おもいでにかわるまで

名波美奈

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第二章

第五十一話

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大丈夫、飲まれるな、集中しろ。

未だ訪れぬ交代の時間を待ちながら、聖也は永遠にも感じる時間を耐え続けた。そして予定通りその時が来ると、顧問の先生は聖也と交代させる選手を呼んだ。

絶対勝つ、俺が点を取り返す、俺のせいで逆転されたんだ。

どれ程平常心を保てているのか。自分を責める気持ちは焦りに繋がるのか。

試合では珍しく聖也は極度に緊張していた。それから左肩の状態を確認する為に軽く腕を回してみた。でも、漫画や小説のヒーローではない生身の聖也の肩は当然痛く、そして突如不安が襲う。

この肩でいけるのか・・・?

だが運命は無惨にもこの一瞬の迷いすらも見逃さない。

そして交代の選手が戻るとすぐさまコートに飛び込んだ。

その時。

ピーッ。

「はっ!?」

わけはわからなかったが無意識に体が凍り付く。この聞いた事のない破裂しそうなホイッスルの音に辺りは騒然とし、この空間の全ての者が、一体どこを見れば良いのかわからず戸惑った。

混乱する聖也の全身には滝のような汗が流れる。

「何やってんだ正木っ。」

どの先輩が怒鳴ったのかすら聖也にはわからない。そしてそれから審判は、聖也に向かって残酷な宣告をした。

聖也は・・・。

聖也は2分間の退場になった。

見ている後輩達の心臓もバクバクして手が震える。

聖也は交代の選手が完全にコートから出る前にコート内に足を入れてしまったのだった。不正交代。痛恨のミスであり、退場になる。

その間は、6人対7人の一人少ない状態で闘わなければならず、たった2分と理解していても、やはり1時間にも2時間にも永遠に感じられるに違いない。

反対に敵であるB校は、チャンスとばかりに大きくパスを回し、それからうまく足を使って撹乱し追加点を上げていった。

後輩達は祈った。そして遠くから聖也を見て胸が締め付けられた。どれ程の強い衝撃を心に受けたのかを想像すると、涙腺は崩壊寸前だった。

その聖也は退場中の2分間、掲示板をベンチから凝視していた。誰の顔も見る事が出来なかったし、また、誰も聖也の事を見なかった。

そして心の中で出来る限りの言葉で自分を責め続けた。でも聖也がこの場所で何を思おうと、点差が開く現実を食い止められるわけじゃない。

そうしてようやく聖也にとっての最悪の2分間が終わる頃、コートに戻る準備をした。

「2分過ぎてから入れよ。」

聖也が先生に目配せした時、先生の横に座っているマネージャー達の顔を思わず視界にかすめてしまった。

目に映った水樹の顔は硬く、すぐにでも泣き出しそうでズンッと胸が重くなった。好きな女の涙は、ビンタされるよりグッとくる。

ごめんよ水樹・・・。最後には笑わせてやるからな。

そう誓うと聖也は駆け出した。
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