹の学生生活は勇利から始まった。記憶は少しずつ薄れていくけれど、あの春の日、クラブに勧誘してくれた感謝を水樹は決して忘れない。

‘入学おめでとう。俺はハンドボール部の宇野勇利ですっ。良かったら、俺達と一緒に全国大会目指しませんか!’

勇利に惹かれるのに時間は掛からなかった。

‘勇利さんっ・・・。’

思い上がって心の中だけでこっそり下の名前を呼び始めた事も全部、思い出すと清々しくて泣きそうになる。そして水樹達は、集まってくれたスーツ姿の先輩達と今日初めて言葉を交わした。それから記念の品を渡し、写真を撮ったり胴上げをしたりと毎年恒例の光景が流れた後、水樹はなんとか勇利に別れの言葉を直接かける事が出来た。

「勇利さん。卒業おめでとうございます。」

「おーサンキュー。お前にも猫の額くらいは世話になったな。」

「ほんとほんと。お前は一番手の掛かる先輩だったよ。なのに今日はスーツなんか着て・・・。」

「はは!どうせお前の事だから孫にもなんたらとか言うんだろ。」

そうだよ。と水樹はこの4年間で沢山からかわれた事への報復を、最後にしてから送り出すつもりだ。でも・・・。

「うっ・・・。ほんとにおめでとう・・・。スーツ似合ってる。私、寂しいです・・・。だから来週からも毎週練習見に来て下さいっ・・・。」

憎まれ口のない水樹に勇利は目を赤くした。
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