おもいでにかわるまで

名波美奈

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第二章

第三十八話

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7月に入り、地方大会まで20日をきると、ハンド部は朝練を開始した。

「チェックー!」

「聖也さ、通らないパス出さなくていいから。」

「ナイシュー。」

「ポストブロックしっかり。」

「ナイパス!」

「聖也もっと厳しく当たれって。」

コートの外には高学年の練習を見守っている勇利と、それから勇利の横には水樹がいた。

「すごい熱気だね。」

「はい。私の方が緊張してしまいます。」

「今年はね、全国に行けそうだって、皆で期待してるの。今年の5年生は部長始め皆運動神経が神だからね。それに加えて、4年生だけど聖也君ていう絶対的エースのセンターも絶好調だし。」

「はい・・・。」

「行こうね、水樹ちゃん。一緒に全国に・・・。あー今年は広島だねっ!」

水樹は黙ったまま頷いた。

水樹が入部してから約4ヶ月、水樹を気に掛け過剰に構っていた聖也ですら、ずっとハンドに集中していた。そして聖也同様ラフな態度の多かった先輩達も、大会が迫っている今はそんな要素微塵もない。

お互いでお互いの胸が熱くなる。応援するしか出来ない水樹だって気持ちは負けていないし、自分に出来る事はなんだってしたい。

だから行く。必ず、全国へ。

間もなくして夏休みに突入すると攻撃のフォーメーションも固まり、とはいえ依然として練習は厳しく、ただ気持ちのたかぶりが良い方向に作用してコンディショは最高に近かった。

そして緊張感が頂点に達し、疲労も限界であろうそのタイミングでやっとその時は訪れた。

聖也達は、電車に揺られ試合会場である隣の県に移動していた。

「聖也調子どう?」

「肩めっちゃいいっす。」

「今年良いよね。メンバー揃ってるし。」

「そうっすね。今年の5年生神っすよ。神シックスっすよ。」

「噛みそうになってんじゃん。んで、最後は聖也で、神セブンの完成だね。」

地方大会は6校でリーグ戦を行い、勝ち点の多さで上位2チームが全国大会へ進む。A校は万年強豪で全国常連で、つまり残り一枠を、聖也の学校とB校とで毎年争っている。

更に聖也の学年の4年生は人数が少なく実力もそれ程ではない為、2年生の頃から上の学年のエースとしてチームを支えてきた聖也にとっては今年こそが勝負の年だった。

何より聖也も先輩達が大好きで、だから必ず勝って皆で広島焼きを食い倒してやりたいのだ。

「俺広島行った事ないんすよね。」

「飛行機じゃなくて新幹線で行こうぜ。」

「遠っ!部長鉄ちゃんっすもんね。」

「卒業したらまず18切符だし。」

その日の午後。宿舎に到着してから荷物の整理を行うと、休憩もせずに宿の周りでランニングやストレッチをして体を慣らした。

それでも猛烈に押し寄せる緊張と吐き気は、聖也達のとどまる事を知らなかった。
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