おもいでにかわるまで

名波美奈

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第二章

第六十七話

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かっこ悪くて情けない。そんな聖也に水樹は水樹らしい言葉で寄り添う。

「やっと約束通りお出掛け出来ましたね。それじゃあ帰りますね・・・えっ・・・?」

本当にそれは水樹の台詞への聖也の無意識の反射だった。

試合の日に自分からしたあの約束、もう消えたものだと思っていたのに水樹は覚えていてくれた。

聖也は後ろを向いて帰りかけた水樹の手を取り自分の方に引き寄せた。

心臓がバクバクする。もう無理だ、駄目なんだ、理性なんかとっくの昔にぶっとんでんだっ。

そして真っ直ぐ正面に立ち直し、水樹の丸くなった目だけを見つめて自分の気持ちをとうとう開放した。

「俺、水樹の事、好きになってしまったんだ。」

もう一度言う。

「好きだ。俺と付き合おう。」

聖也の心臓はずっと激しくバクバクしたままで、それなのに水樹の目からはポロッと涙が数粒こぼれ出たのだった。

なんでっ・・・?

聖也にはわからなかった。取り乱した。泣くほど自分が嫌なのだろうか。

「あっ、はっ、いきなりごめん、何言ってんだって感じだよね。」

「あ、いえ、あ、すみません、あの、びっくりしてしまって・・・。」

水樹はすぐに泣き止むと言った。

「今日失敗もしたし、なんか他の事でも落ち込んだりもしてて、それで・・・誰かに好きって言って貰えるのって、こんなに嬉しいものなんですね。」

もっと泣き出しそうな顔で目を細めているのに水樹は笑った。その様子に胸が締め付けられ、そしてここが聖也の限界だった。

聖也は水樹を抱き寄せキスをした。

水樹はすぐに聖也から離れると、口元を両手で隠すように抑えてから聖也を見た。そして聖也はハッとした。

自分は何をしたんだ!?

「あ・・・あ、か、帰りますっ・・・。」

去り行く後ろ姿に対し、水樹っと心で呼んだが当然声は出なかった。

終わった・・・今日は俺の命日だ。

触れたか触れていないかもわからないようなキスだった。それからしばらく公園のベンチで放心した後深夜までバイクを走らせた。

けれども罪の意識は強くなるばかりで苦しくて、このままこの記憶と一緒にクズ同然の自分もろともどこかへ消し去る方法はないのかと、後悔する事しか今の聖也には出来なかった。
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